想像以上にいい人って、想像以上に多い

佐々木ささき先輩が?それはどんな……」

「離れていった仲間を連れ戻してきて、こう私に言ってきた。今日は、俺が役割を振るってな」

「それで、生徒会はどうなったんですか?」

「私が……そんな佐々木のくれたチャンスさえも、台無しにしてしまった。みな久しぶりの仕事だと、意気込んでやっていた。それなのに私は、ああした方がいいだの、ここはこうだのと、完全に水を差してしまった」

「でも矢鋭咲やえざき先輩は、間違ったことは言ってないはずです。きっとそれが、最適解だったから助言を与えたわけで……」

「この際、その情報が有益かどうかは関係なかったのだ。あの矢鋭咲怜央やえざきれおが、またなにか言ってきた。それだけが事実だ。そこが、完全に余計だった」

「そんな……」

「ついに誰も生徒会に来なくなった。陰口もたくさん言われたことだろう。私に話しかける人など、一人もいなくなったさ」


 驚くほど、笑顔だ。笑っている。矢鋭咲先輩は、覆われた雲を消し飛ばすように……いや、むしろさらに濃い雲を呼ぶかのように、笑顔でいる。


「そして、最後に、佐々木が生徒会室にきて、言ったのだ」

「矢鋭咲には、もっと頼ってほしかった。俺なんて頼りねーに決まってるけど、それでも矢鋭咲一人が抱え込むのは、誰も喜ばねえ。俺だって、そんなことされて、嬉しいわけがない」

「あ……」


 それは、その声は、矢鋭咲先輩でも、俺でもなく。扉の方から聞こえてきた声で。


「佐々木!なぜお前がこんなところに……」

「そこの後輩に説得されて、気が変わった」


 無表情だ。佐々木先輩は、特に感情を込めることなく、そう言う。


「矢鋭咲……そのー……」

「すまなかった。本当に……すまなかった……」


 佐々木先輩が何かを言うその前に、席を立ち、深々と頭を下げる矢鋭咲先輩。


「佐々木はずっと生徒会の仲間であった。最後の最後まで、私にチャンスをくれた。にもかかわらず、私がバカなばっかりに、すべてを台無しにしてしまい……本当に、すまなかった」


「……あー、もういい。頭あげろ。矢鋭咲には謝られすぎて、なんも心に響かねー」

「だがしかし……」

「謝ったって、俺は許さねーよ」

「……そうであろう。でも、」

「許さないが、矢鋭咲が心を入れ替えるってんなら、もう一回だけ、生徒会をやり直してやらんこともない」

「な、それは本当か⁉」

「やっと頭上げたか……本当だっての」

「そ、そうか……本当に、ありがとう。感謝してもしきれない……」

「だーかーらー。そういうのはいいっての。とにかく、次はちゃんとやるぞ……俺も含めてな」

「ああ。またよろしく頼むぞ」


 そして、手を取り合う矢鋭咲先輩と、佐々木先輩。


「んじゃ、俺は先帰るわ。矢鋭咲に、後輩。残ってる仕事、頑張れよ」

「今日は帰るのか?」

「ああ」


 佐々木先輩がニヤっとして、俺の方を見てくる。かと思えば、鞄を後ろに持っていき、背中を向ける。


「後輩に一つ忠告だ。三年の中でも、裏で矢鋭咲を狙っているやつは沢山いるから、せいぜい気をつけとけ」

「えっと佐々木先輩、意味がよく分からないのでもう一度お願いしてもいいですか……?」

「安心しろ祐川ゆうかわ。佐々木はそういう奴だ」


 うん。この矢鋭咲先輩の発言でいろいろと察したわ。


「ついでに、矢鋭咲にも一つ忠告。もう一人の、あの女の後輩には気をつけた方がいいぜ」

「女の後輩って……見崎みさきのことか?」

「じゃあ後輩、矢鋭咲のこと、よろしくなー」

「あ、さようなら」


 佐々木先輩はスタスタと生徒会室を出て、帰っていく。


「やえざきせんぱ……大丈夫ですか?」


 その先輩は、拳を強く握りしめ、その拳を見るようにうつむき、顔を赤くして、グググっと震えている。


「佐々木め……余計なことを言いおって……」

「せ、せんぱい?矢鋭咲先輩?」

「ふぇ?な、なんだ祐川?」

「ええっと、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫に決まっているだろ!な、なにを言っているんだお前は!」

「えーっと、絶対大丈夫じゃないですよね……」


 その赤くなった顔と、慌てふためくしぐさと、無駄な大声で、どこが大丈夫なのか……


「い、いいから残った仕事にとりかかれ!」

「は、はい!」


 こ、こえぇ~……前とはちょっと違う怒り方だが、こんな言い方、脳が拒んでも体が勝手に動いてしまう。


「く、くそ……佐々木のやつめ……」


 矢鋭咲先輩……まだ言ってる……

 この時矢鋭咲先輩の顔が赤かったのは、夕方の空が赤いからだと思う


 ……多分。

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