エルフォールお嬢様はお笑いが好き

オーダマン

第1話 学院生活の始まりですわ!

本は異世界への扉である。

貴族、ストランドフェルド家の長女エルフォールが

手に取った異世界への扉は…

あまりにも滑稽で、奥深いものでした。

これは、そんな世界に触れてしまった一人の少女の話。


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ここはグラックブッチ学院。

貴族の子息たちが学問やマナー、様々な教養を学ぶ学問の場である。


この学院にも、新しい春がやってきた。


新しく門戸を叩くエルフォールは、

一般的な貴族ではあるが、少し変わった女の子だ。


(…今日から、始まるのですね)


馬車がガタガタと揺れながら、中にいる長い黒髪をした少女は考え事をしていた。

彼女が馬車に揺られながら、学院の中央に聳え立つ時計台を眺めれば、

心の中に緊張の糸が張るのを感じていた。

(嗚呼、私…友達に巡り合えるかしら…私と同じ趣味を持つような、素敵なお方…)

彼女は手に持った宝物、シュース・ロブンスト著の『滑稽話集』を握りしめれば、

ため息をひとつついた。


同じく馬車に乗っていた侍女のラーチャは頷いた。

「ご安心を、エルお嬢様」

「え?」

ふいに声をかけられ、エルはラーチャの方を向いた。

「お嬢様はこれまで、我が屋敷での講習をきちんとこなしました」

「あれはほぼ訓練でした、しかも軍事的な」

「そこまでスパルタとは思えませんが」

「私にとっては、ですわ」

「それでもこなしきりました、後は実践のみ…お嬢様ならできます」

「ありがとう、ラーチャ」


自分の心配事とは違う部分を指摘されたが、

それでもエルは少し自信が沸き立つのを感じた。


本を片手に、一人のお嬢様は学院へと足を踏み入れた。


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午前中は授業もなく、教員たちの自己紹介のみで済んだ。

午後から本格的な授業が始まる。


昼食を摂りにエルが席を立ち、探索がてら廊下を歩いていた。

その時、声をかけられた。


「ちょっとお待ちになって?」

「…?」


エルが振り返れば、輝かしい金色の髪に、

ツインテールをした背丈が少々小さな女子生徒が

仁王立ちになっていた。


「ど、どうかされましたか?」


初めてのコンタクト、第一生徒との接触、

思わず声が震える。


「あなた、私に声をかけないなんて、

相当に身分が高いことね?ねぇカリン、マリン」


威圧の強さからうっかり目に入らなかったが、

左右には同じ制服の女子生徒が2人立っていた。


「ええ、まったくですわ」

「身の程知らずも良い所ですわね」


所謂取り巻き、という所に落ち着きそうな2人は同意してうなずく。

その態度から、中央にいる金髪の少女が、

高い地位の貴族なんであろうという事が全面にアピールされていた。


エルは何が言いたいのか直接言わない少女を目の前に

ただただ困惑していた。


「ええと、私に何か御用ですか?」

「まぁ!御用ですって!」

「本当に知らないのですね」


驚いたようにカリン、マリンが自信の口元に手を重ねる。

さらにカリンの方がにやけながら話す。


「このお方、ウノアール伯爵家の長女、グラーフ様と知らないなんて」

「そのお方を初日に挨拶しないなんて大変無礼な事をしている、

とは知らないなんて、ねぇ」


マリンの方も、にやけながらエルを見つめて話す。

中央にいるグラーフはそれを受けて鼻を高くしている。

エルの出方を伺うようにその3人は、くすくすと笑いを立てている。


あまりに険悪な3人の態度、思わず通りがかりの学生たちも足を止める。

まずい、あの悪名高いウノアール家の長女に目をつけられた。


ウノアール家はこの地域でも商業に強い家名である。

長女であるグラーフは甘やかされて育てられた結果、

目に見えて傲慢に育ち、

歯向かえば仕入を止める、商店を取りつぶす、等

やりたい放題の言いぐさで

あらゆるものを追い詰めてきた。


かなりまずい、声をかけられたあの子は大変ご愁傷様です。


周囲のあらゆる人間が、エルに対して哀れみを持った。

巻き込まれる前に逃げようと、止めていた足をすすめようとする。


しかし、当の本人、エルは毅然とした態度で答えた。


「ええ、知りませんわ」


その語り出しに、思わず周囲が緊張する。

まずい、それ以上言っては。

しかしエルは止まらなかった。


「だって…初めてお会いしましたもの」


「…は?」


グラーフが思わず、気の抜けた声を出す。

周囲の時が、一瞬止まった。

思わず固まったグラーフの代わりに、

マリンは慌てて声を荒げる。


「あ、あ、あなたねぇ!?わかってないんじゃないの!?」

「そうよ!あのウノアール伯爵家よ!

年内には侯爵への陞爵しょうしゃくも厚いウノアール家なのよ!?」


カリンも慌てて付け足すように声を荒げる。

グラーフは、両手に握りこぶしを作り、フルフルと震えながらエルを睨みつけた。


「あ、あなた…どこの誰かしら?名前をお聞きしてもよくって…?」


周囲も冷や汗が止まらない。

完全に目をつけられた。もうお終いだ。

しかしそれを弾くようにエルは笑顔で答えた。


「ああ、申し遅れましたわ」


制服の長いスカートの端をつまみ、会釈しながら答える。


「初めまして、ウノアール伯爵家グラーフ様、

私ストランドフェルド家のエルフォールですわ」


「「「ス、スト…!!?」」」

目の前の3人は思わず言葉を飲んだ。

当然である。


ストランドフェルド家、先の大戦で戦果を挙げ、

侯爵の名を国王より直々に賜わった、この大陸で名を知らぬ者は無い家である。


当然、侯爵は伯爵よりも位が上である。

しかしあれだけ大見得を切ったグラーフ嬢、引くに引けない。


「そ、そう…わかったわ、覚えておいてあげるわ…」

「はい!私も覚えておきますわ!」


震える声をかき消すようにエルの大きな声が響く。


完全なる形勢逆転。

グラーフ嬢の心はグラグラと今にも崩れそうであった。

「そ、そう!なら態度を改めた方がいいわよ!

