03 ◇―森人と隣人の救世主―



 仲間の方へ逃げていくリューカを見た獣人は走る速度をあげる。

(馬鹿な奴だ。その方向には逃げ道は無ぇよ!)

 事実、リューカの逃げる方向は、獣人たちが妖精誘拐の拠点にしている場所であり、多くの獣人が待機している場所だった。


 そして立ち止まったリューカが遠目に見えた獣人はほくそ笑む。

 運の無い奴だ。そう思い、獣人はリューカへ殺意を持って走る。


 そして拠点に着いた時、獣人は辺りの光景に目を見開いた。

「ど、どうなってやがる!?」

 獣人は驚き、声を荒げた。

 彼の仲間は全員縛られており、捕まえていた妖精は全て解放されていたからだ。

 そして、リューカを庇うように立つアネーサと対峙した獣人は冷や汗をかいた。


(何だ…?あの女…)

 黒衣を纏ったその女は戦いに慣れた様子で体を構える。

 睨むその目は容赦がなく、向ける拳は歴戦を物語っていた。

 見たこともない人種。

 あれは何だ?何なんだ?


「…かかってこい、私が相手だ」

 相対するアネーサの言葉に、獣人は恐怖に襲われる。

 獣の血が、獣の勘が、あの生物と敵対するなと言った。

 だが、獣人の矜持がそれを良しとせず、彼は震える心を叱咤してアネーサに襲いかかった。


「死ねぇぇえええ!!!!!!!」

 獣人は慟哭をあげて、剣を真横に振るった。

 避ければ後ろの森人に当たる。だから避けられるはずがない。

 アネーサに恐怖を感じながらも、冷静に判断しての攻撃であり、現にアネーサは避けるような行動を見せていない。

 その攻撃は正解だったと、獣人は思った。

 もちろん、それは正解であった。普通であれば、その攻撃は守りながら戦う相手には有効な手段であり、セオリー通りの必中の攻撃である。

 だが、それは武器を破壊されないという前提があってのことだ。


 横なぎに迫る剣を見て目を瞑るリューカと顔を青くする妖精たち。

 だが、アネーサだけはそれを冷静な顔で見ていた。

「…甘いな」

 彼女は小さく呟くと素早く片足を動かし、剣の横面を強く蹴り上げた。

 すると剣は大きな音をたててバラバラに砕け散った。


「そんな馬鹿な!!鉄の剣だぞ!?!?」

 アネーサによって軽々と剣を破壊され、獣人は刀身の無い剣を見て驚愕する。


「終わりだ、手加減はしてやる」

 アネーサは足元にある木の実を拾うと、親指で木の実を弾いた。

「ば、ばけものめぇ!っぐげぇ!?!」

 剣を砕かれ、アネーサに恐怖する獣人の額に当たり、彼は意識を失って倒れた。


 アネーサは気絶した獣人を縄で縛りあげたあと、状況を飲みこめず呆然としているリューカの方を向いて小さく微笑んだ。

「とりあえずの危機は去った。安心しなさい」

「………」

 戦士のような勇ましい顔から、母親のような優しい顔になったアネーサを見たリューカは、その笑顔に声を失い、返事をすることなく佇む。

 黙り込むリューカと、返事がないので、なにか心配している様子のアネーサに、歓声をあげた妖精たちが彼女たちの周りに集まってきた。


「「「「アネーサすごい!」「かっこいい!」「わるものやっつけた!」「すごいすごい!」」」

「大したことじゃない。そうか。ああ、なんとかな。ありがとう―――」

 取り囲まれ、大勢の妖精が喋る中をアネーサは一人一人丁寧に対応している。

 佇んだままのリューカは、現状の危機を思い出し、それを打開するため、慌ててアネーサの前に行き頭を下げて跪いた。


「た、助けていただいてありがとうございます!!私は森人族リューカと申します!!」

 急なリューカの行動に、妖精たちは会話を止めて目を丸くしている。そして頭を上げてアネーサを見ると、続けて話す。

「アネーサ様は強者とお見受けしました!助けていただいたのにお願いをするのは恐縮なのですが、今この森では獣人族による妖精誘拐がなされています!私たちは戦うことに疎く、無傷で獣人族から妖精たちを救出することはできません……そこで、アネーサ様に彼らを追い払っていただいたいのです!!お願いします!!!」

