悪人には、なりきれなかった

「レンくん……レンくーん……もお~、土曜日だからって朝寝坊はよくないよ~」


 いつもみたいに体は揺らされず。

 代わりに肩をぺちぺち叩かれている。

 それに、名前の呼び方も、いつもと違う。


あお……?」


「ちがうよ~。アオちゃんじゃないよ~」


 パチッと目を開け、目の前にある顔をよく見る。


見崎みさきか?何でここに……」

「アオちゃんから連絡が来てると思うよ~」


 慌てて体を起こし、スマホを見る。

 蒼からのメッセージが一件あった。


『お父さんの家に住むことにした。宮下みやしたさんにはわけを説明したから、多分もう会ってると思う。明日以降のことは、れんと宮下さんで話して』


「なんだ、これ……」


 変な汗が、ツーっと顔を流れる。


 なんで、蒼が。

 確かに昨日、機嫌は直っていた。

 その蒼が、なんで、こんなメッセージ一つだけ残して行くのか……そんな疑問ばかり浮かぶ。

 

 けれど、俺にわかるわけがなかった。

 だって昨日、俺は蒼に不機嫌の理由を聞くはずだった。

 でも、結局何も聞けずに終わった。というか、忘れていた。それもわざとだ。それが正解だと思っていた。

 とりあえず楽しんで、蒼を楽しませることが先だと思った。

 そしてその結果がこれ。


 とりあえず、蒼と話がしたい。


 そう思って、電話をかけ……ようとしたところを、見崎に手をつかまれる。


「一旦落ち着きなよ~。そのメッセージだけじゃ、なにもわかんないでしょ~?」

「見崎は……なにか、知ってるのか?」

「ん~……知らないこともないってとこかな~」

「俺に教えてくれ!」

「まあまあ~。とりあえず朝ごはんできてるから、食べながら話そ~?」

「……わかった」


 布団をたたみ、机を出して、そこに見崎が料理を並べる。


「「いただきます」」


 二人そろって手を合わせて、朝ごはんとする。


「なんか~、久しぶりにレンくんの家のキッチン使ったな~」

「蒼が来る前の週末が最後だったから、半月ぶりぐらいか?」

「そうだね~。懐かしいな~」

「確かに、学校以外で見崎の手料理を食べるのって、すごく懐かしく感じるな……たったの半月なのにな」


 半月で懐かしく思えるほど、見崎の存在は大きくて……それと同じくらい、蒼の存在は大きくて。


「相変わらず、見崎の料理もうまいな。すごく美味しい。こんな時まで、わざわざありがとな」

「いいよ~。私がやりたくてやってるだけだからさ~。ところでレンくん。アオちゃんと私、どっちの料理が美味しい~?」

「すごく答えにくい質問してくるな……」

「率直な感想でいいよ~。あ、今回答えないっていうのはナシだよ~」

「逆に聞くけど、ここで俺が蒼って言ったら見崎はどうなるんだよ」

「ん~……一人泣きながら家を飛び出すってとこかな~」

「もう選択肢一つしかないじゃん⁉」

「ふふふ。さあレンくん、ど~する~?」


 とは言ったものの、流石に見崎の発言は冗談だろう。

 だからと言って、蒼と答えてなにもないわけがないし……でも、蒼の料理もおいしいし……


「そうだな……見崎の料理は、若い妻が頑張って作ってくれた丁寧な美味しさがあって、蒼の料理は、もう何年も料理してるおばあちゃんが作る、すごい食べなれた美味しさって感じかな」

