第3話
雨が弱まった。紺色の溶けていく夜空を背景に山にあるキャンパスビルが朧げな輪郭を潜った。絶え間もない梅雨が、常夜灯の差した光束に糸を垂らしたような影をひそかに残した。コンビニでのアルバイトも終わって、話したり笑ったりして坂を下りる二人がいた。
心はいつもこの時がとても気に入った。夜だから人も少ないし、夏帆との会話も気軽にできる。
「初夏はね、梅雨がいつも降って気持ち悪いね。」心は小さめのビニール傘をさしながら、体を水にこぼしないように気を付けて歩いている。黄色いズック靴が案外と目をひく。
「僕はそんなに嫌いじゃないけど、豪雨じゃない限り。雨が降って気持ちもなんとなく清々しくなると思う。」夏帆は傘を畳んで鼻先で雨の匂いに触れる。雨はとにかく不思議だ。車の排気ガス、紫陽花の香りや生気のいっぱい込む泥土の匂いをバランスよく整えてあげた。「僕はさ、時々は思った。このいつも通りの生活を何か変化があるのって....」
紙やすりで磨くように、雨の糸がしとしとと心の傘に散って玉の珠に化す。いくつかの珠玉が溶けこんで小さな川を形作る。つゆさきに至ると、また雫となって地面に舞い散っていく。
「このままでいいんじゃない、夏帆ちゃんは。まあ、夏帆ちゃんは賢いから、きっと早かれ遅かれ自分に合うことに出会って、そしてはまってると私は信じるよっ!」
群れらかなる二階建ての住居のすりガラスから微弱な光が漏れつつ、縺れている電線に散乱されてやっと浅緑の溢れるさくらの木の梢に身を留めた。
心はいつも元気で優しい。幼稚園の頃、夏帆は泣き虫だった。学校での勉強や遊びはともかく、校庭の前でお母さんと別れる時の号泣は毎日の日課だった。そんな不穏な幼稚園生活に、ある日女の子が転入してしまって、無邪気な笑顔でなんとなく夏帆や他の子どもと打って一丸となった。お互いの家が近かったことに気づき、登校する際に一緒に歩くようになったのもその後のことであった。小学生になると、夏帆は泣き虫のイメージを払拭して新しい自分を迎えた。そして、あの時夏帆に手を差し伸べてくれた子が、この今では彼の側に
***
借家に着いたのはもう12時過ぎだった。夜の静けさが夏帆を包み込み、灯りのない部屋は淡い月光に濡れる。梅雨の醸しだす香りが窓辺からゾクゾクと漂ってくる。疲れた体を横たえながら、夏帆はカバンを下ろして入り物を取り出す。
「えっと本、バイト代、ノート...」
「へぇ、それは何?」っと一枚のチラシがノート開けた瞬間、床にひらひらと落ちた。
「あっ、もしかしてあの時でつい...」と夏帆はこの前混雑してた教室で誰かとぶつかり合ったのを急に思い出した。「そりゃちょっとやばいな...」
折りたたまれたチラシを開いて、夏帆は内容を確認すると、ポーカーとか、Texasとかいっぱい良くわからぬ文字が連なる。
「まあ、とにかくゲームのサークルみたいな感じ?『ポーカークラブ』ってヘッドラインに乗ってるから。テーブルゲームの同好会みたいな感じかな。」と夏帆は内容を読み続ける。
「クラブに参加すると、月おきに大阪ポーカー倶楽部の定期とトーナメントに出るチャンスが貰える‼︎もしその場で優勝を果たせば、最大一億円の賞金のポーカーメインイベントのチケットを手に入れるかもしれない!?」って、ちょっと嘘っぽい雰囲気が漂っている。「六月八日午後7時學舍110室で会おう!生放送もブーチューバで!」と最後の一行に書いてあった。夏帆は、これはパチンコ店やフィッシング诈欺の広告かと思われるほどに感じていた。まぁ時間遅いから、お風呂に入るかなと思って、夏帆はおおらかにチラシを机の上に置いた。
着替えをしようとするところ、玄関からポン、ポンと扉が叩かれる鈍い音が、夏帆の顔色を一瞬で変えさせた。
明日を、ポーカーで はやし歌津 @harashiutatsu
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