どうしようもなかった

 次の日の昼休み。

 今日は俺が生徒会室に行かず、とある先輩のもとへと行った。

 その先輩のクラスが生徒会室から離れているおかげで、三年フロアの廊下で立ち話をしても矢鋭咲やえざき先輩や見崎みさきに気づかれないは幸いだった。


佐々木ささき先輩、ですか?」

「お前は……最近矢鋭咲と仲良くやってる……」


 高身長で細長い足。細身の体形で短い髪。

 そして、現生徒会副会長。

 この身長差の男子生徒で、それも先輩となると少し怖い。


「二年の祐川連ゆうかわれんです。矢鋭咲先輩……生徒会長の、友達です。ちょっと佐々木先輩と生徒会についての話がしたくて」

「矢鋭咲に……友達?お前、本当か?」

「そうですが……」


 なんか、思っていた反応と違う。驚いたところは想像通りだが、それと同時に、安堵しているような感じだ。


「そうか……矢鋭咲にも、友達がいたのか……」

「佐々木先輩、安心しているんですか?」

「安心……そうだな。矢鋭咲は、俺のせいで居場所をなくしちまった。だから、友達ができたとわかって、少しは安心した」

「佐々木先輩のせい、なんですか?」

「あ?矢鋭咲からなんも聞いてねーのか?」

「少ししか……」


 矢鋭咲先輩自身に聞く前に、あおの憶測が正しいのか、副会長に確認するのが先だと考えた俺は、今こうして佐々木先輩の前にいるわけだ。


「そうか……まあいい。で、俺になんの用だ?なんか聞きたいことがあるから、俺んとこに来たんだろ?」

「はい……佐々木先輩は、なんで矢鋭咲先輩のこと、そんな風にしたんですか?」

「俺だって、こんなことになるとは思ってなかったんだがな……まあ、単純に言えば、矢鋭咲が気に入らなかった」


 その言葉に、怒りの感情はなかった。

 あるのは、おそらく後悔。


「それは、どうしてですか?俺の知っている限り、矢鋭咲先輩はいい人ですが」

「あいつは、いい人が過ぎる。それでいて、完璧すぎる。そんなやつが生徒会長をやった日には、俺ら生徒会役員の存在意義ってもんが無くなる。そこが気に食わなかったし、今でも気にくわねぇ」

「やっぱり……」


 蒼の言った通りだ。

 やはり、矢鋭咲先輩がいい人で、完璧なのが問題。


「でも、だからって居場所を無くすことないじゃないですか……」

「だから俺は、そこまでするつもりはなかったんだよ。結果的にそうなってしまっただけでよ」

「どうしてそんなことに……」

「最初は、友達とか生徒会の奴らに、矢鋭咲の愚痴を言うぐらいだった。でも、いつからかそれが元となって、あることないこと噂になった。それが、前から矢鋭咲のことを嫌ってる女子連中にまでいきわたって、そっからはもう早い」


 フッ……っと苦笑交じりに言う佐々木先輩は、やっぱり後悔しているようだ。


「そんな矢鋭咲先輩に、あえて話しかける人はいないってことですか……」

「ああ。矢鋭咲は前々から女子連中の中じゃ評判悪くて、本当に困ったときに助けてくれる親友ってやつがいなかったのも、問題を膨らませた要因だろうな」

「そうですか……」


 佐々木先輩は多分悪い人じゃない。

 だからこそ、罪の意識が、後悔の念が言葉の端々から漏れている。


 ただ、生徒会でかみ合わなくて、もともとあった火薬に、意図せず火をつけてしまっただけで。

 そこに火薬をためた犯人は、おそらく矢鋭咲先輩本人で。でもこれも、性格上しかたのないことで。

 さらに、追い打ちをかけるように火を広げたのは、この学校の生徒全員だと言うべきだ。これだって、意図してするような人はごく一部で、多くは流れに身を任せた結果そうなっただけだろう。


「もう聞きたいことは終わりか?」

「あの、最後に一つだけ、お願いしてもいいですか?」

「んだよ?」

「生徒会……戻ってくれませんか?できれば他のメンバーもつれて……」

「無理だな。矢鋭咲は俺なんか、顔も見たくねーだろ」

「そんなことはないと思います。あの矢鋭咲先輩に限って、それは無いです」

「なんでそんなこと、断言できんだよ」

「それは、佐々木先輩が、一番よく分かってるんじゃないですか?」

「……」


 佐々木先輩は一年以上、矢鋭咲先輩とともに生徒会活動をしてきた。それなら、あの人が自分を嫌いにならないことぐらい、わかるはずだ。


「矢鋭咲がどうであれ、俺は戻らねえ。それに、俺が戻ったところで、こうなった以上矢鋭咲の立場は戻らねーぞ」

「それは分かってます。その上で、佐々木先輩が戻ることには、意味があるはずです」


 ここまで噂と雰囲気が広まってしまうと、もうそれを戻すことなど、ほぼ不可能だ。

 でも、佐々木先輩が戻るだけで、矢鋭咲先輩の孤独は必ず解消される。それは佐々木先輩も、矢鋭咲先輩だってそう思っているはずだ。


「そんなに言うなら、お前がいけばいいだろ」

「それじゃ意味ないことは、佐々木先輩だってわかっていますよね?」

「んなこと言ったって……今更矢鋭咲に合わせる顔なんてねーよ……」

「……」


 これ以上懇願しても、佐々木先輩を怒らせるだけだ。


「すみません。今日は、ありがとうございました」

「ああ、じゃあな……矢鋭咲のこと、よろしくな……」

「はい……」


 佐々木先輩は、自分の教室へかえって行く。


「ダメだったか……」


 佐々木先輩さえ生徒会に戻ってくれれば、あとのメンバーは自然と戻り、矢鋭咲先輩の立場は戻らなくても、生徒会という居場所ができる。

 そうすれば、少なくとも孤独ではなくなるだろう……と思ったが、そう簡単にはいかないらしい。


「レンくんって、人のためならすごく大胆な行動できるよね~」

「見崎……見てたのか」

「最後の方だけね~。でも~、レオちゃんは生徒会室にいるから安心しなよ~」

「そっか……」

「ふふふ。それにしても~、カギが副会長にあるって、あのレンくんによくわかったね~」

「あのは余計だって……まあ、昨日、蒼に相談したからな」

「あ~…………そ~っか~………………



 ……そこは私の役目なのにな~……」



「それって……」

「いや~、流石のアオちゃんだな~って」

「……まったくだ。結局、なにも変わらなかったけどな」

「でも~、先輩の言ってたレンくんが生徒会に行くって話は、いいと思ったけどな~」

「いや、俺そもそも役員じゃないけど」

「お手伝いだよ~。レオちゃん、仕事多くて大変そうだったよ~?」

「矢鋭咲先輩に限って、そんなことあるのか?」


 そんなことが起こらないから、矢鋭咲先輩がこうなってしまったんじゃ……


「まあまあ~。一人で寂しそうだったって言うほうがいいかな~?」

「……なんだよその言い方」

「ふふふ。とにかく、今日の放課後、レオちゃんのお手伝いに行ってあげなよ~」

「……」


 まったくその通りで、そうするのが一番いいのはわかる。

 でも……この時、賛同できずに、思ったのは……


 時間的に、蒼と一緒に夜ご飯を食べれないってことで。

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