 リューカは懇願するように再び頭を下げた。


 しばらく沈黙に包まれたあと、妖精たちが大きく笑いだした。

「なに言ってるのリューカ!もうアネーサが全部解決してくれたよ!」

「そうだよ!リューカが見つけた籠が最後だったんだ!」

「リューカが危なかったからアネーサがなんとかしてくれた!」

「アネーサが毛の奴にククールの実を投げたんだ!」

「そのときにリューカがみんなを助けたんでしょ?なら大丈夫だよ!」

 妖精の言葉に、リューカは獣人の手に食い込んだ木の実の事を思い出した。

「え!?もう大丈夫なの…?それに、あの木の実は、アネーサ様が…?」


 妖精たちの言葉にリューカは驚いた。

 一つ目に、獣人による妖精誘拐は、この場の拠点を見るに大規模なものであり、短時間で、それも一人で解決できるものではないからだ。

 だが、落ち着いてよく見るとそこにいる妖精と、モカと解放した妖精の数を合わせると知っている限りでは誰一人欠けておらず、妖精自身の発言である以上、本当に誘拐事件は解決したのだろう。

 二つ目は、リューカが襲われた場所と現在の場所である。

 この場からは確かに襲われた場所が見えるが、それはかなり遠く、振り下ろす手に小さな木の実を当てる事は非常に困難である。それ以前にリューカの危機的状況を察知すること自体が難しいはずである。

 だが、現にリューカは飛んできた木の実によって命拾いしており、それがアネーサによっての事だと言われ、実力を目の当たりにしたリューカは無条件にそれを信じた。


「で、ではアネーサ様。彼らを森の外へ追い出したあとに、村へ来てはいただけませんでしょうか?助けていただいたお礼もしたいので…ぜひお願いします!」

 リューカの懇願に、アネーサは小さく考える素振りをしたあと、それ了承した。

「わかった」

「ふぅ…断られなくて良かったです!すぐに仲間が駆けつけてくると思いますので、もうしばらくお待ちください!」

 リューカは村への招待を受けて貰えたことに胸を撫で下ろしたあと、妖精を引き連れて拘束している獣人たちを中央に纏める。

 体重の重い彼らを必死に引っ張っていると、アネーサが彼女の肩に手を置いた。

「手伝おう。君たちでは辛いだろう?」

「あ、ありがとうございます!アネーサ様!」

 アネーサが手伝うことによって、数十人はいる獣人をあっという間に纏め終わった。

 そして、モカの通報により、武装した森人が広場へ駆けつけ、その場の光景に驚く。


「ど、どういうことだこれは…?一体何が…?」

 森人で構成された防衛部隊の隊員は、捕らえられている獣人を見て混乱していた。

 そんななか、防衛部隊の女性隊長 ゼルンは状況を確認するために、事の顛末をリューカに聞いた。

「リューカ、これは一体何があったんだ?それに、そこの方は…?」

 事態について問うゼルンに、リューカは少し興奮気味で答えた。

「ゼルン!アネーサ様が獣人を退治して妖精と私を救ってくれたの!」

「「「「そうだ!アネーサがたすけてくれた!」「毛の奴らをみんなたおした!」「アネーサがいなきゃ僕たち死んでた!」」」」

 ゼルンは、リューカと妖精の言葉に唖然とした。

 この状況、その言葉通りなら、二十はいるであろう獣人をたった一人で倒したことに。

 そして、彼女たちの言う、アネーサと呼ばれる女性を一瞥する。

(見たこともない服装、あの腕と顔つき…異国の武人か?なるほど、たしかに強そうな女性だ。だが、一人であれだけを倒すことができるのか?)