「え~?な~んかそれ、アオちゃんが聞いたら怒りそ~」

「あくまで料理の味の話だからね?たとえ話だからね?」

「まあ~、悪くない答えかもね~」


 とりあえず、回避はしたらしい。

 率直に二人の料理に対する感想を言っただけだけど。


「じゃあレンくんは、そんなアオちゃんに帰ってきて欲しい~?」

「もちろんだ」

「……即答か~」

「でも……蒼が俺なんかと住みたくないとか、母さんたちと一緒に住みたいっていうなら……お願いはするけど、無理は言えない……かな……」

「そんな顔されても困るな~……まあ~、それでこそレンくんだけどね~」

「そう、かもな……」

「あ、もちろん変態ロリコン野郎だねって意味でね~」

「全然そうじゃないから!ていうか重要な話なのにネタに走らないでよ⁉」

「え~?こんな空気じゃ、私死んじゃうよ~?」

「いや、お前なあ……」


 確かに嫌な空気は流れていたけどさ。

 それも、見崎の一言ですべてが消しとんだけどさ。


「それに~……あんまりレンくんに、そういう顔してほしくないな~。レンくんのためにも、私のためにもさ~」

「……ごめん」

「だから~、そういう顔しないでよ~。ロリコンくん」

「そういう顔したのは謝るけどロリコンではないから!そこは否定するから!」


 せめて、俺の心を傷つけないで空気を換えてほしいのだが……見崎にそれを言っても無駄だろうから、あえて言うことはしないけど。


「あ、そうだ~。話を戻す前になんだけど~、レンくんはよっぽどアオちゃんに戻ってきて欲しいみたいだから~……」


 見崎はスマホを取り出して、誰かに電話をかけ始める。


「レオちゃん?実は~……」


 なにやらヒソヒソと話だす。

 レオちゃんってことは、矢鋭咲やえざき先輩だよな……


「なあ見崎、なんで矢鋭咲先輩に電話したんだ?」


 電話が終わってスマホがしまわれたのを確認してから聞いてみる。


「いや~、二人より三人の方がうまくいくかな~ってね~」

「理由浅すぎだろ……それに、普通の土日に女子高校生が暇してるとは思えないけど……」

「そこは大丈夫だよ~。魔法の言葉を言ったからさ~」

「魔法の言葉って……」

「ふふふ。レオちゃんなら、忙しくても来ちゃうと思うな~」


 矢鋭咲先輩の来る前から、すでに嫌な予感しかしないのだが……



***


 

 あれから数十分後。

 丸机の上に並べられた朝ごはんたちは片付けられ、キッチンの洗い場には水に浸された食器たち。

 俺と見崎は三人分のお茶を出し、矢鋭咲先輩の到着を待つ。


「そろそろかな~」

「一般女子高校生がこの速さで準備できるとは思えないのだが……」

「レオちゃんを舐めない方がいいよ~。生徒会の仕事だけじゃなくて~、いろんなことが効率的で速いんだからさ~。もちろん足も速いし~」

「矢鋭咲先輩だと冗談に聞こえないのがすごいな……」


 一日だけだが仕事を共にやったからこそ、その異常な処理速度が日常生活に生かされているのは、容易に想像できる。


「ところで、矢鋭咲先輩の家ってここから近いのか?」

「さあ~。私は知らないよ~」

「これで家がめちゃくちゃ遠かったらどうすんだよ……」

「それでも~、レオちゃんなら来てくれるから安心してよ~」

「そこが一番安心できないところなんだが⁉」


 見崎の言う魔法の言葉がなんなのかは分からんが、それで矢鋭咲先輩が、めっちゃ遠くからダッシュで来たとかだったら、申し訳なさすぎる。


 ピンポーン。


「あ、来た来た~」


 そんなところでインターホンが鳴り、見崎が玄関へ向かう。


祐川ゆうかわ!大丈夫か!」


 ドアが開くのと同時にすごい速さで靴を脱いで、家の中へと駆け込んでくる。


「……え?おれ?」



「男性器が収まらなくて泣いているのだろう?」



「……」


 ダッシュで来たのだろう矢鋭咲先輩は汗だくで。

 そんな先輩の放った一言で、脳がその機能を停止する。


「みさきいいいいいいいい⁉」


 止まった脳の代わりに、俺の口が勝手にそう言ってくれた。

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