第4話 つまらんモンにはメーン!ですわ!

キーファブッチ家…。

先の大戦では軍師を勤めながらも

まとめ上げた兵を持って敵軍を一網打尽にした名家である。

大戦前よりも爵位を授かっており、長い歴史の中でも王家を支えるかのように

知力・戦術に長けた家柄である。

また、その長い歴史にかけ、誇り高い性格の人間が家系に多く存在している。

大戦で成り上がったストランドフェルド家とは違い

歴史を重んじる傾向から両家は犬猿の仲となっていた。


「…というのは、表向きの話」


ベックは紅茶を一口すすり、口の中を潤す。

侍女が休憩がてらにお飲みになっては、と持ってきたものだ。


その話を聞いていたエルは、ベックの一言に首をかしげた

「表向き?」

「実際には違う、という事だ」


ベックはテーブルにソーサーとカップを置けば、息を深く吸い込んだ。


「あの野郎は昔から戦争というものは残酷なものであるとかなんだとか抜かしやがって捕虜だろうがなんだろうが略奪した村や物資を簡単に燃やして相手へのアピールだのこれが完全無欠なキーファブッチだとなんだの言いやがってこっちがどんだけギリギリで戦ってたのかも知りもせずにあの野郎は本当ガミガミガミガミ!!!」


あらかじめ両手で耳を塞いでいたエルは、

それでも貫通してくる大声に顔をしかめた。


「そ、それほど、嫌いな相手なのですね」

「嫌いじゃない、反りが合わないというだけだ」


さんざんぱら愚痴を吐き終えたベックは、ふぅー、と溜息をついた。


「だが国王は俺たちを見て危惧したんだ、大戦は終わり、平和は訪れた。

 しかし活躍したトップの家同士いがみあってても内戦が起こるだけ、

 戦争は終わらない」

「そこで、両家の子供同士を結婚させ、仲を安定させようと…」

「まぁそういうことだ…子供を道具みたいに使うようだし、俺は反対した。」


深く椅子に座りなおしたベックは、再び紅茶の入ったカップを持ち、

中の紅茶を飲み干した。


「でも向こうは、反対しなかった。何を考えてるんだか、俺にはわからん」

「…」


首を横に振るベック、それを見て、エルは疑問を一つ抱えたままだった。


「お父様…、それで、どうして私の結婚が条件になったのですか?」

「…それなんだが…」


ベックは、言いづらそうに頭をかかえた。


「…学院に入るとき、入学テストを受けただろう」

「ええ、受けましたわ、…点数はあまり良くありませんでしたが」

「あぁ、そこなんだよ…」

「えっ」


思わぬ所でストップをかけられてしまい、エルは声を漏らす。


「どういう…ことでしょう」

ベックは、うなだれるように頭を垂れれば、ぽつりぽつりと言葉を放った。


「悪く思わないでくれ…本来であれば…お前は不合格だったんだ」


「………え?」

大きなはてなが頭に浮かんだ。

「ふ、不合格?」

「あの話を聞いた時、さすがにお前を自由にさせすぎたのでは、

 とさすがに思ったな」

「え、本当に不合格でしたの?でも私、入学出来ておりますが…」

「あぁ…それが…お前を入学させる条件につながるんだ…」


頭に疑問符がずっと沸き続ける。

なぜ、本来不合格になるはずが、入学させる代わりに、

結婚が繋がってくるのか。


「国王からの計らいなんだ」

「こ、国王から…」

「大戦で活躍し、爵位まで授けた家の長女がまさか学力が低いだなんて

 国の歴史に恥を記録することになる…だから、俺が前まで断っていた

 その…結婚の話を飲む、という条件で…まぁ…入学をだな」


だんだんと言いづらそうにする父を目前に、エルは愕然としていた。


「え、私…裏口入学しておりましたの?」


開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だった。


ベックは彼女の一言に、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

「その、すまん。許してくれ…それに、

 お前を自由に育てたいという気持ちは変わらん…。

 お前が嫌だというのであれば、この話は断る…ただその代わり、学院は…」

「いやいやいや!がんばります!私がんばらさせていただきますわ!」


当然ながら、学院を裏口入学して、さらに1日で自主退学なんてオチは

あらゆる方面に泥を塗りかねないという事は

入学試験落ちした頭脳でも理解できる。

ベックはその返答に、きょとん、としながらも聞き返す。

「その、頑張るというのは…」

「受けます、その結婚。その上で、勉学も頑張らさせていただきますわ!」


胸を張って返事をするエルに、ベックは両目に涙を貯めて喜んだ。

「ありがとう…お前はやっぱり優しい子だ…

 お前に無理をさせてすまないと思っている…」

「いいえ、優しいのはお父様の方ですわ…

 私の頭が悪いのが原因でこうなってしまったのに…

 それを責めずに自分を責めているのですから…」

「エル…愚かな父でごめんよう…」

ベックは鼻水をすすりながら、エルの膝元に泣きついた。


その話を静かに、扉の前で聞いていた侍女は思った。


(うん、全部お嬢様が悪いじゃん)


今度から厳しく接しよう、そう思った侍女であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「というわけで今日、ウィルパーソン様が顔合わせにいらっしゃるのですわ」

「へぇー、お姉ちゃん、許嫁ができたんだ」


ベックとの会話から数日後、エルは箱を梱包しながら

弟であるベロウフォールに話しかけていた。

ベロウはというものの、呑気に椅子に座りながら作業を続ける姉を眺めていた。


ストランドフェルド・ベロウフォール。

エルとは2歳下のストランドフェルド家の長男、エルの弟である。

姉と同じく黒い髪を持つ少年で、姉の奇行を昔から目の当たりにしている、

エルのよき理解者である。


「まぁこうなったのは私のせいですし…

 結婚だろうとなんだろうとバッチ来い!ですわ」

「うん、入学試験落ちたって感じの意気込みですばらしい」

「口が悪いですわよベロウ」

「頭が悪いですわよ、お姉ちゃん」


口調を真似しながらベロウがちょっかいをかける。

エルはそれに気を留めず、"空の箱"を丁寧に梱包する。


「…ところでお姉ちゃん何してるの」

「ああ、これ、私なりの旦那様テストの準備ですわ」

「旦那様テスト…?」


こういった小道具作りだってそうだが、姉の奇行は今に始まった事ではない。

ただ、大体姉のこういった行動は、いつも1つの結論に行き着く。


「まーたあの本の真似?」


シュース・ロブンスト著の滑稽話集。

姉が聖典のように大事にしている、謎の本。

少し読んだ事があるが、姉はアレの何がそんなに気に入るのか、

ベロウはいまだに理解ができていない。


「またとはなんですか、私と結婚するんですから、

 私と反りが合う方でないと嫌ですわ」

「いや、お姉ちゃんは結婚してもらう側なんだからね…?」


呆れた表情で奇行を続ける姉を眺めていれば、ようやく完成したのか、

エルは丁寧に梱包された空き箱を手に取り、眺め始めた。


「できましたわ…!」

「で、それでどうするの?」

「ふふふ、それは…」


こっそりと耳打ちで、ベロウに計画を話す。

さすがの計画に、ベロウは少し、いやかなり引き気味だった。


「いや、そんな人いないよ」

「いますわよ!必ず!」

「というか、そんな人と結婚したい?」

「ええ、ぜひとも!」


はぁー、と強く溜息をつくと同時に、

使用人が部屋に入ってきた。


「失礼します、お嬢様。ウィルパーソン様が来られました」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…ストランドフェルド家か」


少し時を遡って、ストランドフェルド家に向かう馬車の中。

キーファブッチ・ウィルパーソンは考え事をしていた。


彼にとってこの結婚は、手駒を増やすための戦略として考えていた。


先の大戦では活躍をしたのかもしれないが、

所詮は平民から成り上がっただけのぽっと出の貴族、

さらに噂によれば娘を溺愛するベックは、かつての傍若無人さを失い

牙を抜かれた虎そのものだという。

だが、国王に一目置かれている、という状況は非常に有用である。

このまま娘を半ば人質に、ストランドフェル家を乗っ取り、

いつかは国王の地位に就く。


「何はともあれ、あのアホ娘には感謝しなくてはな…」


窓の外から見える月を眺めながら、ぽつりと呟く。

月は、満月ではない、少し欠けた月。

自分の足りない物を映す鏡のようで、ウィルパーソンは少し気分を悪くした。

「チッ」

カーテンを閉めれば、ガタガタと揺れる馬車の中、

闇の中で深く溜息をついた。


やがて馬車が止まれば、使用人が扉を開ける。

「坊ちゃま、到着いたしました…」

「ご苦労」

馬車を降りれば、屋敷の扉を潜り抜ける。


そこには、未来の伴侶となる少女が佇んでおり、

その後ろでは自分を迎えるべく侍女や使用人達が立っていた。


「本日は起こしいただき、ありがとうございます、

 キーファブッチ・ウィルパーソン様…

 私が、ストランドフェルド・エルフォールでございます。」


目の前の少女がスカートの両端をつまんで会釈をする。

その表情は笑顔だが、その裏には緊張や迷いがあるのが垣間見えていた。


(まぁ、それもそうか。自分が望んだ結婚ではないのだからな。)


