第5話 スケールが違いすぎてスゲーですわ!

ストランドフェルド家、エルフォール寝室。


「あぁぁぁぁああぁぁあ!!!やってしまいましたわぁぁぁぁあ!」


ソファにうつ伏せになり、頭をかかえてエルは絶望していた。

それもそのはず、つまらんモンにはメーンの下りをさんざん見せた後、

ウィルに声をかけてみれば、返ってきた返事は


「そうか」

「では帰る」


の2言のみ。


「そりゃそうだよ、お姉ちゃんのあんな奇行を見て

結婚してよかったなんて思う人いるわけないじゃん」

「アアアアアアアアアアァァァァア!!!!」


エルの弟、ベロウが辛辣な言葉をグサリと突き刺す。

エルは絶望と後悔を胸にしながら横に転がり、ソファから転げ落ちていった。

彼女の脳内には、最悪のストーリーが現在進行形で更新されていた。


(こんな奴と結婚なんてできるか!→婚約は破棄だ!→契約不履行につき退学

→国王「この国の歴史に恥を刻みおって!」→磔の刑、石投げ、ごめんね皆エンド)


「おしまいですわ…さよなら私の学院生活…さよなら私の初めての友達…」

「絶望するにはまだ早いでしょ」


ぐずぐずと泣き続ける姉をはげますように、背中をぽんぽんと叩くベロウ、

本当に?と尋ねるように見上げるエルに声をかけ続けた。


「だって、ウィルパーソン様だってその学院にいるんでしょ?」


それを聞いてエルはキョトン、とした表情になってしまった。

「…え、そうですの?」

「え、だって、服にグラックブッチ学院の学院章ついてたし」

「そ…そうでしたっけ!?」


エルは、お笑いの事になると盲目、というか周りが見えなくなる悪癖があった。

その結果、旦那様向けのテストで頭がいっぱいになり、

相手の服装なぞは見ていなかったのである。


「だから、今日の失敗は明日から学院で取り返せばいいんじゃない?」

「な、なるほど…さすが私の弟ですわぁ~!」


すがるように弟の両手を握り、歓喜の涙を流し続けるエル。

「まぁ同じような奇行を見られれば結果マイナスになるんだけどね」

「ノォォォォオオオオ!!!」


歓喜の涙が一気に絶望の涙になった。

しかし、エルにはもはや、その学院で印象を取り返すしか手段はなかった。

婚約破棄なぞになってしまえば、学院は追い出され、家名に泥を塗ることになる。


(絶対に…そんな事にはさせませんわ…!)


こくり、と決意を胸にすれば、明日に備えて、エルはゆっくりと床についた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今日から寮生活…1日でも長くこの部屋にいられるよう、がんばらなくては…!」


荷物の運び入れが終了し、エルは一層に決意を固める。

まずは外に出て、ウィルを探さねば。

(絶対に…婚約破棄は回避…!婚約破棄は回避…!)


