似たもの同士、恋する同志、別々に

「アオちゃん。こんばんは~」

「……こんばんは」


 見崎みさきあおの隣のブランコに座り、二人して街灯のスポットライトに照らされる。

 蒼は、顔を合わせようとしない。


「それで……話って何ですか?」

「率直に聞くけど~、アオちゃんってレンくんと一緒に住みたい~?」

「そう……ですけど……」

「理由、聞いてもいい~?」

「……逆に聞きますけど、宮下みやしたさんは、なんでいつまでもれんにこだわるんですか?」

「こっちが質問してるのにな~」

「先に宮下さんから話して下さい。そしたら私も話します」

「そ~っか~……そうくるか~……」


 二人とも、全く目を合わせない。

 合わせようともしない。

 ただ、前を向いている。

 けど確実に、相手に向かって話す。


 空気は初っ端から最悪と言えるだろう。

 内容も相まって、聞いているこっちの気が持ちそうにない。


「じゃあね~……私が当ててあげるよ~。だから~、アオちゃんは正解か間違ってるかを答えてよ~」

「だから……宮下さんが先に言ってくださいよ……」

「もお~、アオちゃんってば恥ずかしがり屋さんなんだからさ~。でも大丈夫だよ~……」


 見崎はちょっと止まって。

 その笑顔を、少し増して。

 声のトーンを、少し上げて。



「今から質問するのは、全部私のことだから」



でも次に話すときは、全部元通りになっていて。


「アオちゃんはレンくんのこと、ダメ人間で変態のロリコンだと思っているでしょ~?」


 う……そうくるのね……別の意味で気が持たなくなりそうだ。

 てか、見崎はマジでそう思ってたのかよ……からかっているだけだとばかり思っていたのだが……


「それはそう」


 そして蒼も即答かよ……こんなとこで意気投合されても本当に苦しいのだが。


「だよね~。それに、すぐ違う女の子の話して~、ほんとムカついちゃうよね~」

「変態ですから……仕方ないですよ」

「ふふふ。ほんと、その通りだね~」


 場が多少和んだのはいいとして……その内容が、俺からするとまあきつい……


「でも~……そんなどうしようもないレンくんだけど~……


 

 そのありがとうが、すごく嬉しいんだよね~」



「宮下さんも……だったんですか……」

「まあね~。別にレンくんが頼んだわけでもないのにさ~、私が勝手に作る料理に、勝手にやる家事に、いちいち心からありがとうって言ってきてさ~……承認欲求っていうのかな~、こういうのは。それを言われるたびに、レンくんにこだわりたくなって~……



 誰にも渡したくないって、思っちゃうんだよね~。



 アオちゃんも、そうなんじゃないかな~?」


「……わかんないです。でも……蓮に感謝されるたびに、喜んでいる私がいて……その蓮が別の方向を向いてると、よくわかんない感情が生まれてくるのも事実で……」

「やっぱり私たち、似てるんだね~」

「……そのせいですよ……私たちが似てるせいで……宮下さんも私と同じ気持ちで……もし宮下さんが、この気持ちをずっと前から持ってて……私が突然横入りしたんだったら……」


 蒼の声は、ちょっとずつ震えてきていて。

 ブランコの鎖を持つ手が、外から見てわかるくらい強くなってきて。



「すごく、ずるいじゃないですか……」



 一つ、涙がこぼれ落ちる。


 言葉とともにあふれてくるのを必死に抑えて。

 一粒一粒、抑えられなくなってきて。


「宮下さんが、ずっとやりたかったことを横取りして……そのくせ、蓮が宮下さんといると、無性に腹が立ってしまって……そんな自分が、嫌になっちゃって……だから、これ以上蓮と一緒にいたら、ダメだって思って……」


 涙を抑えても、言葉はあふれちゃって。

 言葉があふれると、涙もどんどんこぼれてしまって。


 もう、抑えられなくなっているようで。


「だから私は、蓮と離れるしか、ないんです……いくら、蓮と一緒にいたいって思ってても……こうしないと、蓮を不幸にしてしまうから……


 