 名のある家であるなら、なおさらね!」

いや、どの口が、と誰しもが心の中で思った。

エルは笑顔のままで返す。

「はい、"お互いに"頑張りましょう!」

「!!」


グラーフは心臓が飛び跳ねた。

相手は、国王からの直々の爵位を賜った家、

このままこの失態を位の高い人物、例えば国王等にでも告げ口をされれば…

一気に青ざめた。

取り巻きの2人もさすがにマズいと思ったのか、グラーフ嬢の制服の袖を引っ張る。

「こ、ここは引きましょう…!」

「そうですよ、このまま意地を張り続けたら…!」

「…ッ!」


グラーフは心底悔しそうにエルをにらみつけた。


地位も高いがプライドも高いグラーフは、

自分の地位が揺るがないものであると確信していた。

地元の社交界であっても強い力で

あらゆる者に言う事を聞かせ続けていた。


そして、それを打ち破らんほどの力を持った敵が現れたのは

今日が初めてであった。


「い、嫌よ…!この学院でも…私が一番なんだから…!」

「グラーフ様!何を!?」

「あなた達も手伝いなさい!

さすがのストランドフェルド家だって…

3対1じゃ勝てっこないって事を教えてあげるのよ!」


グラーフが強く握り拳を作れば、容赦なくエルにとびかかる。

あまりに突然飛び出したため、マリンもカリンも反応できなかった。

止めようとする手が空を切る。


「死になさい!ストランドフェルド・エルフォー…」

叫びながら殴りだそうとした手が届く前に、

脇腹に違和感を覚えた。


水平に勢いよく飛び出した何か。

それが、自分の脇腹にぶつかってきた。


パンチが飛んでくる直前、エルは叫びながら腕を水平に振るっていたのだ。

「なんでやねーーーーーん!!!」


ズガァン!


小柄な少女は横にくの字に曲がりながら壁に激突する。

ずるり、と地面に落ちるグラーフに、

エルは追い打ちとばかりに言葉を投げかけていく。


「3対1って言いながら、あなたが飛び出してどうするのですか!

それだと1対1になるでしょう!」


ストランドフェルド・エルフォール。

幼少時代からストランドフェルド家流格闘技を学んでおり、

並大抵の生徒よりも戦闘力が高い。

素人が放ったパンチなど、出す前にカウンターを放つ事など

造作もないのである。


そんなカウンターを目の当たりにした周囲の人間たちは、

様々な反応が入り交じり、ざわつき始める。

(なんて見事なカウンター…)

(というか"なんでやねん"って何?)


そんなざわつきを他所に、マリンとカリンが慌ててグラーフに駆け寄る。

「ひ、ひどい!グラーフ様に暴力を振るうなんて!」

「そうよ!この暴力女!」

グラーフを抱きかかえながら、二人はエルに罵声を浴びせる。

しかしそれに対し、エルは毅然とした態度で答える。


「暴力ではありません!"ツッコミ"です!」


(((…いや、ツッコミって何!?)))


一瞬の沈黙の後、全員が脳内で同じことを考えた。

しかし、マリンとカリンは抱えたグラーフの様子がおかしい事に気付く。

見てみればなんと、白目を剥いて泡を吹きだしている。

「た、大変!グラーフ様!すぐに医務室に!」

「ス、ストランドフェルド・エルフォール!覚えていなさーい!」

テンプレートな捨て台詞を残して、3人は医務室へと駆けていった。


「私も覚えておきますからね~!」


エルも元気に、去っていくグラーフたちに手を振った。

そのセリフが脅しのセリフになっている事は、当の本人は気付いていなかった。


(しかし、間違いありませんわ…)


エルは手に持っていた滑稽噺集を手に取り、『勘違い喜劇』のページを開く


(私の他にも、読者はいる…)


このやり取りは、エルの愛読書、シュース・ロブンストの滑稽話集に出てくる

短編『勘違い喜劇』のほとんど、そのままの流れだったのだ。

相手が殴りかかって来るのは想定外だったが、

かねてから練習していた"ツッコミ"でなんとか切り抜けた。


(1日目で見つけるなんて、なんて運の良い…

 今度、どのクラスにいるのか探してみましょう…)


あまりの嬉しさに、笑みがこぼれる。

「仲良くなれそう…」

(((どういう意味で…!?)))


やり取りを見ていた周囲の人間は、

エルがぽつりとつぶやいたその言葉の意味を考え、恐怖していた。


ふと、エルは辺りを見渡す。


周囲は、あわやどちらの家がつぶれるかつぶれないかの攻防に肝を冷やし続けた。

その結果、エルが目を合わせようとした人間から、そそくさとどこかに散って行く。

(…しかし、あまり、ウケてませんわね)


エルは少しがっかりした。

(面白いと思ってやってみたのですが…お笑いというのは…)

「難しいですわねぇ~…」


ため息交じりで独り言をぼやけば、周囲の人間に再び緊張が走る。

(何が…!?)

(まさか…グラーフ様の処罰について考えていらっしゃる…!?)

(あの人と話すとき気をつけよう…!)


辺りの人間は巻き込まれないうちに、その場を離れていった。


とにもかくにも、間もなく午後の授業が始まる所であった。

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