まずは先日の無礼の謝罪、今後ともヨロシクと挨拶をする。

そんなプランを考えながらも、学生寮から校舎へと向かっていく。

焦る気持ちから思わず速足になっていくエル、

しかし、そこで誤算がある事に気付く。


「…そういえば、ウィルパーソン様はどこの教室なのかしら」


学院にいる、という情報までは良かった。

しかしそこから具体的な場所や学習内容を知らずに、ウィルを探していたエル。

決して狭くはないこの学院、そこで闇雲に探すというのは得策ではないという事は

さすがのエルにもわかった。


どうしようか考えていた所、後ろから声をかけられる。

「お、そんな所で何してるの?お嬢さん」

「?」

振り返れば、男子生徒二人組がこちらに向かって歩いてきていた。


「ああ、えぇと…人探しをしておりまして…」

「人探し?高等部?それとも中等部?」

「いや、えと、それもわからなくてですね…」

「うーん…?」


親切な雰囲気の二人、もしかしたらこの人たちに聞けばわかるかも。

そう思ったエルは名前を出すことにしてみた。

「えっと…ウィルパーソン様を探しているのですが…」

「「ウィルパーソン!!?」」


二人が大きな声で名前を復唱する。

エルは思わず、耳がやられそうになり、耳を塞いでしまった。

それに構わず、二人は交互にウィルについて話していく。


「やめとけって!アイツは何考えてるかもわかんねえ鉄面野郎だぞ!」

「そうそう、飯なんか誘っても黙ってどこかに行くし、

 女に絶対興味ない朴念仁だぞ!」

「そうだそうだ!アタックしても絶対後悔するだけだって!」

「あの…えっと…そうではなくてですね…」


何か勘違いしている二人にエルは口を挟もうとする。

しかし、それはもう一つの声に抑え込まれた。


「誰が鉄面で朴念仁だって…?」


その声の方を見れば、ウィルが二人に向かって睨みを利かせていた。


「え!?あ、ウィルパーソン様!?」

「いや、あの、その、この子がウィルパーソン様に用事があるらしくてですね…

 それで親切心で、やめといた方がいいんじゃないかなーって…」


当然ながらウィルは先の大戦よりも前から名を馳せている名家の出身、

二人は怖気付きながらも必死に弁明を続ける。

ウィルは眉をひそめながら溜息をひとつつき、ウィルは口を開く。


「そもそも、こいつは俺の婚約者だ」

「「ここ、婚約者!?」」


二人はさらに驚愕し、そして恐怖する。

婚約者の目の前で旦那の悪口を言ってしまった。

その不敬がいかに自分の人生を左右するか…。


「「も、申し訳ございませんでしたぁぁぁー!」」

二人は同時に90度のお辞儀を、見事なまでに揃えながら決めた。


「い、いえ、私も自分が名乗っていないのが悪いんですし…」

「ああ、それに婚姻もつい先日決まった事だからな」

「あ、あぁ、そうなんですね…」


ウィルが補足を入れるように言葉を挟んでくる。

お辞儀をしていた二人も許されそうな雰囲気に、ゆっくりと頭を上げる。

さらにウィルは、鉄面を崩さぬまま愚痴を零すように言い放つ。


「まったく、こんな頭の悪い娘と婚姻を結ばされるとは…国王も無理を言うものだ」

「「こ、国王ですかーーーっ!!?」」


国王というとんでもない名前が出てきては二人は

エルとウィルの顔を交互に見比べる。

エルも、そういえば、といった形でスカートの両端をつまんで会釈をする。


「も、申し遅れましたわ、私、ストランドフェルド家、

 長女のエルフォールでございますわ」

「「ストランドフェルド家ーーーー!?」」


戦斧一つで爵位を国王より授かった名家の名前が出てきて、

もはや何度目かもわからぬ驚愕を見せる二人。

先の大戦で活躍した名家同士の婚約、

あまりの規模の大きさに興奮気味に二人はエルに話しかけていく。


「す、すげーっす!まさかストランドフェルド家のご息女だったとは!!」

「国王様が二人の婚姻を決めたんですか!?スケールが違いすぎます!!」

「え、と…あの…」


あまりにもグイグイ来るものだから、

エルもエルで何か返さねばならないと頭を捻らせる。

しかし、エルフォール自体幼年期を他者との交流ではなく、

自己鍛錬と読書に明け暮れていた身。

こういう場合どう言葉を返していいのかさっぱりわからない。



「えっと…"スケール"が違いすぎて…"スゲー"…みたいな…ですわ?」



ビュゥオッ、と寒い空気があたりを吹き付ける。


咄嗟に出た返しの言葉が、まさかの、おやじギャグ。

エルはその空気を一瞬で感じ取り、冷や汗がたらり、と頬に伝った。


…やってしまった。


その衝撃にやられたのか、二人の興奮が、一気に底まで沈んでいく。


「…えっ」

「あ…えと…今のは…?」

「………」


二人が困惑気味にエルの方を見る。

エルはというと、恥ずかしそうに、顔をだんだんと赤く染めていった。


黙り込んでしまったエルに困っていると、

埒が明かないと感じたのか、助け舟を欲したのか、

片方の男子生徒がウィルに声をかけた。


「ウィルパーソン様…あの…今のは一体…」

「…」


ウィルはといえば、同じように頭を打たれたような気分だった。


("スケール"が違いすぎて…"スゲー"…?)


