こっちもまあ不穏

「きりーつ。れい」


 さよならーっと、まばらな声が教室に響き渡る。


「やっと終わったー……」


 四時間の授業に耐え、昼休みに矢鋭咲やえざき先輩との初会話があり、さらに二時間の授業に耐えて、ようやく放課後。


「さ、レンくん。アオちゃんに会いに行こ~」

「すごいデジャブを感じるのは俺だけか?」

「ん~……じゃあ、私があえて似せたってことで~」

「……そうだな」


 机の横にかかっている鞄を持ち、見崎みさきとともにあおの元を目指す。俺からすれば下校だ。



***



「アオちゃんって、どんな感じの子なの~?」


 空がほんのり赤くなる午後四時ごろ。

 昇降口を出たあたりで、隣を歩く見崎はそんなことを聞いてきた。


「どんな感じって?」

「例えば~……優しいか厳しいかとか~、明るいか暗いかとか~……」

「それ、今から会いに行くのに知る必要あるか?」

「自分の目で見る前に、レンくんがどう思ってるか知りたいな~ってさ~」


 いや、ますます訳が分からんぞ……それこそ知ってどうすんだよ……とは思ったものの、見崎のことだし、「まあまあ~」とか言って、どうせ理由は話さないだろうから、正直に答えることにする。

 別に答えにくいことでもないしな。


「蒼は普通にいい奴、かな。初めから普通に接してくれたし、普通に家事してくれたし、普通に話すし、うるさいわけでもないし……」

「へぇ~……なるほどね~」


 見崎は聞くやいなや、前方のはるか遠くで赤く光る夕日に視線を飛ばしている。


「ただ、いろいろと女として足りない」

「え~っと~……胸ってこと~?」

「なわけあるか!」


 こいつサラっとエグいこと言うな……もし本当に胸のことだとして、見崎はどう返す気だったんだ?そっちの世界線も少し気になる。


「蒼ってば、裸を見られたって普通だった。蒼からすると、兄妹なら別に気にするようなことじゃないらしい」

「あ~、レンくんの言いたいこと、なんとなくわかったよ~」

「逆に言えば、そこぐらいかな。他には大して苦労もしなさそうだし」


 昨日の夜は正直どうなることかと思ったが、今朝でその不安はほとんどなくなった。蒼は一部を除いて、本当によくできた子だった。何様だって感じだが。


「アオちゃん、いい子なんだね~」

「ああ、それは否定しない」

「そ~っか~……」

「……」

「……」


 いや、この話ってこれで終わりなのか?本当に俺が蒼についてどう思うか聞いただけだったんだが。

 でも見崎は、無言のままいつも通りの笑顔でただ歩くだけ。だからとりあえず俺も、黙ってそれに合わせる。


 そして、それはごく自然に発せられた。



「レンくんはアオちゃんのこと、好き?」



 思わず足が止まる。

 見崎が少し前まで歩き、振り返ってくる。


「レンくん、家事とかあんまりできないからさ~、アオちゃんみたいな子が来て喜んでるんじゃないかな~。どう?」


 そんなことを言いながら、ちょっとずつ近づいてきて。

 

 最後には、見崎の顔は目の前にあって。


 遠くの赤い光が、逆光のようになって。

 

 なんか、静かな時間が数秒あって。



「……ま、控えめにいって大好きだな。洗濯物は洗ってくれるし、朝は早めに起こしてくれるし、朝ごはんはおいしいし。多分帰ったら、掃除もしてくれていることだろうしな」

 

 それだけ言ってから、見崎の横をすっと歩きぬける。

 そのあとを、見崎は歩き寄ってくる。


「な~んか、百点の答えだね~」

「そうなのか?」

「う~ん……多分?」

「なんだそりゃ」

「ふふふ」


 そうやって、何回も見たことがあるように笑ってから。

 

 見崎は、独り言のように。隣にいる俺にさえ、聞こえないように言う。


「……私にとっては、零点の答えだけどね~……」


「ん?どうした見崎?」

「いや~、アオちゃんに会うの、楽しみだな~ってさ~」

「もうあと数分だな」

「ふふふ。ほんと、楽しみだな~」


 数分歩いて、家に着いても、見崎の意図はわからないままだった。

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