憧れの先輩とイチャイチャ下校。なお、妹は……

祐川ゆうかわ、もう終わりそうか?」

「はい……これが最後の一枚です……」


 外はもうすっかり暗くなってしまった、最終下校五分前。

 おそらく部活動も片付けを終え、解散し始めているころだろう。


矢鋭咲やえざき先輩は……あのタワーをすべて終わらせたんですか……」

「ああ、そうなるな」

「うそでしょ……」


 あの仕事量でへとへとの俺が、なんともみじめに思えてしまう。


「よし……矢鋭咲先輩、なんとか終わりました……」

「おお、ありがとう。では、帰るとするか」

「はい……」


 最後の書類をしまい、鞄をもって生徒会室を出る。



***



「なんか、矢鋭咲先輩と並んで帰るのって、新鮮ですね」

「基本的に昼休みしか会わないからな」

「それに、暗い空の下を下校するのも、なんだか不思議な感覚です」

「私に関しては、毎日暗い空の下だがな」

「そうですね」


 とりあえずこれで一件落着だ。

 明日から、佐々木ささき先輩やその他の生徒会役員が生徒会に戻って、矢鋭咲先輩もうまくやっていくことだろう。


「祐川……ありがとう」

「結局のところ、佐々木先輩がいい人だっただけな気がしますけど」


 自分たちが思っているより、周りの人間は、いい人ばかりなのかもしれない。

 それ以上に嫌な思い込みをしてしまうのも、また人間なのだろうが。


「それでも、再び引き合わせてくれたのは祐川だ。それに、孤独だった生徒会の時間に声をかけてくれたのも、祐川が初めてだ」

「それも、佐々木先輩と見崎みさきの提案だったりしますけどね……」

「私が見たのは、実際に来た祐川だけだ。本当に、嬉しかった」

「それは……どうも……」


 夜空の下、街灯に照らされて。

 どんな顔をすればいいのか、まったく分からない。


「しかし、あのエロリコンの祐川が、こんなにいいやつだったとはな」

「全然嬉しくないんですが」

「そうか?私は褒めているのだぞ?」

「人を褒める顔がその笑顔ってことはないですよね確実に……」

「あはは……それもそうだな」

「……なんか、矢鋭咲先輩まで見崎に悪い影響受けてません?」

「さあ?どうだろうな。私にも分からん」


 この人は……いや、ここは見崎を恨むべきか……


「でも、祐川がいい人だってことは、私の本心だ」

「それは……多分、矢鋭咲先輩のせいです」

「私の……せい……なのか?」


 矢鋭咲先輩が歩みを止めるから、俺も歩くのをやめて。

 ちゃんと目を合わせて。


「だって、矢鋭咲先輩がかっこよくて、完璧で、その上面白くて、親しみやすくて……



 ……可愛い、から……」



「な……」


 暗くて、その表情はよく見えなかったけど……

 本当は、目を合わせられなくて、顔なんて見れなかっただけなんだけど……


「変なことを言うなバカ!」


 なぜか、手に取るようにわかってしまう。


「も、もう帰るぞ!私の家はこっちだからな!ま、またな!」


 そう叫んでダッシュしていく。


「ま、また今度ー……」


 さすがにここで、俺の家もそっちの道だとは、言えるわけがない。



***



 ガチャっと扉を開ける。

 玄関で靴を脱ぐと、そこには青メッシュの中学生がいて。


「ただいまー」

「……おかえり」

「どうしたあお?なんか元気な……」


 思わず目の前の光景に、言葉が詰まる。


「な、なんでまだエプロンを……それにその机……」


 そこには丸机があって、ほうれん草の胡麻和えだけが綺麗にラップに包まれて置かれ。

 そして制服にエプロンのまま正座で座る、蒼の姿が。

 それも、絶対怒っている無表情。

 さらにキッチンには、孤独な鍋がぽつんとあり、炊飯器には米が何分も前に炊けていた痕跡があった。


「さすがに七時には帰ってくると思って作ったけど……全然帰って来ないし……」


 ちなみにうちの高校の最終下校は七時半。現在時刻は、八時。


「肉じゃがとご飯はよそわなかったからまだよかったけど……鍋ごと冷めちゃったから、今温めなおさないと……」


「大変申し訳ございませんッ!」


 思わず土下座をする。


「はぁ……こんな時間までなにしてたの?」


 立ち上がり、キッチンにて鍋に火をかけつつ、ため息交じりに聞いてくる。


「昨日話した、矢鋭咲先輩のいざこざを解決して……」


 フッと、鍋をかき混ぜる蒼の手が止まる。


「……………………はぁぁぁぁーーーー」


 うわ、すごいため息。


「ほんっと蓮はさぁ?」

「は、はい……なんでしょう……」


 ガチャガチャガチャ……お玉と鍋が衝突しあい、肉じゃがが無意味にかき乱される。


「ほんっとに、夜ご飯に遅れるならさ?連絡くらいしてほしいんだけど?」

「す、すみません……」


 うわー……蒼、めちゃめちゃ怒ってる。その目から、それが手に取るようにわかってしまう。


「で、その先輩と、なにしたの?」

「ええええっと、先輩の話聞いて、そのあと生徒会のお手伝いを……」

「……………………それだけ?」


 疑いまみれの細目で睨まないで……目をガン見しないで……


「それだけです……」


 ここは目をそらさず、ビシッ!っと答えなきゃいけないところ。

 ……と分かっておきながら、目をそらしてしまうのが人間というもので……


「ふうーーーーーーん……まあ、いい、けど、さ」

「……マジごめんなさい」


 その言い方は絶対ダメなやつですよね……


「とにかく、ご飯にしよ」

「は、はい……」


 この後、カピカピのお米を食べた時に、泣きそうになってしまった俺がいたりして。


 さらには、「そんなに怒ることなら、先に食べてくれてよかったに」とか、「それってもしかして矢鋭咲先輩に対する嫉……」とか思った俺もいたりしたが、それらは絶対、口にしてはいけない。

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