8.魔法使いと崩壊
神奈川県海老名市、海老名駅。
本厚木に飽きた若者が訪れる場所だ。
映画館、巨大ショッピングセンター、その他遊戯施設や食事処など、本厚木にはない店が揃っている。
だが、逆に、駅から離れると延々と田園風景が広がっていることはここだけの話である。
日曜日にもなれば、老若男女問わずに海老名駅周辺は人々で溢れかえっているのが海老名駅の特徴だ。
俺たちは海老名駅に隣接する巨大施設『ビナウォーク』に訪れていた。
五重塔がそびえ立つカラフルな広場を中心に、四方を商業施設が取り囲んでいる、ちょっとしたテーマパークのような施設だ。
因みに、なぜこんな場所に五重塔があるのかはよく知らない。『ノリ』というやつだろう。
「しゃばだーーーーー!!」
ミサキは広場で両腕を高く挙げて叫んだ。まるで五重塔に張り合うかのような伸び方をしている。
彼女の後ろを俺と青山は付いていく。
「……なぁ、拓哉? ミサキちゃんは何であんなにはしゃいでるの?」
青山から当然の疑問が投げかけられた。
「……秘密だ」
間違っても俺の家からしばらく出られなかったなんて言えない。
青山にはミサキの家族が入院したと伝えてある。
「……お前ら、アバンチュールした感じか?」
「言い回しが古いわ」
「傷心中のミサキちゃんに優しい言葉かけて、アバンチュールした感じか~?」
青山から怪しむような視線が俺の頬に飛んできた。
下らない話をしていると、背後からミサキに肩を組まれる。
「ほら! 今日は忙しいんだから! 映画見てパフェ食べてお洋服見てカラオケやってゲーセンの景品取りつくすよ!」
「「無茶言うな」」
人は一週間家から出なかっただけでここまで抑圧されると学んだ。
「ほら行くよ!」
「「うす」」
青山には申し訳ないがこうなった今日だけはミサキの言いなりになるしかないだろう。
ミサキは先ほどの宣言を余すことなく実行し、俺と青山は容赦なく連れまわされた。
午前中の短い時間で俺の身体は悲鳴を上げ、フードコートで天井を仰いでいた。
「おやおや? 拓哉くん、お疲れですねぇ」
「逆に何でミサキはそんなに元気なのか聞いても良い?」
ミサキは昼食が乗ったお盆を手に向かいに腰を下ろした。
「そりゃー楽しいからでしょ」
「さすが陽キャ……青山は?」
「今並んでるよ? 拓哉くんの分も買いに行ってくれるなんて、いい友達を持ったね」
ミサキはハンバーガーの包みを解きながら微笑んだ。
「まぁ、ミサキが楽しめてるなら良かったよ」
本当はこんなことをしてちゃいけないことは分かっている。
だが、根を詰めすぎてもいい事なんて無いのは過去から学んでいた。定期テスト間近にゲームをして遊んでいるような罪悪感と楽しさが混在する感覚。
「拓哉くんは……楽しくなさそうだね?」
「?」
ミサキは目線を合わせずに問いかけてきた。
「別に私を優先しなくてもいいからね」
不意に表情を曇らせた。
もしかして気を遣わせてしまっているのだろうか。
「やっぱり……アカリちゃんも一緒じゃなきゃダメかな」
「なんであいつ? 今は関係無いだろ」
思わぬ名前が飛び出し、つい感情的になってしまった。
「いやだってさ? ここ最近、浮かない顔してると思ったら急に怖い顔とかするし」
「そんなこと……」
あったかもしれない。
「アカリちゃんと一緒にいた時のほうがもっと拓哉くんの『らしさ』が出てた気がするなー」
「あいつと一緒にいる時の方が疲れるわ」
ミサキは俺の返答に首を傾げた。
「そう? 拓哉くんはアカリちゃんのこと嫌いなの?」
「嫌い……まぁ、気に食わないかな」
「それは命を狙われているから?」
