第2話 天然ボケ?いいえ、ボケですわ!

ここはグラックブッチ学院。

貴族の子息たちが学問やマナー、様々な教養を学ぶ学問の場である。


早くも友達が作れそうだと感じている

ストランドフェル家の長女エルフォールは

昼食をすませ、そそくさと教室へと戻るのであった。


(ここが、私の教室ですのね…)

初等部、第一教室。

ガヤガヤと騒がしく雑談がひしめく空間で

エルはあの顔を探していた。

ウノアール・グラーフ

午前中に出会った、恐らく同じ趣味を持つ少女。


その実態は、家柄でマウントを取りそこねた

哀れな勘違い少女であるが

当の本人エルはその事に気が付いていない。


むしろ、同じ趣味を持つ仲間として認識していた。


さすがに人の多さから、あの背丈の低さを探すのは骨が折れる。

「やっぱり、まだ医務室にいらっしゃるのかしら…」

つい先刻、探している友達候補を水平チョップ

…もといツッコミで気絶させてしまったのである。

ため息をひとつついた後、教師の声が教室に広がった。


「はーい、授業を始めますよー、席についてくださーい」


午後の始まりの授業は、魔法学を学ぶための授業。

入ってきた教師は、長身でつばの広い三角帽子を被った教師が

朝礼でも挨拶をしていた女性教師、モンタナ先生である。


生徒達の出身は貴族といえど、今は生徒。

物腰柔らかな態度に、教室の中にいる全員が素直に従う。

エルは心底肩を落としながらも、席につこうと自分の机に向かった。


(残念ですがタイムアップですわね…)


すとん、と腰を降ろそうとしたその時、

お尻に違和感を感じた。

椅子は木製の材質の上に薄めのクッションが敷かれたもの

しかし今振れているのは、

温もりがあるが、感触は固い部分とやわらかい部分が2セット。

そこから割り出されるのは、何か異物を踏んだであろう、ということ。


「ちょっと!私がいるでしょ!?」


異物が大きな声で叫んだ。


「ひゃい!?」

慌ててエルが飛び跳ねて後ろを見れば…

見覚えのあるツインテールが小さく椅子に座っていた。


午前中出会い、先ほど探すのを諦めた、

ウノアール・グラーフの姿がそこにあったのである。


「あーーーー!?」

「あーーーーー!!!」


お互いが指を差し合って叫ぶ。

エルは思わず刺された指を手もろとも掴んでしまう。


「こんな所でお会いできるなんて!とても嬉しいです!」

「え!?いや、なんでエルフォール様がこんな所に!?」


グラーフは知らなかった、ストランドフェルド家は武術に長けてはいるが、

学術に関してはからっきしなのである。

その結果、エルは入学テストでは点数が撃沈、初等部からの学習となったのである。

もっとも、エルの場合は武術よりも"趣味"の読書にかまけていた結果、

テストの点数が大変なことになってしまったのであるが。


「そんなことはどうでもよいのです!」

「ひゃい!?」


目を輝かせながらエルはガシィ、と強く小さな手を両手で握りしめる。

鼻息を荒くしながら顔を近づけていくエルに、グラーフは捕食寸前のカエルのように固まってしまった。


「あなたとは "じっくり" 話し合いになりたいと思っておりましたの!!

 ぜひともこの後ご一緒にお茶などでも…」

「ちょちょちょ!?そんなにがっついて来られても困りましてよ!

 だ、誰か!誰かぁ~!」


初対面の威勢はどこへやら、年相応の少女らしい反応をさらけ出してしまう。

そんな中、教室に1つ、風切り音が鳴り響く。


バシュゥッ!!ガァン!!


風切り音のあとに、何かがぶつかるような音、

それはもみ合っていた二人のちょうど間をすり抜け、

向こう側の壁にぶつかって弾けた。


壁の方を見てみれば、まるで小鳥を音速でぶつけましたかのような

何かが勢いよくぶつかって出来た穴が広がっていた。


二人はゆっくりと、風切り音がした方を向く


「フゥ…、それでは、授業をはじめましょうか。」


そこには杖を構えていたモンタナ先生がいた。

どうやら、風魔法を矢のように飛ばし、椅子に風穴を開けてみせたらしい。

二人はおとなしく真正面に向き合い、授業を聞き始めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


先に集中力が切れたのはエルの方である。

もとより武術、および"お笑い"に関してばかり勉強していたエルにとって、

座学とは退屈そのものでしかない。


「ねぇ…」

「…」


さらに言えば現在進行中の授業が、

初日という事もあって、初歩の初歩をおさらいという内容。


すでに家庭教師から教わった内容であるのと同時に

隣には思いを(一方的に)抱いているグラーフがいる。

エルにとって、彼女は授業以上に興味を引く対象であった。


「…あの二人はどうなさいましたの?」


初めて会った時に遭遇した、エルを左右挟むようにして立っていた二人の女性、

彼女たちもこの学園にいる以上は貴族であることに間違いない。

しかし、この教室にいるのであれば、彼女の隣左右を埋めていてもおかしくはないはずだ。

グラーフは、質問に対し、大層鬱陶しそうに答える。


「……彼女たちは中等部ですが、何か?」

「中等部…?ああ、どうりで隣にいらっしゃらないのですね…中等部!?」


思わず二回繰り返してしまった。

取り巻きの雰囲気出しておいて、肝心のトップが、初等部…。


「……何か文句でも?」

「…いえ、何も…」

「はぁ…彼女たちの家の事業は、私の家、

 ウノアール家が資金援助をしておりますの、

 その謝礼として、彼女たちには私のお手伝いをしていただいておりますの、

 これで疑問は解決できて?」


溜息交じりに答えてくれた。

グラーフ本人も、少しこの境遇を気にしてはいるようで、

己の不甲斐なさを解消するべく、今はただ勉強に打ち込みたかったのである。


「そうだったのですね、知りませんでしたわ…

 まさかあのチャキン様とシャキン様が中等部だったなんて…」


不意にボケを挟んでみる。

この時、エルはボケるつもり半分、

名前を憶えていないから再度教えてほしい半分であった。


あえて間違えた名前を口にする事で、グラーフに名前を訂正してもらい、

あの二人の名前を記憶する、というエルなりの作戦であった。


その思惑通り、グラーフはため息交じりに訂正する。


「…マリンとカリンですわ、なんですの、そんなハサミみたいな名前は…」


ピク、とエルの耳が反応する。


(今の…もしや…?)


グラーフはただ訂正するだけでよかったのに、

後半部分に余計なセリフを付け足してしまった。


これがエルの愛読書、シュース・ロブンスト著の滑稽話集に記載されている

"ボケとツッコミの章"における"ツッコミ"といわれるものであることを

グラーフは知らない。


もちろん、グラーフ本人が身をもって受けたものとは

形の違うツッコミではあるのだが、

暴力を厭わないツッコミであっても、

エルにとっては"大好物"であった。


この感触は…?恐れながらもエルは続けざまにぶつけてみる。


「……パキンとポキン?」

「マリンとカリン、二人はそんなにモロくありませんわ」

「…サインとコサイン?」

「マリンとカリンですわ。その並びだと私がタンジェントになりません?」

「ジャイアントトナカイ?」

「マリンとカリン!!それだと合体してしまってるでわありませんか!」


この、この反応速度!この感触!間違いありません…!

エルはすっかり夢中になって次のボケを考えていた。その時、


バシュゥゥ!!


