これは決してご褒美ではありません

「レンくん遅いな~……って、あれ~?どういう状況~?」


 階段を登り切って、三年生の生徒だけが歩きまわる廊下の奥に、一人手を挙げてこちらを呼ぶ見崎みさきの姿があった。


「待たせてすまない。荷物を運んでいたところ、祐川ゆうかわが助けてくれてな」

「見崎……悪いが、そこのドアを開けてくれ……」



***



「いや~びっくりしたよ~。生徒会室に行っても、レオちゃんどころか誰もいないんだからさ~」

「昼休みは基本、この部屋には私しかいないんだ。だから、好きなだけ騒いでもらって構わないぞ」

「いや、それはいろいろとまずくないですか……」


 様々な資料の入った棚に囲まれた生徒会室。その中心にある長机に、俺と見崎が隣合わせで座り、そこに矢鋭咲やえざき先輩が対面する形で、各々の弁当をもって座る。


「まずは祐川。手伝ってくれたこと、感謝する」

「レンくんって、ちょ~っとだけ気の利くとこが、たま~にあるよね~」

「褒められてる気がしないんだが……」


 『ちょっと』と『たまに』を無駄に伸ばして強調するあたり、見崎に褒める気はないんだろうけど。


「それはそうと矢鋭咲先輩、見崎の無茶ぶりをよく聞きましたね。いきなり呼び止めておいてちゃん付けなんてするから、てっきり俺は怒っていたのかと思いましたよ」

「怒るわけがなかろう。私は友達が少ない……というより、いないのだ」


 また、矢鋭咲先輩らしからぬ、曇った表情。

 そしてまた、さっきみたいに、すぐ切り替える。


「だから、そんな私に話しかけてくれた宮下みやしたにも、とても感謝しているのだぞ」

「ほらね~。レンくんは女心ってものをもっと理解しないと、痛い目みるかもよ~?」

「そ、そうだったのか……矢鋭咲先輩、見崎のこと睨んでたから、てっきり見崎にキレているのだとばかり……」

「あ、あれは、いきなり親しげに声をかけられて、緊張してしまってだな……すまなかった……」

「レオちゃんが謝ることないよ~。私はなんとなくわかってたし~」


 それを聞いて、ホッとしたように小さく笑顔を見せる矢鋭咲先輩。さっきもそうだったが、こういう先輩も初めてみる。俺の思っていたより矢鋭咲先輩は、遠い人でもないのかもしれない。

 それよりも、あの見崎が矢鋭咲先輩をリードしているということに驚いた。いや、あの見崎だからこそ、だろうか。見崎なら、矢鋭咲先輩のこういう顔を想像していた上で声をかけたとしても、不思議ではない。


「ところで、二人はどういった関係なのだ?弁当のおかずがまるっきり同じようだが……」

「見崎とは幼馴染で、一人暮らしだった俺のために弁当を作ってくれてるんですよ」

「でも昨日から~、アオちゃんっていう中学生の義妹との二人暮らしになったんだって~」

「義妹と二人ぐらし……ということは、知り合ったばかりの男女が同棲するということなのか⁉」

「まあ……そうなっちゃいます」

「すごいよね~。義妹とはいえ、出会ってすぐの男女が一つ屋根の下なんてさ~」

「そ、それは、なにか問題とか起きたりしないのか?」

「問題というような問題はない……かと……」

「え~?今日の朝、アオちゃんの裸を」

「やめろやめろ!矢鋭咲先輩の俺に対する印象が土砂崩れ並みに崩れ落ちるからそれだけは言うな!」


 慌てて両手を見崎の前に突き出し、それを言うのを食い止める……が、少し遅かったようで。


「ほぉう?出会って一日の女子の裸を見るとは、祐川もなかなか積極的ではないか」

「その今すぐにでも切りかかってきそうな目はやめてください!矢鋭咲先輩がやるとめちゃくちゃ怖いから!」


 その眼は、チュイン!っと赤く光ったように見えるほど、鋭い眼差しで俺を睨みつけていて。


「レンくんったら~、『ほんの少し膨らんだアレと、下半身の滴る液体がもう……』とかなんとか言ってて~」

「その時俺の思っていたことがなぜわかる⁉じゃなくてあることないこと言うなよ見崎!」

「祐川……生徒会長として、いや、一人の女子として、お前に言いたいことがある」

「ひぃ!……な、なんでしょう……?」


 ゴゴゴ……とただならぬオーラをまとった矢鋭咲先輩が放ったのは……



「このエロリコンがッ‼」



 なかなかに、俺の心を刺してくるもので。

 ていうかエロリコンってなんだよ……



***



「今日は楽しかったぞ。本当に感謝する」

「私こそ、レオちゃんがノリよくて面白かったよ~」

「俺は全然面白くなかったけどな!」


 あれから少しして、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、空の弁当箱をもった俺たち三人は生徒会室の前にいた。


「まあそう怒るな。ちょっとからかっただけではないか」

「そうそう~。そんなに機嫌悪くすることないって~」

「もとはと言えば見崎のせいだぞ⁉まったく……」


 まあ、こんなに楽しそうな矢鋭咲先輩を見れたことだし、今日は許してやらないこともないが。


「な、なあ、二人とも……」

「ん~?」

「どうかしたんですか?」


 矢鋭咲先輩は足を無駄に動かし、若干体を揺らして、俺と見崎のいない方を見てい

る。心なしか、顔も少し赤いような気がする。


「せ、先輩、もしかして熱とか……」

「そうではない!そうではなくて……その……なんだ。もしお前ら二人が嫌じゃなかったら、なんだが……」


 なんだ?こんな先輩も、初めてみる。何をそんなに……


「もし、よかったら……時々、ここに遊びに来ては、くれないだろうか?」


 ああ、なるほど。そいうことか。


「ふふふ。そういうことをちゃんと聞いちゃってくるあたり、レオちゃんってやっぱり可愛いよね~」

「な、お、おい宮下!それは私を馬鹿にしているだろ!」

「ど~かな~?ふふふふ」

「……まあいい。早く教室に戻らないと、五時間目に遅刻するぞ」

「は~い。また近いうちにね~」


 俺と見崎は横に並び、まだ三年生の多い廊下を去っていく。


「矢鋭咲先輩が同級生から嫌われてるって噂、本当みたいだな……」


 初めて見る矢鋭咲先輩がいくつかあった中で、やはり俺の中で目立つのは顔を曇らせていた矢鋭咲先輩で。その内容的にも、この噂が真実である確率は高い。


「実はレオちゃんがカッコいい人じゃないってウワサも、本当だったみたいだけどね~」

「そんな噂あったのか?俺は聞いたことも無いぞ」

「こっちでは結構広まってるんだけどね~」

「いやこっちってどっちだよ」

「ん~……」


 見崎はあごのあたりに人差し指をつけ、上を向きながら少し考え込む。


「エロリコンにはちょっと難しい話かな~」


「……次その名前で呼んだら、たとえ見崎でも本気で叩くぞ」

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