2.魔法使いと戦火
背後に殺気を感じながら街をあること、十分。たどり着いたのは本厚木駅南口のとある駐車場。本厚木駅の南口は、北口のような繁華街と違ってオフィスビルが割合を占めているため、人気の無い場所は探せばいくらでもある。
「で? いい加減、事情を説明してもらえるか?」
俺の問いに遊佐アカリは無言を貫いた。
「拓哉くん、なんかあの子、今までの人たちとは違う気がする」
ミサキは不安そうに言った。いつもと違うのは俺も分かっている。俺の魔法目当てで来る人間と言えば、胡散臭さを放っているのだが、遊佐アカリは胡散臭いというよりは少し怖かった。単純に見た目がギャルっぽいので拒否反応が出てしまっているだけだと信じたいが。
「三岳拓哉、戦闘になる。人が入って来られないようにできるか? バリアとか、そういうの張れるんだろ?」
「……!」
俺とミサキが警戒の視線を向けていると、遊佐アカリは当たり前のように命令をしてきた。
「坂本ミサキ、お前は動くな。出来れば目を閉じろ」
遊佐アカリは切れ味のある口調で吐き捨てると、スクールバッグの中から一丁の拳銃とナイフを取り出して構えた。
「な! お前! 何考えて」
「た、拓哉くん……これってかなりマズいんじゃ……!」
ミサキの声と表情から余裕が消え去る。気が付けば服が掴まれていた。
俺自身の鼓動も跳ねあがる。遊佐アカリの行動を理解するのに少し時間がかかった。
「三岳拓哉! 早くしろ! こいつの中には――」
一瞬、時が止まったかのような感覚に陥る。重々しく空気が揺れ、全ての動きがスローモーションに見えた。
不穏な空気を切り裂くかのように、ミサキの首元から影のようなものが伸び、直線を描いて遊佐アカリへ襲い掛かる。
「――」
超反応を見せた遊佐アカリは伏せて攻撃を躱す。空を切った影は背後にあった自動車を両断した。
数秒後に押し出された空気が風圧となって俺の身体を押し飛ばした。
耳鳴り。耳元で大きな風船が破裂したような衝撃に脳が揺れる。
意識を取り戻した時には既にミサキの懐に金髪のJKが潜り込んでいた。
「――ひっ」
ミサキの短い悲鳴が俺の耳に届いた刹那。俺の脳内に不思議な『声』が響く。
――君の優しさに触れて生まれる初恋――
まるで夢の中で掛けられた言葉のように、我に返るころには意味を思い出せない、霧のような言葉の羅列が脳に巻き付いてくる。
だが、イメージは掴めた。今の声が現したのは『壁』だ。
イメージを意識へ、意識を視線へ、視線を『壁』としてミサキの前へ具現化する。
「――」
一閃を描いていたナイフは見えない壁に衝突して動きを止め、辺りに甲高い音を響かせた。
弾き飛ばされるように遊佐アカリの身体は大きく後退する。
「ミサキ!」
俺はすぐに起き上がり、膝から崩れ落ちるミサキを支えた後、遊佐アカリを睨んだ。
「「――どういうつもりだ」」
俺と遊佐アカリの声が重なる。
「新宿であいつらと暴れまわるのは勝手にしろよ。だけど、俺の身の回りの人間に手を出すな……狙いは俺だろ!」
「私の狙いはお前と、『そのレヴナント』だ」
遊佐アカリは鋭い殺気を放った。
産毛が逆立ち、今にも肌が切れそうなほどピリピリとした空気が纏わりつく。
「レヴナントって」
寒気がした。
気絶したミサキの白い首筋からゆっくりと黒い霧が出ていることに気が付く。
霧はゼリー状になり、人間の手のような一本の触手に変わった。影の動きからはミサキの意志を感じられない。
「……これは」
俺が知る限り、ミサキがこんなものを出しているところなんて見たことが無かった。当然と言えば当然で、あまりに唐突な出来事に脳が停止する。
「処理する。そいつは危険だ」
「き、危険? お、お前に襲われるまでこんなことにはならなかったんだぞ!」
「お前が知るよりも前から、そいつは人間じゃない」
「ふざけるな! そんな訳ねぇだろ!」
「ふざけているのはそっちだ」
埒が明かない。まるで機械と話しているかのようなやるせなさがあった。
「それと、公務執行妨害だ……自分のやっていることを――」
「知るか――」
俺と遊佐アカリの会話を遮るように触手が襲い掛かってきた。
「――っぶね!」
ミサキから手を離し、距離を取ることで大事は免れたが、俺が立っていた地面が大きく削り取られているのを見て、冷や汗が出た。
無気力なミサキを四本の触手が持ち上げ、間合いを図るようにヨタヨタと歩行を始める。
「どうなってんだ、これ」
遊佐アカリはレヴナントと呼んでいたが、俺の知っているレヴナントとは大分違いがある。
レヴナントの大体は頭部が無い三メートルほどの人体であることが殆どだ。まれに手足が長かったり、歪な形のものが存在したりするみたいだが、どれも人型の形状を守っている。
だが、目の前にいるレヴナントは人型はおろか、液状であり、生物かどうかも怪しかった。
などと目の前の光景に困惑していると、遊佐アカリは無言で走り出した。砂や空気を巻き上げ、人間離れした速度でミサキに近づいていく――が、
「――なっ!?」
遊佐アカリの進行を阻むように、一体のレヴナントが着地し、振動で遊佐アカリの痩躯が地面を離れてしまう。
宙に舞った遊佐アカリへ容赦なく剛腕が振られ、吹き飛んだ彼女は付近の外壁にクレーターを作った。
「――くっ!」