どこか、歓迎されていない雰囲気を感じながらも、堂々とした姿勢で

ウィルは自己紹介を受けた。

それに対しこくりと、頷けば自分もと自己紹介をする。

「キーファブッチ・ウィルパーソンだ、今日から…お前を嫁に迎える」


ただ、そう言い放った。

目の前の女性はこくりと頷けば、侍女に目配せをし、何か合図を出した。

侍女はそれを察知すれば、何かを取りに別室へと向かったようだ。


「本日は本来であれば父もご挨拶をするべきでしたが、

 あいにく今日は不在で…大変申し訳ございませんわ」

「構わん、こちらとて同じ事だ」


ウィルが不機嫌そうに返せば、侍女がスタスタ、と何かを持って帰ってくる。

どうやら、土産を用意していたらしい。

エルが侍女からそれを受け取れば、ウィルへと差し出した。


「ましてや、こちらの都合で嫁入りさせていただく身…こちら

 "つまらないモノ"ですが、手土産を…」


パァン


強く打つ音が屋敷に響く。

ウィルが、その差し出された手土産を、手を横なぎに振るい、

弾き飛ばしたのだ。


「…図に乗るな、エルフォール」


ウィルがここに来た理由は二つある。

1つが、結婚の挨拶。もう1つが、権力の誇示である。

ウィルはストランドフェルド家を手駒として抱き込むべく結婚に応じる。

その際に邪魔なものは、ストランドフェルド家の貴族としての尊厳である。

それを先んじて封殺するためには、恐怖、それを与える必要があった。

この人には、逆らわない方がいい。

そう思わせる事が、キーファブッチ家流の手駒の作り方である。


「いいか、お前は結婚するのではない、結婚を"受ける"側なのだ。

 その時点で俺とお前は対等ではない。

 ましてやそんな相手に"つまらないモノ"だと?

 笑わせるな、いや、むしろガッカリだな。

 二度とこんなモノで俺を釣ろうとするな、わかったか」


…。


沈黙が、屋敷に流れる。

これで、完全にストランドフェルド家はキーファブッチ、

いや、俺の手駒となった。

そう確信していた、だが、そこに違う空気が支配していたのは

数秒経過してからの事だった。

(なんだ…?こいつらの反応は…?)


その場に支配していた空気は恐怖…ではなく…たとえるなら力抜けだった。


宝箱だと思って喜んで開けてみれば、

中身は空だったというような、そんな感覚。


そして、目の前の少女に目をやれば、

あからさまに残念なモノを見るような目でこちらを見ていた。


「…なんだ、文句でもあるのか」

「………はぁーーー…」


大きなため息が返事として帰ってきた。


「貴様、自分がどういう立場かわかっているのか…俺が意見さえすれば貴様なぞ」

「やり方が違いますわ、ウィルパーソン様」

「…は?」


やり方?

頭に疑問符が浮かび上がる。


「なんだ、なんのやり方だ」

「すぐにお見せしますわ、少々お待ちください」


そう言うと彼女は、自分の弟、ベロウを呼び出し、

先ほど弾き飛ばした手土産を持って来させた。


「お姉ちゃん、ホントにやるの?」

「やります、あれだけ惜しかったのですわ!

 ちゃんとしたやり方を教えないと私の気が済みませんわ!」

(惜しかった…?)


ウィルがあまりの不可解さに首をかしげそうになるのを堪えていれば、

溜息交じりでベロウが手土産を姉であるエルに渡す。


「これ、つまらないものですが…」

エルはその手土産に…叫びながら容赦なく手刀を繰り出した。



「つまらんモンにはメーーーン!!!」


パコーーーーンッ!


もともと空き箱だった手土産は小気味の良い音を立てながら

地面に叩きつけられる。

思わず予想外な出来事に、ウィルは顔には出していないが、

かなり面を食らっていた。

(……は?)


「ああ、何をするんですか!」


慌ててベロウは地面に落ちた手土産を拾おうとする、

しかしエルは容赦なく手土産を足で転がすように蹴り続ける。


「メーン!メーン!メーン!」

「ああ、やめてください!やめてください!」


ウィルはその様子を眺めながら、

手土産の中身が空である事にようやく気付いた。

(…なるほど、弾いた時…ずいぶん軽いと思ったら、これを想定してか…

 …"これ"を…?)


冷静に分析し、さらに自分にツッコミを入れてしまうウィルであった。


やがて足で転がしていた手土産は強く蹴り飛ばされ、ウィルの足元へと渡った。

「そ、それを拾ってください!」


ベロウに言われるがままウィルが手土産を拾えば、

エルが軽く指笛を吹いてウィルを指さす。


「ピーッ、ハンド」

(何がだ…?)


ベロウがウィルの両手から手土産を回収すれば、エルとの間中央に設置する。

「よーい…ピーッ」

再びエルが指笛を軽く吹けば、今度は二人そろって手土産を足で転がし始めた。


梱包がやぶけ、空き箱はくしゃくしゃになり、

それでも蹴られ続ける空き箱を見て、ウィルは思った。


(…とんでもない女を、嫁に迎えたかもしれない)


娘を脅し、ストランドフェルド家を手駒にする作戦、

思ったよりも、前途多難でありそうだと感じる、ウィルパーソンであった。

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