第6話 ウノアール家、大ピンチ!?ですわ!
「は?え?コ、コンビ?」
何か思っていたものとは違う誘いのセリフがやってきて、
グラーフは心底困惑した。
しかし、そんな困惑を他所に、エルは目を輝かせて顔を近づけてくる。
「そう!コンビ!お笑いコンビですわ!」
「…は、はぁ…」
お笑いコンビと言われて何ひとつピンと来ない。
そんな思いを表情に浮かべるが、エルは何ひとつ気にせず
言葉を並べていく。
「そう、私達の力を合わせてこの学院にお笑いの華を咲かせる…
そうすれば…!」
ウィルパーソン様も私の事を気に入り、婚約破棄は無し!
嬉しい楽しい学院生活は継続!
まで言おうとしたところで、グラーフに止められた。
エルが予想だにしていなかった、衝撃の一言で。
「いや、私、やりませんわよ」
ズガン、と雷を脳天に受けたような気分だった。
「え、えっと…なぜ…?」
気の抜けるような質問が弱弱しく口から洩れた。
仲間だと信じていたのに、この仕打ち。
しかし、グラーフは突き放すように拒絶した。
「だって、興味ないんですもの」
ズガガン!とさらに脳天に雷を受けたエル。
もはや真っ白にふにゃふにゃ、とその場に溶けていった。
「な、なぜ…貴女はそんなにもツッコミの才能をお持ちになっているのに…」
魂が口から漏れ出ているのかと思える程、弱弱しいセリフ。
グラーフもその様子に少し申し訳なさを感じたのか、
威勢がだんだんと弱くなっていく。
「と、というか…ツッコミってなんですの?
私、そんな事した覚えがないのですが…」
「!!!!」
もはや、ノックアウト、という言葉が相応しいほど
エルの心は打ちのめされた。
共通の趣味を持っていると信じていた友達から、
到底受け入れ難いセリフのオンパレード。
(同じ、お笑いを愛する者だと信じていたのに…!
ツッコミを知らないなんて…。
こんな…こんなのって…。)
エルの心情は、さながら嵐の崖っぷちになっていた。
そして崖は崩れ、エルの目からは大量の涙があふれ出た。
「おーろろろろぉ~~~ん!!!」
「あの…エルフォール様…?大丈夫ですの?」
独特な叫び声と共にエルは泣き崩れてしまった。
グラーフはただその様子を見ておろおろとするしか無かった。
周りを見てみれば、グラーフがまたクラスメイトを泣かせたと
口にしないまでも、睨みつけるような視線がグラーフに突き刺さっていた。
グラーフは慌ててエルを連れて移動しなければ、いらぬ噂が増えると思い
エルの腕を掴んで立たせようとした。
「えっと…エルフォール様!ここではなんですので…
とりあえず移動しましょう!お話ならお伺いいたしますから!」
「お~~ろろぉぉ~~ん!!!」
独特な号哭を廊下中に響かせながら、
エルはグラーフの小さな腕に引きずられていった。
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「ズビ…ズビビ…うぅぅ…」
鼻水をすすりながらいまだに涙を流すエル、
先ほどまでグラーフに引きずられ、グラーフの寮部屋に連れ込まれ、
現在、グラーフのベッドに腰かけている。
「ほら、紙ならありますわ、これで鼻をおかみになって」
「うぐ…チーーーーン…」
おおよそ貴族令嬢が出してはいけない音を立てながら鼻をかむエル、
少しスッキリしたのか、頭をこくりと下げた。
「その、ありがとうございますわ…私、取り乱してしまって…」
「まぁ…私もあなたの気持ちを知らずに無碍にしてしまったのもありましたので…」
グラーフは困惑しながらもエルの隣に座る。
「それで、どうして私と…その…コンビになろうと?」
「それは…実は訳がございまして…詳しくお話はできませんが、
キーファブッチ家のウィルパーソン様との婚姻を条件に、
私、この学院に通っておりますの」
「き、キーファブッチ家!?」
さすがに驚きを隠せないグラーフ、
大陸で知らない者のいない名家同士の結婚、
突然スケールの大きな話に頭を抱える。
「それが…どうしてコンビになるという話に…?」
「はい…つい先ほど…私の不躾な行いで…
ウィルパーソン様に不快な思いをさせてしまったのです…
もしかしたらこれがきっかけで…婚約破棄につながるかもしれません」
「……?」
まったく話が読めない展開に、グラーフは首を傾げた。
とりあえず、黙って聞いておこう。
何かわかるかもしれない。
そう思って待っていると、エルが再び口を開く。