バウンドし、地面を転がる遊佐アカリに対し、レヴナントは距離を詰めた。
「かはっ……」
金髪の少女が血を吐きながら苦悶の表情を浮かべる中、俺はただ奥歯を噛みしめて眺めていた。
俺の足を止めているのは単純な迷いだった。
遊佐アカリを助けても良いのだろうか。
今ここで遊佐アカリが消えれば場は収まるのではないだろうか。
一発、一発と、レヴナントの剛腕が遊佐アカリへ振り下ろされる。
そのたびに鈍い音が反響し、俺の胸を締め付ける。
「――がぁっ!」
遊佐アカリは攻撃を浴びせられながらも、ナイフと拳銃でレヴナントの応戦を試みている。
だが、平均以上の身体能力を以てしても体格差と筋肉量が補えるものでは無く、何度も地面へ打ち付けられ、蹂躙されていた。
一方で、ミサキから伸びる触手は遊佐アカリが苦しむ姿を嘲笑うようにユラユラと揺れ、何もしてこなかった。
「はぁ……はぁ……本部、応援……を」
遊佐アカリへ向けて、さらに勢いづいた拳が迫る。
「――よせ!」
レヴナントの拳は障壁に阻まれ、飛散した。魔法を発動したのはほぼ無意識で、いつも聞こえるはずの『声』も無かった。自分でも驚きを隠せない。
「……み、三岳拓哉?」
戸惑うように見開いた目だけがこちらを向いた。
「遊佐アカリ、お前のこともムカつくけどよ、理不尽に暴れ回るテメェらもムカつくんだよな」
続いてレヴナントの身体もこちらを向いた。ようやく俺の存在にも気が付いてくれたらしい。本当に要らないことをしてしまったと後悔している。
「遊佐アカリ、死にたくなかったらそこを退け」
得体のしれない『声』が頭の中に響き渡り、俺に『炎』のイメージを与えた。
――胸の底から君に侵されて――
「――燃えろ」
俺の足元から眩い火炎が広がり、瞬く間に駐車場を火の海に変えた。
「なっ!」
遊佐アカリから驚愕の声が上がる。無理もない、魔法を放った俺ですら火傷しそうなほど熱いのだ。
広がった炎はレヴナントめがけて集約し、密度の高い火炎となって巨体を溶かし始めた。
だが、レヴナントは悲鳴も上げず、もがき苦しみもせず、自分の身体が溶け落ちようともこちらへ向かってくる。
当然だ、叫ぶ口すら無ければ、熱いと感じる頭が無いのだから。
数秒でレヴナントの身体は完全に溶けて無くなった。最後の最後まで歩みを止めなかったのは生物としての本能なのか何かに命じられているのかは判然としない。
「はぁ……」
一息吐いてミサキの首から伸びた触手へ視線を送る。
未だにこちらへ攻撃を仕掛けてくる素振は見せていない。
不気味な話だが、触手に対して嫌悪感が沸かないのだ。あの影に悪意は無い。俺の直感は勝手にそう結論付けていた。
『――、――だ――リ―――、―――』
「!?」
言葉ではない。だが、確かに触手は何かを喋っている。
「何を言って……――がっ!」
言葉のような何かの意味を理解しようとすると、強く拒絶されたように頭痛が走った。
『―――まだ―――る』
触手がゆっくりとミサキの中へ戻っていく。
まるで戦闘終了を悟ったかのようなタイミングだ。触手に支えられていたミサキの身体は地面に伏せ、普通の人の形を取り戻していた。
俺はミサキにゆっくりと近寄り、そっと肩に触れる。
「ミ、ミサキ?」
「……ん」
ミサキの体を揺すると妙に艶っぽい吐息を漏らした。
どうやら気を失っているらしい。
俺が近づいても先ほどの影が出現する気配は無く、破壊跡だけを残して辺りは日常に戻っていた。
「……結局、お前が攻撃しなかったら何も起こらなかったってことじゃねぇのか?」
俺はミサキを背負い、ボロボロになって膝を突いている遊佐アカリを見た。
新宿で出会った時と同じように彼女は血塗れになりながらも俺の顔を鋭い眼光を持って見上げている。
「もう二度と関わるな」
「……! 出来るならそうしたい。だけど、そのレヴナントだけは絶対に始末する」
「お前なんかが足を踏みこんでいい場所じゃねぇんだよ! お前がミサキを狙うならお前と、その裏にいる奴ら全員を殺す」
「私はレヴナントを駆逐しなきゃならない! この街にレヴナントが存在する以上、仕方のないことだ!」
キッパリと口にした
仕方のないこと……か。
そうやって彼女の自由はどれだけ無くなってきたのだろうか。
哀れで、悲しくて、一周回って癇に障る。
「三岳拓哉……お前に責任はとれない」
「知るか」
俺は目を細めて威圧する。
彼女の言う仕方のない事態が起こっているのかもしれない
それでも、今、身近な人間が殺されるのだけは見たくない。
でないと、ミサキや師匠が頑張って作ってくれた平和が壊れてしまう。
「俺からしたら世界の行く末なんてどうでもいい。ただ、今が続きさえすれば――っ!?」
言下、遊佐アカリはこちらを大きく見開いた眼で見つめていた。
困惑だろうか、憤りだろうか、感銘だろうか……。
様々な印象が混濁して、まったく彼女の心が読めない。
「と、とにかく、どうしても殺したいなら軍隊を引っ張ってこい。相手してやる」
俺はミサキを背負い直して、その場を後にした。
「……違う、ダメだ――」
何かが聞こえた。だが、振り返ることは俺のプライドが許さなかった。
今、彼女の顔を見てしまえば、俺の中の何かが揺らいでしまう気がしたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます