不穏なニオイ

 四時間目が終わってすぐ、弁当を持った見崎みさきが俺のもとへとやってきた。


「さ、レンくん。生徒会室いこ~」

「悪い。ちょっとトイレ寄っていくから、先行っててくれ」

「は~い。ドタキャンとかやめてよ~?」

「いや流石にしないから」

「でも~、念のためこれは持ってくね~」


 そう言って見崎が手に挙げたのは、持っていたもう一つの弁当。


 見崎が初めから持っていた弁当は二つ。一つはサクラ模様の巾着に包まれた、見崎用の弁当。そしてもう一つは……


「今日もありがとな」


 青色の巾着に包まれた、俺用の弁当だ。俺が一人暮らしをするようになってから見崎は、たまに家に来てご飯を作ってくれるだけでなく、毎日俺の分の弁当を作ってくれていた。

 本当に、感謝してもしきれない。


「ふふふ。生徒会室で待ってるね~」

 

 そういいながら教室を出る見崎の後から、俺もトイレへと向かう。


 それにしても見崎のやつ、どうして今になって矢鋭咲やえざき先輩と仲良くなろうと思ったんだ?矢鋭咲先輩がいつも一人だって話題は、過去にも何回か上がっていた気がするが…… まああの見崎のことだし、特に深い理由などないのかもしれないが。

 用を足し、手を洗いながらそんなことを考える。

 いや、考えても仕方ない。とにかく、生徒会室に行かないと。

 生徒会室は三階。三年生のフロアだ。

 

 一番近くの階段へ向かう。するとそこには、大きな段ボール箱を抱える矢鋭咲先輩の姿が。


「よいしょっと……」


 一段一段注意深く上っていき、その足と手が小刻みに震えているのをみれば、その段ボールが見た目通りの重量であることは明白だった。


「矢鋭咲先輩、それ持ちますよ」

「お前は確か、朝あの女と一緒にいた……」

「二年の祐川蓮ゆうかわれんです。一緒にいたのは、同じく二年の宮下見崎みやしたみさきってやつで」

「そうか。気持ちは嬉しいが祐川、私なら大丈夫だ。先に生徒会室に行っているといい」

「そういうわけにはいきませんよ。こういう力仕事を引き受けるのが、男の役目ですから」

「しかし、生徒会でもない人に頼むのは……」

「矢鋭咲先輩。そこは遠慮しなくていいんですよ」

「そ、そうか……では、これを生徒会室まで運んでくれ」

「はい。任せてください」


 矢鋭咲先輩の持っていない角を両手で抱える。


「手、放して大丈夫ですよ」

「では、離すぞ」


 ガタッと腕、そして肩に強い力が働く。その勢いで、思わず階段を一段下がり、転びそうになってしまう。


「や、やはり私が……」

「全然大丈夫ですから!矢鋭咲先輩はどうぞお先に」


 とは言ったものの、想像以上に重い。一段ずつ慎重に階段を上がっていく。そして、その横を俺に合わせて上る矢鋭咲先輩。


「矢鋭咲先輩は、これをどこから運んでいるんですか?」

「職員室だ。生徒会で使う資料や道具なんかが入っているとのことだ」

「職員室って……一階から生徒会室まで、これを一人で運ぶつもりだったんですか?」

「ああ、そうだ」

「まじすか……そんな雑用みたいな仕事、生徒会の男子どもにやらせとけばいいのに……」


 その途端、申し訳なさそうにしつつも悠然としていた先輩の表情が、少し曇る。


「あいにく、頼れるような人がいなくてな……」

「え……」


 明らかに声のトーンも低く、目線も落ちていて、苦笑気味の顔。あの、矢鋭咲先輩が。あの、生徒会長が……


「いや、なんでもない。祐川には関係のないことだ」

「そう……ですか……」


 やっぱり、矢鋭咲先輩って……


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