 ゼルンは心でそう思うが、実際に獣人は全員が無力化されており、無事に生きているリューカと妖精たちの言葉を信じる他なかった。


「…なんだ?」

 ふと、アネーサが口を開いた。

 それはジッと見つめるだけで喋らないゼルンに向けてのものだった。


 しまった。恩人に対して失礼を…とゼルンは思い、咄嗟に頭を下げた。

「っ!失礼しました。私は森人族有事防衛隊隊長 ゼルンと申します。この度は、我々の仲間を助けていただき、誠に感謝します」

 謝罪の口上の後、ゼルンはアネーサに手を差し出す。

「アネーサ殿、彼らの拘束と無力化についても、重ねて感謝します。彼らを森から追い出す前に、一度村に連れ帰り、取り調べを行いたいと思うのですが、もしよろしければ村へ来ていただき、取り調べにご同席をお願いできませんか?あなたがいれば彼らも口を割るかもしれません」

「もとよりリューカから招待を受けている。同席もかまわない」

 アネーサは差し出された手を握り、ゼルンの要望に応えた。

「そうですか。協力感謝します、アネーサ殿。では早速参りましょう」

 ゼルンは手早く指揮をし、防衛隊は拘束した獣人たちを引き連れ、ゼルンとアネーサの先導によって、妖精は誰も欠けることなく、リューカは無事に生きて村へ帰ることができた。



 日が落ち、辺りが暗くなってきたなか、村の灯りを見たリューカは、笑顔で駆けていき、村へ飛び込んだ途端、リューカに小さな人影が飛びついた。

「リューカ!無事でよかったぁああ!!」

 その人影はモカであり、無事を確認したリューカの顔にしがみつくと、彼女はわんわんと泣き、村に着いたことから、安心して緊張の糸が切れたリューカも、今更ながらに涙が溢れ出て、二人は大きな声で泣き始めた。

「モ、モカぁあ!わだじ、ごわがっだぁああ!!!」

「リュゥカぁああああ!!!」

 死に直面し、間一髪ながらも助かったとはいえ、リューカは成年に満たない少女である。気丈夫で頭が良く、大人顔負けの肝の座り具合だが、それでも、死が恐ろしいのは当然で、アネーサがいなければ彼女は確実に死んでいた。村に着き、無事に生きて帰れた実感がそれを思い出させたのだ。


