第3話 ラーチャ、心配ですわ!
「大変ご迷惑をおかけしました…」
授業が終わり放課後、
エルはグラーフに質問をしようとした…
もとい襲い掛かろうとした所、
グラーフの取り巻きに捕獲され、医務室へと連れ込まれていた。
医務室の職員からは、「少し興奮しすぎ」と注意を受け、
エルはまだ親しくなっていない友人に対して距離を詰めすぎてしまった、と
反省を顔色に表していた。
グラーフにいたってはエルから逃げ回っていた所、
さすがに医務室送りにされたと聞いては不安になり、
様子を見に医務室へエルの様子を確認しに来ていた。
「まったくですわ…正直、あの時のエルフォール様の目つきといったら、
誘拐犯のそれでしたわよ」
ふん、と鼻を鳴らしながら両腕を組む金髪ツインテールの少女、グラーフ。
その取り巻きのカリン、マリンも疎ましそうな目線をエルに向けていた。
「本当に申し訳ございません…」
再び深々と頭を下げるエル、申し訳なさそうな表情からは、
相当な反省の色が浮かびあがっていた。
そしてグラーフも、その反省の気持ちを感じ取ってはいた。
「ま、まぁ、友達になりたいというのであれば…
ならないわけではないですわよ…?」
「!」
グラーフは、初対面の時の失態をいつ脅迫に使われるか、という恐怖が当初あった。
しかし、授業を共にし、友達になりたい、という一心で自分を追いかける、
そしてやりすぎたらきちんと謝罪する。
グラーフは理解した、このエルフォールは人間であり、
きちんと素養を積んだ貴族ではある…、
ただ少し、人との交わりが苦手なだけ、ということを。
頭を下げるエルに手を出す。
「前は、エルフォール様から一方的に手を握られましたが…
今度は、きちんと握手してくださります?」
「も、もちろんですわ!」
エルはうれしそうにその手を握ると、上下にぶんぶんと振って大きく握手をした。
「こ、これからもよろしくお願いいたしますわ!
あ、私、ストランドフェルド家のエルフォールと申します!」
「いや、今朝も聞きましたわよ」
「よろしくお願いいたしますわ!グランマ様!」
「グラーフですわ!というか授業の時から、わざとやってますわよね!?」
怒られた、はずなのに恍惚な表情をするエルを見ながらグラーフは溜息をつく。
やっぱり、この人は理解できないかもしれない。
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帰りの馬車の中、エルは夜空を見ながらうっとりとした表情を浮かべていた。
(友達、初めての…学院での友達…。)
共通の趣味を持つ友人を探す、という目標を早くも達成したエルは
すでに次の登校が待ち遠しかった。
「良い事があったのですね」
同乗していた侍女のラーチャが声をかける。
「ええ、とっても」
嬉しそうに頷き、笑顔をラーチャに向ける。
ラーチャは、その表情を見て、内心ホっとしていた。
幼年の頃のエルといえば、お転婆、というか天然というか
奇行というに相応しい事ばかりをしていたのだ。
突然、池の前で四つん這いになったかと思えば
「押さないでくださいよ!絶対に押さないでくださいね!」
なんて叫んでみたり、かと思えば自分から池の中に飛び込んでいったり
助け出してみれば
「どうしてみんな笑ってくれないのよ」
なんて泣き出されたり…。
「…」
「ラーチャ、何か余計なことを考えていない?」
「いいえ、お嬢様…きっとお嬢様のことですから、
学院の中で何か騒動を起こすのではないかと少し思ってしまっただけで…」
「うっ…」
グサ、と言葉のトゲがエルに突き刺さる。
「お嬢様…?」
「…」
すっかり黙ってしまった。
ラーチャは言葉を続ける。
「もしやお嬢様、すでに何かなされたのでは…」
「い、いいえ!何も!?あ、でもお友達はできましたわよ、
ウノアール家のグラーフ様なのですが」
「ウノーアル家のグラーフ様…?!」
ラーチャが驚くのも無理はない。
すでに社交場においてグラーフは
自分の立場や家の権力を持って様々な圧力を方々にかけることで
悪い噂が立っていたのである。
「…本当に友達ですか?それ」
「何よ!本当に友達ですわ!」
エルは少し天然な面がある、という認識のラーチャは
グラーフに騙された、もしくはすでに取り巻きとして抱きこまれてしまったのではないか
と悪い考えがグルグルと回る。
「申し訳ございません、その、グラーフ様については、少々悪い噂が…」
「噂は所詮噂にすぎません、それに、グラーフ様とは共通の趣味がありましたわ」
「共通の趣味…!?」
ズガン、と脳内に大きな雷が落ちた。
(天然な面もあるとは思っていましたが…
本当のお嬢様は…まさか残虐な趣味なのでは…!?)
汗をたらり、たらりと流しながら悪い妄想がラーチャの脳内を駆け巡る。
(はっ、まさか、あの押すなよっていうあの行為…
次は私達が四つん這いになって、お嬢様が背中を押す遊びに
興じたかったのでは…!?)