 宮下さんを、悲しませてしまうから……」



 蒼がどんなに泣いても、どんなに苦しそうでも。

 見崎は、優しい笑顔を見せていた。


 そこにどんな感情があるのか、俺にはわからないけど。

 その笑顔は、ただただ優しく。


「ふふふ。アオちゃんは、そんなとこだけ不器用なんだからさ~……レンくんがあの後、どう思うかも考えずに飛び出してきちゃったでしょ~?」

「それでも……宮下さんにとっては……」

「私が喜ぶって、思ったのかな~?そうだったら、大間違いだよ~」

「なんでですか!あんなに蓮と一緒にいたいって思ってたのに⁉」

「レンくんと一緒にいたい……もちろんそうだけど~、そのレンくんが落ち込んでて、それを無視して一緒にいたってさ、嬉しいはずがないよ~。だからさ、アオちゃん」


 見崎はブランコを下りて、蒼の前に立って。

 蒼と目を合わせ、手を差し伸べて。



「レンくんの家に、帰ってあげて?」



 蒼の涙を包み込む、最高にやわらかく、暖かい笑顔。


「これはレンくんからじゃなくて~、私からのお願いだよ~。もちろん、レンくんの願いでもあるけどね~」

「……いいんですか?私は、宮下さんの邪魔ものでしかないんですよ……これからだって、邪魔しちゃうと思いますし……」

「アオちゃんは素直じゃないな~。ここははっきり、レンくんと同棲したいって言えばいいところだよ~。私がそれをお願いしてるんだからさ~」

「……じゃあ」


 涙をぬぐって。


 いつもの無表情より、ちょっと笑って。

 見崎の手をとって。



「私、蓮と一緒に住みます」



「ふふふ。レンくんが待ってるから、今すぐにでも帰ってあげな~」

「荷物をまとめたら、すぐに帰りますよ」


 決意にあふれた蒼は、手を放して、近いほうの出口へ。

 未だ笑顔を見せる見崎は、遠いほうの出口へ。

 それぞれ、別々の方向へと向かう。


「って、やばいぞ!矢鋭咲やえざき先輩、俺、先に帰ります!」

「ああ、そうするといい。祐川ゆうかわ妹よりも遅いなんてことには、ならないようにな」

「はい。今日はありがとうございました!」


 俺は見崎にバレないように、ちょっとだけ遠回りをして、走って帰った。



 ***



「ふうー……」


 無事、蒼より先に帰ることに成功し、休憩する時間まで取れて、今はこの狭い部屋で一人座っていた。

 この状態で、まさか今さっきまで外に出ていたとは思われないだろう。


 これで、蒼が帰ってくれば、またあの日常が戻ってくる。


 蒼に起こされて、蒼の作る朝ごはんを食べて、蒼の洗濯した服を着て、夜になったら、また蒼の作ったご飯を食べて、最後に、蒼と一緒に寝る。そんな日常。


 よかった。本当によかった。

 これは、見崎に任せて正解だっただろう。おかげさまで解決できた。

 見崎にも感謝しないとな。


 ガチャ。


 家の鍵が開く音。俺は急いで玄関に立つ。

 そして、ドアが開いた先には、蒼がいて。


「あ、蓮……その……ごめん。勝手に飛び出したりして……迷惑かけたと思う。あと、宮下さんとのことも、ごめん。私がこの家に来たばかりに……」

「いいよ。それよりも、帰ってきてくれて、ありがとう。今はそれだけ言わせてくれ」

「うん……どういたしまして」


 ちょっと辛そうだった蒼の顔も、頬が緩んで。


「おかえり、蒼」


 そう俺が言うと、笑顔を見せてくれて。


 その後に、一言だけ放って、家に入ってくる。



「ただいま。お兄ちゃん」

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