第9話 弓道人の執念

そんなこんなで、諦めずせっせと弓道場へと通うのが何時ものことである。

的に中れば快感だし、外れれば畜生と思いつつ、次の射に期待する。稽古では、その繰り返しを飽きもせず、射位に立って行なう。でも的を外すことが多く、中る快感などは忘れるほどだ。達人の佐々木さんですら、すべて射た矢が的に中ると言うことはないのと同じで、達人や未熟な弓道人らの喜怒哀楽がそこに同居する。

五段の佐々木さんなど、この前、射を覗っていたら四矢中三矢外すことがあった。その時思わず発した言葉が「くそっ!」だったのを覚えている。また、今度範士になった鎌田さんですら、調子が上がらないことだってある。そんな時の姿勢は若干背中が丸まっているように見え、少しばかり振動流激震派の流儀に陰りが見えていたように思うが、直ぐに以前のような鋭さが戻るだろうて。ここが、達人と凡人の違いと言うものだ。

葉山が、こそっと漏らす。「やはり射た矢が、すべて中ることなど至難の技なんだ。そりゃ、俺なんぞまだ駆け出しの弓道人なんだから、そう容易く的に中ることなどないのが普通なんだよ。それに年齢を考えたら、体力が落ちてくるのが当たり前だしな。そうそう簡単に的に中るわけねえよ」と、己の努力の足りなさを言い訳に使っていた。

そんな稽古の努力を出し惜しみする空気が、道場内であったことを思い出す。それはすべての弓道人にあったわけではなく、葉山自身の心の内に潜んでいたものなのかも知れない。そんな身勝手な言い訳を浮かべていた葉山に、吉竹が怪訝な顔で尋ねる。

「葉山さん、体調でも悪いんですか。さっきから浮かない顔をしていますよ」すると、葉山が「あいや、別に悪いわけではないんですが、今日は少し疲れたのでこれくらいにして上がることにしますわ。なんせ今日は、随分的に嫌われてしまっているんでね」続けて、「吉竹さんの今日の成果は如何ですか?」と尋ねると、「今日の行射は、今一ですね。まあ、こんなものです。自分の技量は・・・」謙遜気味に応えた。

葉山が返す。「そうですか?でも、行射を覗っていたら、ポンポン的に中てているじゃないですか。それで今一と言われたんじゃ、私なんか弓道人失格ですよ。自分の不甲斐なさが嫌になっちゃうな」

すると、「まあまあ、そんなことは言わずに次回頑張りましょうよ」と吉竹が励ました。そして、「今日のところは、これで終わりとしますか。時間も、丁度午前十一時近くになりますからね」と告げる。

「そうですね。それじゃ、次回頑張ろう」と葉山が気持ちを切り替えて、終い支度にかかっていると、そんな様子を窺いつつ吉竹も弓から弦を外していた。

つと、葉山が思う。「今日の反省点は、そうだな・・・、的に数本しか矢が中らなかったことかな」漏らしながら、己を窘めるように「しかし、待てよ。そんなことが反省点と言えるか、中たらねえのは事象面で、どこか技量の問題があるからだろうが。それを言い訳がましく、能書き垂れやがって。反省もなく、そんな屁理屈を並べてんじゃねえよ!」と、己自身に叱咤したが、舌の根も乾かないうちに、けろりとして「次の稽古を頑張ればいいか」厳しい顔などなく、眉が垂れ下がっていた。

松田と吉竹、そして俺の葉山が道場内の国旗に向かって、お辞儀を二度し向かい合って挨拶する。「有難うございました」そして、まだ続けている仲間らに「有難うございました」と挨拶をして、弓道具を持ち地下の弓道場を後にした。

そんな時は、満足感などない。それもそうである。原因は的に中った本数が少ないためだ。「もう少し、せめてあと数本的に中っていれば・・・」何となく後ろ髪を引かれる思いに駆られながら、階段を上り外に出た。

輝く陽射しがぱっと広がり目に飛び込んでくる。ひさし代わりに目の上に手を添え、思わず「まぶしいな。こりゃ真夏の太陽の輝きだぜ。暑いったらありゃしねえ」と漏らし、さらに「暦の上じゃ九月になると言うのに、まだまだくそ暑い真夏だよ」とこぼしつつ「今日は頑張ったせいか少々疲れ気味だし、それに腹が減ったな」呟きながら、駐車場に止めてある車に着き、運転席のドアを開けると、「むわっ」と熱気が飛び出してきた。

「こりゃ、車内が蒸し風呂のようになっているじゃねえか」漏らし、車の後ろに廻りドアを開け、弓具を仕舞い込み閉めて運転席に座ると、充満した熱気が身体中にへばりついてきた。

つと漏らす。「この暑さはなんだ。しかし、二時間以上も閉めっぱなしにおいたんだから熱くなるのも仕方ないか」と言いつつ、冷房の度数を上げるも、熱気が噴き出される始末となった。文句をこぼしつつ水筒のお茶を一口飲み、アクセルペタルを踏み弓道場を後にした。

走り行くうちに徐々に冷気が車内を覆い始めると、身体に纏わり付いていた汗が徐々に引き始める。車内から見る町並みは相変わらず真夏の太陽が注ぎ、ギラギラした様相が浮かび出されるが、なんだか別世界にいる心持ちとなり、少々の疲れが車の揺れる振動で心地よいものと変わっていた。

そんな心持の中で、つと思う。

「この疲れが現わすのも、こりゃ努力の結晶と言うものなのか。日々修練する姿を示すのか分からぬが、俺を含め同じような気持ちで、せっせと皆が弓道場に通っていることは事実ではあるまいか」

「まあ、調子よく多く的に中ることもあれば、今日のように少ないときもある。だから弓道って面白いんだよな。そんなの俺だけじゃないし、皆同じ気持ちでいるんだろうよ・・・。なんて、暢気なこと言ってられねえか」と惚けるように漏らし、前方を観つつ運転しながら意を新たに「よし、次はもっと頑張ろう!」と呟いていた。


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