自分が率先して実行することで、相手に有無を言わせない手法、
上に立つものとして当然の思考。
その片鱗だったとラーチャはエルの恐ろしさを実感していた。
…実際は滑稽話集に乗っていた話をエルが真似していただけなのだが、
ラーチャは知る由もない。
「お嬢様…」
「なぁに、ラーチャ?」
「お嬢様はきっと…天下を獲れます」
「どうしてそんな話になるの!?」
夜は深く、濃くなっていった。
馬車はゆらゆらと揺れて、
やがて屋敷へとたどり着いた。
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「さぁーて、来週からはいよいよ寮での生活ですわ」
エルフォールは湯浴みを終え、侍女たちに髪の手入れをしてもらいながら
両手を広げてぐーっと伸びをした。
「エル様がいなくなると、私達も寂しくなりますわ」
「ありがとう、長期休暇になれば帰ってきますわ、それまで、お部屋のお手入れもお願いしますわね」
「かしこまりました」
髪を手入れしているラーチャがにこり、と微笑む。
ここにいる全員が、小さな頃からの友人や家族である。
離れるのは少し悲しいけれど、毎日馬車で送り迎えしてもらうわけにもいかない。
鏡に映る自分を見つめ、こくり、と頷く。
「私、がんばります」
「その意気です、お嬢様!」
ラーチャが丁度よく髪を梳き終われば、扉のノックする音が聞こえてきた。
どうぞ、とエルが声をかければ、ドアを開けて入ってきた人物を笑顔で迎え入れた。
「お父様!」
「やぁ、エル、今日も一段と可愛いな!どうだった?学院は」
ストランドフェル家の現当主、ストランドフェルド・ベック。
先の大戦では戦斧を振り回し、大陸にストランドフェル家の名を広めた張本人である。
「いじめてくるやつはいないか?いたらパパが思い切りやっつけてやるからな」
「もうお父様、私はもう子供じゃありませんわ」
はは、と笑顔で会話をする親子、しかし突然、ベックの顔が少し暗くなる。
「少し外してくれるか」
ラーチャに命令すれば、彼女は会釈し、部屋をあとにした。
神妙な面持ちをする父に、思わずエルも表情が硬くなる。
「学院は…楽しいかったか?」
「ええ、もちろん、私にも友達ができましたわ!」
「そうか、ならよかった…これからも、通いたいか?」
「それも、もちろん。通いたいですわ!」
「そうか…」
他愛の無い親子の会話なはずなのに
空気が重い。
「お父様…おっしゃりたい事があるなら…
はっきりおっしゃった方が、心は楽になりますわ」
「そうか、そうだな…」
暗い表情の父親をはげますように、エルは語りかける。
その言葉に覚悟を決めたベックは、懐から封筒をひとつ取り出す。
エルもそれに目を取られる。見てみれば、封はすでに切られていた。
「実は…お前を学院に入れるため、少々、条件が必要だったんだ」
「条件…?」
「いいか、よく覚えていてくれ、俺はお前が一番大切だ、宝物だ。
だから、いろんな事を経験してほしい。学院に行かせたかったのも、
いろんな学問がこの世にある事を知ってほしかったからなんだ」
この世界では、学習は必須ではない、
むしろ、勉強をまったくせず、斧の振り方ひとつで
侯爵の地位を手に入れた人物だっているのがこの世界である。
「…、学院に通ったことの無いお父様が言っても説得力ありませんわ」
「それは言わないでくれ」
バッサリと切り伏せたエルに、ベックはがっくりと肩を落とした。
そして元に戻すと、再び話し始めた。
「学院にお前を行かせるために、少しばかり、条件が必要だったんだ。
私の自由が縛られるだけならよかったのだが…
お前の自由まで、縛られるような形になってしまった」
「…いったい、どんな条件ですの?」
ベックは封筒とエルをしばし交互に見た後、
諦めたかのように一言放った。
「………、結婚だ」
結婚、たった2文字だけなはずなのに、ここまで重い言葉があるだろうか。
エルは、驚きを隠せなかった。
「け、け、結婚…!?」
思わず、ベックの持っていた封筒と、ベックの表情を往復して見てしまう。
「…お父様…重婚はこの国では重罪ですわよ」
「いや俺じゃなくてな」
「お母さまというものがありながら…」
「だから俺じゃないって」
はぁ、と相変わらずなエルに溜息をつくベック。
封筒を開けば、中に入っていた便箋をエルに差し出す。
エルはそれを見て、驚愕した。
「こ、これって…」
拝啓、ストランドフェルド・ベック様
ご子息様の入学、大変喜ばしく思います。
つきましては、条件の履行、
貴公のご息女様と、我がキーファブッチ家の長男、
ウィルパーソンとの婚姻を進めていただきますよう
よろしくお願いいたします。
― キーファブッチ・イルドワン
手紙の内容を見てワナワナと震えるエル
無理もない、という表情で彼女を見つめるベック
「キ、キーファブッチ家…」
エルは手紙からゆっくりと、ベックに視線を動かす。
ゆっくりと口を開き、一言。
「…って誰でしたっけ?」
ベックは盛大に床にずっこけ、
さらにその会話をこっそりと聞いていたラーチャも、廊下でずっこけたという。
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