「そこで、私と結婚を継続すれば、良いことがあるという事を
ウィルパーソン様に知ってもらおうと思ったのです」
「……だからそれ、私とコンビになる話と関係ないですわよね?」
「いいえ、関係大ありです!」
にぃ、と口角を上げてグラーフに笑顔を見せる。
エルは胸を張って、声高々に結論を言い放つ。
「私が一緒にいれば面白い事が起こるということをアピールすればよいのです!」
「それ私が一緒である必要ありませんわよね!?」
思わずグラーフも声を荒げる。
その様子にエルは嬉しそうにグラーフの両手を握りしめた。
「嗚呼…!その反応なのです!私が欲しいのは…!それなのです!」
「~~~ッ!放してください!それが目的なら一人でやればいいのですわ!!」
「グラーフ様…」
「な、なんですの…?」
いつになく真剣な眼差しをエルが向けてくる。
少し、グラーフもたじろいでしまう。
「ボケとツッコミは一人では難しいのですわ」
「知りませんわよそんな事」
少し期待して呆れた。そんな様子で溜息をつけば、
寮の扉が開かれた。
「先ほどから喧しいのだけれど、一体何をしておられるのかしら?」
「ッ!」
グラーフが振り返れば、そこには短髪で長身な、日に焼けた肌の女子生徒が立っていた。
「ヴァイスハイト様…一体なんの御用で?」
「グラーフ様、少々お話が…」
ヴァイスハイト、と呼ばれたその女子生徒は
にやり、とグラーフを見下すように口端を持ち上げた。
グラーフは訝しむ表情でヴァイスハイトを睨むが、
彼女の言葉に、その表情はすぐさま崩れ去った。
「ウノアール・グラーフ様、私達、フリューリング家は、
ウノアール家からの資金援助を今後受けない事になりましたわ」
「なっ!?」
グラーフの表情に緊張が走る。
すっかり蚊帳の外になったエルであるが、
重い事態である、という事は雰囲気で感じ取った。
「えっと、どういう意味ですの?」
「あら、そちらの方は?」
ヴァイスハイトが目をエルにやれば、
エルは立ち上がり、会釈をする。
「ストランドフェルド・エルフォールと申します」
「ストランドフェルド…ああ、ご息女様がいらっしゃるとはお伺いしておりましたが
まさか同じ学院に通っていらっしゃるとは…」
礼をされたのにも関わらず、ヴァイスハイトは、依然として頭を下げる様子がない。
「…質問の返答がまだのようですが?」
小馬鹿にするように話すヴァイスハイトに、エルの拳に少し力が入る。
そして、ヴァイスハイトは横にいるグラーフにも聞かせるように話し始める。
「ウノアール家は商業を営む様々な家に資金援助を行う投資家…
その援助を受けた家は多岐に渡り、私の家も例外ではございませんでしたわ。
この学院に在学中の貴族のほとんどは、
その支援を受けていらっしゃるでしょうね」
ストランドフェルド家等の国王からの支援をもらっている家を除いて、
と言わんばかりの目線を、ヴァイスハイトはエルに目線を配る。
いまだに疑問符を浮かべるエルに対して笑みを浮かべながら、
さらに言葉を繋げていく。
「グラーフ様はその地位を笠に着て、私達を足蹴にしてきました…
そうですわよね、グラーフ様」
悔しそうに奥歯を噛みしめるグラーフ、
睨みつけるように下からヴァイスハイトを見上げれば
その高低差は、まさに現在の立ち位置を示しているかのようだった。
グラーフは、絞るような声で尋ねる。
「どうして…?私達の支援がなければ…貴女の家なんて…!」
「新しいパトロンが出来たのですよ、まだお分かりにならない?」
「…新しい…パトロン?」
嬉しそうに、歌うように話し続けるヴァイスハイト。
グラーフはただ相手の顔を見上げている事しかできなかった。
「もちろん今までと比べれば少額の支援ですわ、
それでも、私達の事業は軌道に乗り始めましたの。すぐ返せますわ」
「…なら、ウノアール家でもいいじゃない!どうして急に…」
睨みつけながらも、まだ現実を受け止めきれていない、
そんな表情を見れば、ヴァイスハイトはとてもとても嬉しそうに言い放った。
「えぇ?ストランドフェルド家に歯向かったウノアール家からの支援をですかぁ?」
「…えっ…」
「!」
突然出てきたストランドフェルド家の名前、
黙って聞いていたエルも険しい表情を浮かべる。
「私も見てましたわぁ~、見事なまでの返り討ち!
私、あまりにもおかしくって、すぐさまお父様にご報告しましたもの!