そんな中、声をかけられたものだから、

ウィルも先ほどのエルと同じように、困惑したまま言葉を返してしまった。


「…"ル"はどこにいったのだ」

((そこですか!?))


思わず心の中で、男子生徒二人がツッコミを入れてしまう。


4人がだんまりを決め込んでしまえば、

辺り一面に、重く冷たい空気が張り詰める。

それに耐えきれなくなったのか、エルは赤い顔を隠しながら、

走ってその場から逃げ出した。

「あ…う…ご、ごめんなさい~~~!!!!」


三人の男子達は、その様子をただただ眺めるだけしかできなかった…。


(エルフォール…俺に何の用事があったのだ…。)

結局用事が何かわからず仕舞いになってしまったウィル、

どうせ明日も来るだろうと考えながら、自分の教室へと戻っていくのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あああああああああ!私のバカああああああああああ!」

叫びながら廊下をダッシュし、突き当りまで吹っ飛んでいくエルフォール。

まさか、まさかあんなところで不意に出た言葉が…おやじギャグ。

しかもかな~り寒い部類の。


先日、ベロウから聞かされた言葉がフラッシュバックする。

『まぁ同じような奇行を見られれば結果マイナスになるんだけどね』

今回は奇行ではないが、それでもマイナスになってしまった事は間違いない。


「このままでは…このままでは…」

わなわなと両手を震わせ、廊下でうなだれるエル、

頭の中にあるのは、婚約破棄、退学、磔…。

それらを回避するために、ウィルパーソン様に謝罪をしなければならないのに…。


頭の中に、新しいプランを考える。

何か、印象を、結婚していれば生まれるメリットを…

今の自分のいいところを必死に探す。


(まずは頭…は悪い。裏口入学をしなければならない程の低学力。

 美貌については…平均ぐらい?、

 正直その辺にいる女子生徒の方が可愛いと思えるぐらいですわ…。

 胸…は無いですわね、というかウィルパーソン様は

 女性の体に興味があるのでしょうか…。)


どこをとっても平均以下な気がしてしょうがない…

唯一、自分の勝てるものといえば…

「う~~~~~~ん…」


首を90度に捻って考えてみる。

そんな中、今日3度目となる、背後からの声。

「ちょっと、そんな所にいると邪魔でしてよ」

「そうよ、この方の道を塞ぐなんて、ねえ?カリン」

「まったくですわ、グラーフ様の邪魔をするなんてねぇ…マリン」


くるり、と振り返れば、いつぞやの3人、

ウノアール・グラーフと、取り巻きのマリンとカリン。

その3人を見れば、エルの頭は活路を見出した。

「これですわ…これなら…!」

「…げ、誰かと思えばエルフォール様…!?」


顔を確認し、逃げ出そうとするグラーフ、

しかし、その走りだそうと振り出した手をつかまれ、

逃亡を阻止された。


「ねえ!グラーフ様!」


ぐい、と掴んだ手を引っ張れば

社交ダンスよろしくグラーフの小さな体を抱きとめた。

思わぬ展開に、グラーフは赤面する。

こんな人通りの多い廊下で、ダンスのエスコートなぞ人生初めてだったのだ。


グラーフの視界には、いつになく真剣で、

今にも婚姻を申し出そうな程

覚悟を決めた表情のエルを目の当たりにする。


「へ?ちょ、何!?」

「私と…私と…」

「ま、待って、私、心の準備が…!?」


しかし、そんな事はおかまいなしにと、エルは真の目的を口にする。


「私と…コンビを組んでくださらない?」

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