「それもあるし、あいつの性格が気に食わないっていうのもある」
ふと、顔を上げてミサキを見ると、彼女も俺の顔をまじまじと見つめていた。何か言いたげな感じだ。
「な、なに?」
「別に? ただ、アカリちゃんが不憫だなーって思って」
「は? なんで?」
「ただ、同じ女の子として、ちょっとアカリちゃんに同情してるだけ」
「?」
ミサキは不服そうにハンバーガーにかじりついた。
彼女の言う不憫という言葉が不思議にも俺の胸に深く突き刺さってくる。
俺が遊佐アカリに合いたくない理由は単純にミサキの命が狙われているから。
責任を果たすためにも彼女を俺の人生から遠ざけなくてはならないのだ。
……と言うのは建前かもしれない。
本心では、彼女を見ていると昔の自分、周りの言葉に押しつぶされて自分の人生を自分の物に出来ていない俺を見ているみたいで――嫌だった。
朝の九時から遊び始めて時刻は午後六時になろうとしている。
「んーー! 遊んだーー!」
ミサキが満足する頃には日はすっかり沈み、俺と青山の両手には大量の荷物が預けられていた。ヘトヘトになった男二人に見向きもせず、満足気に前を歩くミサキ。
「今日はありがとうね」
ミサキは、そう言って振り向いてきた。
「楽しかったよ!」
疲れを感じている。だが、ミサキの笑顔は凄まじい破壊力で疲れを吹き飛ばした。
「じゃあ、晩御飯食べて帰ろう!」
ミサキは踵を返して海老名駅へと向かった。
夜の気温にしては少し暖かい。
久しぶりの行楽だった。ミサキだけではなく、いつしか俺の気分も彼女の笑顔につられて晴れていた。
「ミサキちゃん、どこで飲む? オレいい店知ってるけど!」
「えぇー? 本当?」
「マジマジ! 安いし飲み放題でつまみも美味しいのがあるんだって!」
楽しそうに話す青山とミサキの後ろをついていく。
ふと、これまで通りの風景が戻ってきたのだと、実感した。
雑踏の中で俺たち三人だけのスペースを作って、青春を謳歌している。求めていたものが手に入った時のような胸躍る感覚が押し寄せてくる。
だが、何かが足りない気がした。
俺の視界にいなければならない人が居ない気がした。
「マジ? 青山くんに任せ……――」
突然、ミサキは広場の真ん中で足を止めた。
「ん? ミサキちゃん?」
「や、やっぱ帰ろう」
「えー、なんだよー、心配しなくてもオレが選ぶ店に外れは無いって!」
青山はミサキの異変に気付かず、テンションを維持している。
「ダメ! 帰ろう!」
「え? どしたん?」
青山の言葉を無視してミサキは俺の両肩を掴んできた
いきなりの行為に驚いたが、両手が荷物で塞がれているため、逃げようが無い。
「拓哉くん、帰ろう!」
ミサキは何かに怯えているような必死な表情をしていた。
師匠が心配だからとかでは断じてない。もっと、命にかかわるような……。
「――嘘だろ……何だこれ……」
青山の震えた声とともに手に抱えられていた荷物が地面に転がる。
ミサキの視線も俺ではなく――俺の背後を見上げるような視線に変わっていた。
ゆっくりと振り返る。
首の無い巨人――レヴナントが俺の背後に立っていた。
周りを支配していた喧騒が静寂に変わり、恐怖が滲み始める。
「やべぇって、逃げるぞ! 拓哉! ミサキちゃん!」
青山の怒鳴るような声が耳に入ってきた。
だが、俺の腹の底から押し寄せた怒りが全てかき消してしまう。
「邪魔……すんな」
目の前にいる巨人を倒すことだけを考えた。怒りのままに、憎悪のままに。
『声』が脳内に鳴り響く。
こいつを殺せと。
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