ボケとツッコミを繰り返す二人の間に、

風切り音と、衝撃が走る。


前方をみてみれば、

笑顔ではあるが、眉間に皺を寄せたモンタナ先生が杖をこちらに向けている。


「二人とも、そんなに仲がいいのであれば、続きはお外でやられては?」


「「も、申し訳ございません…」」


二人はおずおずと頭を下げた。


何はともあれ、今日の授業は終わりを遂げた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「最っっっ悪ですわ!!!」


授業が終わり、女子寮に戻ろうとするグラーフと取り巻き二人、マリンとカリン。

グラーフは結局授業をろくに受けれず、恥もかかされ、悔しさのあまり1歩1歩が地団太のように

ズダン、ズダンと大きくなっていた。


「グラーフ様、気を確かに…そんなに足を大きく上げては、スカートの中が見えてしまいますわ」

「うるさいですわ!今日はスパッツでしてよ!」

「あのお間抜け天然女…私たちのグラーフ様にあんな恥をかかせるなんて…」

「マリン、カリン、今日は遅れた分も自習しますわ。…一刻も早く、ウノアール家を侯爵家に陞爵(しょうしゃく)して

あの小娘に目に物言わせなくては…!」


そんな中、呑気なエルはあのグラーフを探していた。

(あの時話があると言ったのに…まぁ突然のことでしたし…あの方の都合も考えておりませんでしたものね)

ウンウンと頷けば、後日声をかけようと考え、用意された女子寮に帰ろうとしていた。

(しかし…あの時のツッコミ…)

頭の中であの出来事を反芻する。

思い返せば思い返すほど、甘美な時間。

(ボケ、そしてツッコミ、全てが嚙み合った時、あのような快感が走るのですね…。

 私は笑いを堪えるので必死でした。

 シュース・ロブンスト様もこう記しておりました…。

 舞台の演者たるもの…笑うな、笑わせろと。

 見ておりましたか…ロブンスト様…ご存命かお亡くなりになられたかは私知りませんけれど…。)

早く家に帰り、このことを日記に記そう、そんなことを考えていた時、

ズダン、ズダン、という地団太が後方から聞こえてきた。


後ろを振り返れば、そこには探していた…背丈の小さな、ツインテール。


「グラーフさ~ん!!!」

「げっ!?あの声は!!」


前方よりかけよってくるあの姿は…今一番見たくなかった存在が…。

目に映ったエルのその姿は、片手をこちらに振ってるが、

その目は血走り、鼻息は荒くなっており、

まるで興奮した闘牛そのものであった。


マリンとカリンは、危険を察知すれば二人同時にグラーフの眼前へ躍り出た。

「お逃げください!どうやら様子がおかしいですわ!」

「グラーフ様、ここは私達が!」

「わ、わかりましたわ。迂回して寮に逃げます!

 二人とも危なかったら逃げるんですのよ!」

「グラーフ様お待ちになられて!少し!少しお話をしたいだけですわ~!」


二人の援護を受けながらグラーフは後方にあった階段を駆け上がる。

エルは追いかけようとするが、マリンとカリンにタックル気味に押さえつけられてしまう。


「邪魔をしないでください!私はただお友達になりたいだけですわ!」

「そりゃ邪魔をします!エルフォール様!」

「どう見ても異常者の目をしておりますわ!無礼をお許しください!」


エルは、二人のタックルを崩し、先に進もうと必死だった。

エルには目的があった。この学園で、共通の趣味を持つ友人を見つけるという使命があった。

その片鱗を、グラーフ嬢に垣間見たのだ。


もっとも、その片鱗が彼女の勘違いではあるのだが

当の本人は知る由もない。


「少し、少し質問をするだけですわ!離してください!ポニーとジョニーさん!」

「ダメですわマリン、このお方、頭がおかしくなられてるわ!」

「名前を覚えられないぐらいなんて、とんだ重症ですわね!」


(ああ、違う!そうじゃない!

 私がボケたのだからツッコミを!

 それができるのは…グラーフさんしかいませんわ!)


あの時恋焦がれた感触を得られず、

フラストレーションが溜まるばかりになってしまった。


「待ってくださいまし!ぐ、グラーフさ~~~~~ん!」


結果、二人がかりに勝てるわけもなく、

エルは担ぎ上げられ、医務室に連れていかれた。

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