3.魔法使いと恩人たち
気絶したミサキを我が家へ連れ帰ると、師匠がワクワクした面持ちで出迎えてきた。
「なんと、酔いつぶれたオナゴを持って帰ってくるとは、お主もやるように……なんじゃ、ミサキではないか」
師匠は連れ帰った女性がミサキだと分かると分かりやすく残念そうな顔をした。
「まぁ、かくかくしかじか……というわけで……」
ある程度、掻い摘んで師匠に事情を説明した。
「なるほどのう? ミサキってレヴナントだったのか」
「んなわけ」
依然として師匠はソファで寝ているミサキの顔を覗き込んでワクワクした表情を浮かべている。事の重大さは伝わっているのだろうか。
「で? どうするのじゃ? まぁ、一発ヤりたいなら儂は空気を読むが」
師匠はニヤニヤしながら肘で脇腹を突いてきた。
「その発言自体、空気読めてないよね。そんなことしてる場合じゃないって今、話したばっかだよね」
俺の言葉に師匠は「ケッ」と悪態をつき、その場を離れた。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
師匠がキッチンへ行き、冷蔵庫を開けた拍子に、ミサキの身体が微かに動いた。
そのままゆっくりと上体を起こして辺りを確認し始める。
「……ん……あれ?」
「あ、大丈夫?」
「拓哉くん? ここどこ?」
「俺の家」
「へ? ……えぇ?」
ミサキは大袈裟に自分の身体を抱きしめて俺から遠ざかった。予想していた反応と全く同じで、内心ホッとしている。
「勘違いするなよ? 下心とかは無いから」
「下心無いのに女子を家に連れ込むのも失礼だと思いますけど!」
ぐうの音も出ない。
「いくら拓哉くんと言えど、酔わせた女の子を家に連れ込むのは……」
ミサキは怒り顔を浮かべながら俺を睨んできたのだが、次第に気迫が薄れていき、彼女の意識は俺の背後へと向かっていった。
「ん? どうした?」
彼女の視線が向かう先へ振り向くと、そこに立っていたのは牛乳パックを直飲みしている師匠だった。
「ん、起きたか、久しぶりじゃのう、ミサキ」
「師匠……直飲みしないでよ」
「良いではないか。儂のような成長期には必要な――」
瞬きをすると――俺の視界から師匠が消えた。
「きゃわああっ! フィアちゃーーーーん! 久しぶりぃぃぃ!」
正確には、ミサキが師匠を押し倒したために視界から消えたに過ぎない。突然の凶行に脳が錯覚を起こしてしまったのだ。
どうやら最近の女子は音速を越えるのがトレンドらしい。
「良い匂いしゅるぅ……頬っぺたも柔らかぁい……」
ミサキは興奮し切った声で変態チックな発言を繰り返した。
「拓哉、助けよ」
次いで、師匠を人形のように持ち上げたミサキは意味も無く部屋の中を歩き回り始めた。
もはや行動の意味を考えない方が精神衛生上いいのかもしれない。
先ほどまでのピリっとした空気の行方を無意識に探してしまった。
「ミ、ミサキ、聞きたいことは色々あるだろうけど……」
「相変わらず顔面の完成度高すぎない!? もうマジで成長期ボディ最っ高ぉ! フィアちゃん成分補充ーーー! あ、そうだ、欲しい物とかある? ミサキお姉さんがなんでも買ってあげるよー? 」
「……聞けや」
芯が強いのか鈍感なのか普通にアホなのか。
しばらくして、
「そっか……あれ、夢じゃなかったんだ……」
ミサキは落ち着きを取り戻した。
というか、事実を知った方が冷静ってどういうことだろうか。
ミサキは師匠をぬいぐるみの様に抱いたまま話を聞いてくれた。
「あの黒いの、私から出てたんだ……」
「うん」
「あの金髪の子、拓哉くんの知り合いなの?」
「知り合いというか、因縁があるというか……良い関係ではないな」
「可愛いのに……」
と、残念そうな表情を浮かべた。
なんか、論点が終始ズレるのが気になる。
「……遊佐アカリがミサキを狙ってる状況は、理解した?」
「うん。なんか、ごめんね」
師匠の赤毛を撫でながら暗い表情を浮かべる。師匠は既にどこか遠くを見ていた。
「でも、拓哉くんが守ってくれるんだよね?」
ミサキはそう言って笑う。
「もちろん。ミサキには世話になっているし、命を懸けて守るよ」
笑顔で提案してみたが、当てがある訳ではない。ミサキは守る対象であると同時に脅威でもあるのだ。
俺はレヴナントと戦えるというだけで、攻撃してはいけないルールが課せられたら無力に等しいのも確かだった。
「ありがとう」
ミサキは優しく微笑んでくれた。
「とりあえず、ミサキにはしばらく俺の家に泊まってもらって」
「お? なんでそうなる?」
「え?」
思わぬところで突っかかってきた。
「いや、てっきり付きっ切りになるものと……」
「うーん、読モもあるし、何より私ってモテるから周りの男子の視線が痛いのよねぇ」
真顔でそんなことを宣う。何気に否定できなくて言葉に詰まった。
「いや、でも命には代えられないでしょ?」
「そうだけどさ……私たち、もう大学生だよ? 高校の時とは違って……その……もう大人だし」
ミサキは頬を赤らめて視線を逸らした。高校と大学で知識の差はほとんどないだろうに。
「すっごい今さら感あるんだけど」
「それはそうだけど! ……拓哉くんも少しは意識しなさいよ」
「?」
何やらミサキは頬を膨らませている。
「……はぁ、分かった……とりあえず一晩だけだからね」
「え、あ、うん」
久しぶりにこういった状況になったことで彼女も緊張しているのだろう。
俺も変に意識されてしまい、少し動揺してしまう。
互いに目を合わせられない状況の中、ふとミサキに抱かれている師匠に視線を落ちつけた。
「……なんじゃ、地獄か? これ」
もはや悟りを開いている師匠であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます