家事力高めのお二人さん

 アパートの階段を上り、ドアに鍵をさして回し、いつものようなガチャっとした手ごたえを感じつつ、ドアを開ける。


「ただいまー」

「おじゃましま~す」


 部屋には、朝に干していた洗濯物を正座でたたむあおがいた。

 そして、唯一外光を得て赤色となったテレビ。


「おかえり……って、その人は?」 


 蒼の声を聞いてすぐ、見崎みさきは蒼の前でしゃがみ込み、目線を合わせて自己紹介をする。


「はじめまして~。私はレンくんの幼馴染の宮下見崎みやしたみさきだよ~。あなたがアオちゃんってことだよね?よろしく~」

「あなたが噂の宮下さん……よろしくお願いします」


 普通に返して軽く頭を下げる蒼。この距離感、俺だったら怯えてしまいそうなところだが……


「アオちゃんって、思ったよりかわいいね~」

「それはどうも……」

「それに~、本当に家事できるんだね~」

「まあ、それなりには……」

「レンくんと私が来るまで、他にはなにしてたの~?」

「えっと、皿洗いと、掃除ぐらいですかね……」

「偉いね~。レンくんにも見習ってほしいよね~」

「私は別に、どっちでもいいですけど……」

「え~?だ~ってさ~、レンくん」


 二人で話していたかと思えば、突然こっちを向いてくる二人。


「アオちゃん的には、レンくんは家事なんてしなくていいらしいけど~、レンくんはどう思う~?」

「ま、まあ、俺にできることがあればやっていきたいとは思うけど……」

「蓮って去年は一人暮らししてたんじゃなかったっけ?それなら、それなりに家事はできるんじゃないの?」

「あ~、レンくんってば、生活に必要な最低限の家事しかできないからさ~、私が定期的に掃除とかしてたんだよね~」

「うん……そんな気はしました……」


 うわ、蒼がゴミを見る目で俺を見てくる……あながち間違ってないけど。


「私、この家に来てからずっと思ってたんだけどさ……蓮って絶対一人暮らし向いてないよね?」

「安心しろ。俺は一年以上前からずっとそう思ってる」

「いや何も安心できないんだけど……というか宮下さんは、嫌じゃなかったんですか?」

「ん~……私はあんまり、嫌だって感じはしなかったかな~」

「ま、見崎が嫌だって言ったら、多分うちの親も帰国していただろうな」

「えっと、それは……まあいいや」


 蒼は諦めるようにそう言ってから、いつもの無表情に戻る。


「アオちゃんは本当にいい子だね~。レンくんみたいな生活習慣終わってる人も、まあいいやの一言で済ませちゃうなんてさ~」

「私は、細かいことはあまり気にならない方なので」


 下着とか裸とか見られても特になにもなかったあたり、その細かいことの範囲は想像を絶する広さなのだろう。

 ここは歓喜するべきなのか……いや、そんなまさか。


「宮下さんこそ、そんな蓮の面倒を一年も見てきて嫌じゃないなんて、すごいと思いますけど」

「月に二、三回だけだったからね~。私は毎日でもよかったんだけど~」

「さすがにそういうのは早いだろ。蒼が例外的すぎるだけで……」


 母さんが勝手にことを進めていて、しかも蒼の性格が性格だったから、なんとかやっていけそうなだけであって、見崎の場合はそうもいかない。同棲とまではいかなくとも、この年齢で、ほぼ一日中見崎と一緒にいるなんて……それはもう……


「それこそ、アオちゃんは嫌じゃないの~?毎日レンくんの分まで家事するなんてさ~」

「どちらにせよ自分の分はやらなきゃですし、そこであえて蓮の分をやらないっていうのも、なんか変じゃないですか。それに蓮は……」

「それに~?」

「…………やっぱりなんでもないです」


 ちょっと顔を背けて、無駄に間をあける。そんな蒼を、あの見崎が見逃すはずもなく。


「え~?気になるな~」

「本当に、なんでもないです」

「なんでもなくないでしょ~?」

「……とにかく、自分の分のついでに蓮の分をしてるだけですから」

「ふふふ。そ~っか~……それもそ~だね~…………ほんと、羨まいな~……」


 少し、見崎が気を落としたように感じる。少し視線を落として、声も細くなっていた。


「見崎は十分一人で家事できるし、羨ましがることでもないんじゃないか?」

「う~んと~、私が羨ましいのはレンくんじゃなくて~……いや、やっぱり今はそういうことにしておこうかな~」


 かと思えば、すぐに笑顔を戻していた。そして鞄を手にとって、立ち上がる。


「もう帰るのか?」

「うん~。大体アオちゃんのことは知れたからね~」


 そんな風に言いつつ玄関へ向かう……っと、その後ろから蒼が服をつかみ、見崎を引き留める。


「宮下さん。最後にひとつ、聞いてもいいですか?」

「ん~?どうしたの~?」

「えっと……」


 蒼は、少し黙る。その蒼を待つように、俺と見崎もただ黙る。いったい蒼は、最後の最後に何を聞こうというのだろうか……


 緊張が高まる中、ついに蒼の口が動く。



「……蓮はロリコンですか?」



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