 抱き合って大泣きをする彼女たちを見て、森人と妖精は最悪の事態を脱したと安堵し、彼女たちを介抱して村の集会所まで連れて行った。

 そして、厳重に門を閉め、村広場で拘束した獣人たちを整列させる部隊員とアネーサを見やった村の村長 スイギンは、ゼルンに事を問う。

「ゼルン、何があったのだ?それに、あの御方は?」

「スイギン老、この度の騒ぎは獣人族による妖精誘拐だ。どうやってこの森に入れたのか…、その疑問をこれから取り調べる。それと彼女だが、まずは紹介をしたい」

 ゼルンは、拘束している獣人を見張っているアネーサを見やり、その目に気がついた彼女はゼルンたちのもとへ歩いてきた。

「彼女はアネーサ殿。我々の隣人を助け、リューカの危機をも救ってくれた恩人だ。」

「なんと…、たった一人で彼らを倒して我らを救ってくださったのか?」

「そうだ。そして取り調べの同席も了承してくれた」

「おお、なんと心強いことか…」

 スイギンは、傍に立つアネーサに向き直り、頭を下げた。

「ワシは森人族村長 スイギンと申しまする。此度の助力、深く感謝いたします。」

 感謝を口にしたスイギンと、続けて頭を下げたゼルン。

「かまわない。困っている人を助けるのは当然のことだ。それに…」

 アネーサは頭を下げる二人にそう言い、獣人に目配りをする。

「まだ彼らの所業を戒めていない。問いただして早々に決着をつけよう」

 芯のあるその言葉に、スイギンとゼルンは心から感激した。

「おお、ありがとうございます。アネーサ殿…。ゼルン、警備所へ案内を」

「ええ。さぁこちらへどうぞ、アネーサ殿」

 スイギンに促され、獣人たちを引き連れた防衛隊とゼルンは彼女を村外れにある警備所へ案内した。


 警備所内取調室にて、ゼルンは準備を済ますと、防衛隊員によって連れられてきた獣人の一人、比較的見栄えの良い男性を選んで、事件の取り調べを始める。

「さて、なぜ妖精誘拐を企んだ?」

 事件の目的である妖精の誘拐の動機。ゼルンはまずそこから始めた。

「素直に喋れよ。でなければ、アネーサ殿が黙っていないぞ」

 ゼルンの後ろで、アネーサが獣人をジッと見つめている。

 彼は多対一でも勝てなかった彼女の力が恐ろしく、黙秘をし続けて、しびれを切らした彼女に拷問をされるとなると、とてもじゃないが“時間まで”堪えられる自信がなかった。無論アネーサはそんな事をする気は無いが、その心意が不明な以上、彼は白状するしかなかった。

「…ボスからの指令さ。ハリッドじゃあ妖精は高く売れるんだよ」

「なるほど。では次に、お前たちはどうやってこの森に入れた?」

「ボスがハリッドの連中に取引を持ち掛けたのさ。禁域の森に妖精がいるっていう噂を聞いて、代わりに捕まえてやるってな」

「何?ならお前たちはハリッド国民と繋がっているのか?」

「いいや。誰があんなクソみたいな国の奴らとつるむかよ。稼いでおさらばする段取りだったのさ。まさか、森人がここにいて邪魔されるとは思ってなかったがな」

「…なら、私たちの事を誰にも話さずにこの森から出ていけ」

「そうはいかねぇよ。ボスも俺たちも、妖精を捕まえなきゃあの国の連中に殺されるんだ。奴らも神の教えに背いて、密入国をさせたうえに国を獣人に跨がせた。妖精が手に入らねぇなら俺たちは証拠隠滅で殺されてお終いさ」

 その証言に、ゼルンは眉をひそめた。それは思っていた以上に事態は最悪だったからだ。

 彼らは妖精誘拐ができなければ、ハリッド密入国の手引きに加担した誰かに殺されてしまい、事件は解決する。だが、問題はその誰かが妖精を諦めなかったときだ。

 おそらく。第二、第三の誘拐組織が現れる。敵性生物や幻影の法則技法を攻略されたら、森人と妖精はまた安住の地を失ってしまうことになる。


 想定外の事態に戸惑い、考え込むゼルンを見た獣人は鼻をヒクつかせたのちに、ニヤニヤと顔を歪めて喋りはじめた。

「ところでよぉ…、俺たちはまだ全員捕まってるわけじゃないんだぜ?ボスがまだいるし、俺たちは前衛部隊だ。そして…今、ボスたちが助けに来たぜ?」


 何を言っている?とゼルンは言いかけた途端、大きな破壊音が聞こえ、村から悲鳴が聞こえてきた。

「っ!?まずい!皆、広場へ行き応戦せよ!各員、戦闘準備!!!」

 ゼルンは部隊員に指示し、武器を持って出ていく彼らを見た後、アネーサの方を向いた。

「アネーサ殿、たびたびで申し訳ございませんが、村の戦えぬ者たちと妖精を守ってはいただけませんか?」

「わかった。どこへ行けばいい?」

「有事の規定で、全員集会所へ避難しています。ここから出て南にあります。そこへ向かってください」

「…任せろ。敵の制圧、守備防衛が完了次第、応援に向かう」

「感謝します、アネーサ殿。それではご武運を…!!」

 ゼルンは即座に武器を手に持ち、戦闘音が聞こえる広場へ走った。

 続いて向かおうとするアネーサに、獣人は声をかけた。

「いくらアンタでもボスには敵わねえぜ?ボスは最強の法則技法を持ってるんだからよ」

 彼女は立ち止まり、首を振り向かせて小さく呟いた。


「それがどうした?私はいかなる悪にも負けはしない」

 その呟きと横目で見るその瞳に、獣人は全身の毛を逆立てた。

 呟きは言霊になって悪を押さえつけ、その瞳は闘志が溢れていた。

 震える獣人を置き去りに、彼女は向き直り即座に村の集会所まで駆けた。





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