そしたらお父様、落ちる株にしがみ付くつもりも無いなんて言って、
すーぐに契約打ち切りのお手紙を出してくださいましたわぁ~!」
両手を組んで一層うれしそうに話すヴァイスハイト。
大戦での成り上がりとはいえ、国王とも親しいストランドフェルド家に歯向かう。
それは、信用を武器とする支援事業家のウノアール家にとって
大変な痛手である事は間違いない。
グラーフは、膝から崩れ落ち、頭の中であのシーンを反芻する。
あの場に一体どれだけ、ウノアール家から支援を受けている家があるだろうか。
「私の…私のせいで…」
わなわなと震えながら地面を見つめるグラーフ、
エルが慌てて、グラーフの肩を抱きかかえて揺らす。
「しっかりしてくださいまし!私、何も気にしておりませんわ!」
「あなたがそう思っていても、他の皆様はどう思うかしらねぇ?」
エルの言葉にねっとりと言葉を重ねるヴァイスハイト。
項垂れたグラーフにゆっくりと近づきながら、また言葉を吐く。
「フリューリング家は、きっかけ。
他の家も次々とウノアール家から手を引くでしょうね」
顔をグラーフの真横まで寄せ、耳元に口を近づける。
「これでようやく貴女の足元から脱却できますわ…!」
素早く踵を返せば、ヴァイスハイトは寮部屋から出ていく。
廊下からは、ヴァイスハイトの高笑いのような声が聞こえてきた。
「私の…私の…」
「…」
グラーフはぐったりと項垂れたまま絶望していた。
その様子を眺めながら、エルはなんと声をかけるべきか迷っていた。
エルはただ、その肩を抱きとめるしかできなかった。
「グラーフ様…」
「…どうせ貴女も…私の事が気にくわなかったのでしょう?」
「…!」
項垂れたままのグラーフが、つぶやくように言った。
「わかっていますわ、今まで自分が何をしてきたか、ようやく理解できましたわ」
「グラーフ様…ッ!?」
ドン、と突き飛ばすようにエルを押しのける。
グラーフの目元は真っ赤に腫れ、今にも大粒の涙が零れそうになっていた。
「さぞ良い気味でしょうねぇ!!」
「…」
大声でエルに怒鳴りつける。
それをきっかけに、決壊したかのように
涙がボロボロと零れはじめた。
「自分の立場も理解してないで!大口叩いて!
その結果、みんなからの信頼を失って!」
「…グラーフ様…」
「お笑いがお好きなんでしょう!?なら笑いなさいよ!
どうよ!可笑しいでしょう!?」
もはや自暴自棄になっていた。
今度はグラーフまでも鼻水をたらし、泣きながらエルに怒鳴り続けた。
「私は、…好きじゃありません」
目を伏せて、エルがつぶやく。
さらに絶望したように、グラーフは、涙をぼろぼろと零していく。
「そうでしょう…私の事なんて…!」
「そうではありません、友人の不幸を笑うなんて…
"そんなお笑い"は好きではないと申したのです」
「…!」
エルは持っていた本を突き付ける。
立派な装丁には金の箔押しで、シュース・ロブンスト著
滑稽話集と表記されていた。
「この本は、私の人生を大きく変えた本です
…私に、お笑いのすばらしさを教えてくれましたわ」
「お笑い…」
「この本に書かれたお笑いは…他人をあざけるのではなく、
人の失敗を笑い話に昇華させる。そんな話ばかりなのです」
エルは滑稽話集を手に取ってページを開く。
そこには、勘違い喜劇と書かれたページがあった。
「私、貴女に声をかけられた時、勘違いしてしまいましたの…
まるで貴女が、この本の話に出てくる人のように、
語りかけてくるのですから」
「……それで、私に付きまとってきたのですね」
グラーフはそっとそのページに触れる。
小さな手のひらの上に、エルは手を重ねる。
「グラーフ様…この一件、私にも責任がありますわ。
グラーフ様の信頼を取り戻せるのであれば…
私、友人としてどんな事でもお手伝いいたしますわ…だから…」
ぎゅ、と優しくその手を握り、持ち上げる。
そしてその手を、片手で包むように、握りしめた。
「どうか、自分を卑下なさらないでください。
どんな時も、やり直す時間はきっとありますわ」
「…エルフォール様…」
その優しさに、今度は悔し涙ではない、温かい涙があふれてくる。
その涙を片手で拭きながら、グラーフは笑いかける。
「…貴女の事だから、またコンビを組んでくださいませんか?って聞かれるかと思いましたわ…」
「まさか!さすがの私もそんな事を言うわけありませんわ!」
アハハ、と二人の笑い声が部屋に広がる。
グラーフは頷いて、もう片方の手でエルの手を覆う。
「やりますわ、私」
「へ?」
小さな手からは、強い熱を感じる。
じっとグラーフの目を見れば、その奥には、決意の光がエルには見えた。
「あなたと、コンビを組みます」
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