過去が、今でもへばりついて
ガチャ。
目の前の扉を開ける。
「
目の前にいるのは、青メッシュの中学生ではなく、ポニーテールの先輩で。
夕方の光がほのかに赤く染める生徒会室は、なにか新鮮なものがあった。
「
「そ、そんな、生徒会でもない祐川に手伝いを頼むなど……」
「俺が
「……そうか。わかった。でも祐川は正式な生徒会役員ではないから、雑務だけになるが、大丈夫か?」
「はい、問題ないです」
「じゃあ、この書類たちに不備がないかの確認をしてくれ」
そう言って矢鋭咲先輩は、紙の束を長机に置く。その束のおかれた席に俺は座り、目を通していく。
***
それから、一時間ほど経っただろうか。俺も矢鋭咲先輩も無言でその仕事をこなしていた。
「ふう~……」
最初に積まれた束の約半分を確認し終えたところで俺の集中力が切れ、深呼吸とともに腕を大きく伸ばす。
「どうだ?順調か?」
「はい……というより、矢鋭咲先輩の作った書類、不備が全くないので戸惑うところがないといいますか……」
この作業は、矢鋭咲先輩の作った書類と元の書類のデータが間違っていないか確認するものなのだが、今のところ、ミスは見つかる気配すらない。
「というか矢鋭咲先輩……もうそんなに終わったんですか……」
「ああ。このくらい、慣れれば大したことはない」
「そういうもんですか……」
矢鋭咲先輩の机からは、一タワー分の書類がすでに片付けられていた。少なく見積もっても、俺の六倍ほどの処理スピードだ。
「それに、やはり一人より二人のほうがはかどる。この感じは、とても久しぶりだ」
すごく気持ちよさそうで、爽やかな顔だ。
いったい、前に誰かと仕事をしたのは、いつなのだろうか……
「俺が言うのもなんですが……矢鋭咲先輩、よく俺を手伝わせてくれましたね。てっきり、もっと拒まれるかと思いました」
実際、俺がいてもいなくても、仕事の出来栄えは大して変わらないことは明白だ。
そのうえでここにいる自分もどうかとは思うが。
「祐川に……副会長と同じようなことを言われてしまったのでな」
「手伝ってと言われる方が嬉しいってやつですか?」
「ああ、そうだ。副会長が生徒会に来なくなる前日、私はこう言われた。矢鋭咲に、もっと頼ってほしかった。矢鋭咲だけが抱え込むとこなんて、誰も見たくない。とな」
「佐々木先輩が、そんなことを……」
「私はバカだ。みんなの負担をできるだけ減らすことが、私のできることはすべて私がやることが、みんなのためだと本気で思っていたのだ。そんな単純なわけがないのにな」
「矢鋭咲先輩……」
笑っていた。
俺の方を見て、確かに笑顔を見せていた。
背中で輝く赤い夕陽のような、真っ赤で、明るい笑顔。
涙なんて、一滴たりとも流れてはいなかった。
なのに……なぜだろうか。
ここで、涙という単語が、いとも簡単に連想されてしまうのは。
「少し、私の話を聞いてくれないか?」
「もちろんです」
矢鋭咲先輩は俺の前に座り、少しずつ、話だす。
「私は一年の時から生徒会に入った。佐々木もそうだった。私たち二人は、生徒会
として、ずっと一緒に仕事をしてきた」
そうか……佐々木先輩は二年以上も、矢鋭咲先輩と一緒にいたのか。
だから頑なに生徒会には戻らなかった。
大切な仲間の立場を壊してしまった自分が、その仲間にもう一度会うというのは……そう簡単ではない。
「一年と二年の前期は、何事もなかった。私は仕事が早いほうだったから、指示されたものが終われば、いつも仕事の終わらない佐々木の分を手伝ってやった」
「それはきっと、佐々木先輩も嬉しかったでしょうね」
「ああ。毎回ありがとうと、とても感謝されたさ。でも、二年の後期……私が生徒会長になってから、話は変わってしまった」
ここまではいい話だ。だから矢鋭咲先輩も、過去を懐かしむ、いい表情をしている。
でも、ここからは、そんな表情のままではいられないようで。
夕日を覆い隠す雲のように、矢鋭咲先輩を覆い隠す、過去。
「私が生徒会長になって、仕事の割り振りも、決定権は私に与えられた。だから私は、私のできることを全力でやった」
「その結果……ほかの人の仕事が、ほとんどなくなってしまったんですね」
「あの時の私はそれが正しいと思っていたのだから、本当にバカだ」
本当なら……生徒会が俺みたいな人ばかりだったら、矢鋭咲先輩は正しい。
仕事を代わりにやってくれるなど、感謝こそするが、嫌うことはない。
でも、ここは生徒会だ。そううまくはいかない。
「もう、一人でやればいい……そう言われ、みんな離れていった。
でも……佐々木は、そんな私に、チャンスをくれたのだ」
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