妹でも、これぐらいは、許される……よね?

「……は?」

「私たち、義理だから犯罪にならないよ?」

「え、や、そういう問題じゃなくて……」

「じゃあ、なんでしないの?」

「い、や、いやいやいや、なんでってお前」


 あれ?

 なんで俺しか焦ってないんだ?

 なんであおは、本気で不思議に思っている顔してんだ?

 だって、冷静に考えてもそれは……いや、冷静になれないけど。


「それはダメだろ……妹となんて……」

「義理でも?」

「……」


 なんだ、これ……蒼は突然なにを言い出すんだ……

 だって義理だって、妹だし……確かに法律的には大丈夫だけど……

 いや、そもそも蒼的にはいいのか?

 というかいいって思ってるから……


 むしろして欲しいからこんなこと言い出したのか⁉


 いや蒼に限ってそんなまさか……


「くす。う、ごめん……もう、ダメかも」

「……蒼?」

「クスクス。あは、あはははは!ごめん。れんが想像以上に本気にするから……」


 急に顔が熱くなって、何か強い感情が押し寄せてくる。

 これは、恥と怒りだ。


「全部俺をからかってたのかよ⁉」

「そんなに怒んないでよ」

「じゃあその笑うのをやめろ!というか泣くほど笑うかよ……」


 なんか、俺は悲しみの方で泣けてきたぞ……


「ごめんって。ちょっとやってみたくなってさ」

「なんだよそれ……」

「まあさ、もう食べ終わったことだし、そろそろ帰ろ?」

「お前逃げる気だろ!」

「そんなことないって。食べ終わってるのに長居しても、お店に悪いからさ」


 蒼のやつ、絶対嘘だ……その笑顔が、それを物語っていた。

 そんな蒼は、席を立って伝票と荷物を持って帰る気満々のため、俺も仕方なくこの話はあとにして帰ることにする。


 しかしまあ、あの蒼がナチュラルに声を上げて笑うなんて、珍しいこともあったもんだ。


それも、泣くほどなんて……



***



 外は、夜とは思えないほど明るく。

 けれども空の暗さと、その月明りと、まぶしい電気照明たちが夜であることを明らかにしていた。


 仕事終わりの人が遊んでいるのか、家に帰っているのか、来た時よりも人通りが多くなったように感じる。

 そんな騒がしいショッピングモール近くの道を、蒼と並んで歩く。


「蒼は今日、楽しかったか?」

「映画に関しては全く楽しめなかったけど」

「そこはどうか勘弁してください……」

「冗談だよ。普通に楽しかった。なにより、蓮が私を元気づけようとしてくれたこと、すごく嬉しかった」

「機嫌は、直ったか?」

「おかげさまでね。ありがと」

「それなら、来てよかったよ」


 ショッピングモール周辺を抜けると、急に人気が無くなって、光も街灯だけで、暗くはないけど明るくもない。そんな感じだ。


「蓮からしたらこれってさ……やっぱり、デートじゃないんだよね……」

「妹とデートはいろいろとまずいと思うんだが……というか今になってそれ言う?」


 せっかく何とも思わなくなったというのに、これではまた変な意識が蘇ってしまう。


「そう、だよね……ごめん。忘れて」

「あ、ああ……」


 感じたことのない沈黙が、俺と蒼の間に横たわる。

 なんだか、無性にドキドキしてしまう。


 さっきの蒼の発言で、変なことを思ってしまったせいか。

 あるいは、横にいる蒼のしぐさが、どこか緊張しているせいなのか。


 なんということは無いはずなのに、なんとなく目線を回りの景色へ飛ばしてしまう。


 その時。


 そっと、手に何かが触る。

 ぬくもりがあって、やわらかく、小さな……人の手だ。


「これくらいなら……妹でも……いいよね……?」

「あ、蒼?なにを……」


 蒼の方を見るも、外を見ているだけで。

 そしてその横顔は、赤くなってるようで。


「い、妹でもさ……手くらい、つなぐよね?デートじゃなくても、それくらい、していいでしょ?



 ……最後なんだし、さ……」



「……」

「き、聞いてるんだけど!」

「あ!ええっと……多分……いいと、おもう……」


 手が震えてしまう。

 目を反らしてしまう。

 体が熱くなってしまう。


 でも、蒼の方が震えてて。

 蒼もどこか違うとこを見てて。

 蒼の手の方が、熱くなってて。


「そうじゃ、なくって……えっと、だから……」


 蒼は言葉を考える。いや、おそらくすでに思いついている。

 でも、すぐには出せない。


「蓮は、どう思うのかなって……」

「お、俺?俺か?」

「そうだよ!一般的な話とか、そういうのじゃ、なくってさ……蓮は、妹と……



 私とこういうことするの、どうなのかって……」



「俺は……ええっと、おれは……そ、そうだな……」


 そして俺も、すぐには言葉を出せずにいた。

 言いたいことは、すぐ思い浮かぶのに。


「は、早くしてよ!」

「あ!えっと、嫌じゃない……というか、嬉しい……と、言うか……」

「そ、そっか……よかった……」


 ふうー……と息を漏らした蒼は、少しだけ、震えが止まっていて。

 少しだけ、落ち着きを取り戻したようで。


 でも、それは一瞬で。


 次の言葉を発するには、さらに緊張が押し寄せたようで。


「じゃ、じゃあさ!……どこまでなら、その、嫌じゃないに、入るの……?」

「どこまでって、そんな……」

「例えば、さ……こ、こんなのは、さ……」



 指が指の間に入ってきて、グッと俺の手を掴んでくる。



 その緊張と熱が、より密接に、俺に伝わってきて。

 弱く、小さな蒼の手が、俺の手の一部みたいになって。


「恋人つなぎなは……どお?」

「……」


 息をするので精一杯だ。

 この心臓の動きに見合う酸素の量を取り込むのに必死で、とても言葉を話す余裕などない。


「だ、黙んないでよ!」

「だ、って……」

「私だってすごい緊張してるんだから!すっごい恥ずかしいんだから!な、なんか言ってよ⁉」

「……嬉し、い」


 なんとか絞りだした一言は、それだった。

 というか、それでよかった。


「ふぇ?え、な、そ、そそそうなんだ……ふ、ふうーん……ま、まあ……いい、けどお……」


 ついには、歩くのも止まってしまう。

 これ以上は、まともに歩けない。


「う、うううああああ!も、もう終わり!」


 蒼の手が、すごい勢いで俺の手から逃げていく。

 その蒼は、手で隠した顔からはみ出るほど、顔を赤くしていて。


「え、えっと……とととりあえず、帰るか……?」

「う、うん……」


 ゆっくり、深呼吸をしながら。

 ちょっとずつ冷静さを戻していき、また、並んで歩く。


「蓮……その、ありがと。私に、付き合ってくれて……」

「今日誘ったのは俺だけど……」

「そうじゃなくて……さっきのやつ……」

「……」

「……」


 また、二人して黙ってしまう。


 手に残った熱を、感じながら。


 今に思えば、夜ご飯の時の蒼は、俺をからかったわけではなくて。

 結果的にそこに着地させるしかなくなったわけで。


 多分、あの涙も笑い泣きではなくて……


 結局、昨日みたいに一言も話さず家に帰って、そのまま寝てしまった。

 昨日とは、何もかもが違っているように見えたけど。


 

 そして、違っているように見えて、本当はなにも、違っていなかったのだけど。

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