恥じらいって大切だよ

 一時間ほど経ち、片付けは無事終了。部屋の隅にたたんである円形の机を部屋の中心に広げ、そこに二枚の座布団。ついでに先ほど買ったおにぎりも出して、話を始める。


「よし、じゃあまずは自己紹介を……」

「その前にさ、蓮のあれはなんだったの?」

「えっとー……あれというのは……」


 いや、大方予想はついている。この睨む目つき。完全に蒼は怒っている。それはつまり、さっきの片付け時の……


「あの大量のゴミ。お菓子とか、コンビニ弁当とか、カップ麺とか……なんで捨てないの?」

「いやぁー……週末にまとめて捨てようかと……」

「まとめてって……それってつまり、私が来なくても、蓮が一人で片付ける予定だったってことだよね?」

「も、もちろん……」


 幼馴染の見崎みさきが来ないと片付けをしないなんて、口が裂けても言えない。


「ふーん……まあいいや」

「え?い、いいの?」


ため息をついたのち、再び真顔に戻る。


「とにかく、自己紹介するんでしょ?」

「ああ、そうだった。じゃあまずは俺から……祐川蓮ゆうかわれん。高校二年生。父は物心つく前に離婚してて、母の仕事の都合で去年から一人暮らし……だったけど、それも今日で卒業ってことだよな。よろしく」

「……終わり?」

「……おう」

「そっか……じゃあ趣味は?」

「え?な、なんで?」

「いやだって、自己紹介にしては短い気がするし……」

「えっと、そうだな……強いて言うならゲーム?」

「……うん。なんていうか、普通だね」

「お、おう……」


 なんだろう、この微妙な雰囲気。すごく死にたくなる。そして、その何とも言えない蒼の顔。反応に困って、でもなんか反応しなきゃいけないから、とりあえず苦笑いするその顔が、また俺を死にたくさせる。

 いや、そもそも友達の少ない俺に、義妹とはいえ初対面の中学生女子といきなり話せと言われても無理がある。


「じゃ、じゃあ次は蒼、お願いします」

「うん。名前は祐川蒼ゆうかわあお。一応旧姓は龍美たつみ。中学一年。私も親は海外で、いつ離婚したかは分かんないけど、気づいたら蓮の義妹になってた。前まではおばあちゃんと住んでたけど、体が悪くなってきたからこの家に引っ越すことになった。よろしく」

「……趣味は?」

「……ない……かも」

「え?ないのに聞いたのか?」

「……」

「やっぱ何でもないです……」


 まずい……このままでは、たった一時間たらずで関係が崩壊しかねないぞ……


「よし!ここはひとつ、兄として、どんな質問でも受けよう!答えないはナシだ!」


 ここまで言えば、蒼もそれなりに話せるだろう。なにより、俺のことをもっと知ってもらえば、この気まずい空気もなくなっていくはず。


「うーんと、じゃあ……」


 蒼は天を仰ぎながら考えだす。さあ、どんな質問でもかかってこい!


「あ、彼女いる?」

「う……いきなり心をえぐってくるな……」

「い、いや別に、答えたくないなら答えなくてもいいんだけど……」

「めでたく、今年で彼女いない歴一七年目だ」

「つまり、彼女いない歴イコール年齢ってやつなの?」

「わざわざ言い直さなくていいだろ……」

「あー……うん。なんかごめん」


 そんな人生失敗したサラリーマンを見るような目はやめてくれ……さっきとは別の意味で死にたくなる。


「そんな蒼は、好きな人とかいるのか?」


 とりあえず相手にも傷を共有して、痛みを和らげる。まあ、これで蒼にいたとしても、それはそれで面白いことになりそうではあるし、聞いて損はないはず。


「いないよ、普通に」

「……うん。ですよね」


 やべ。めっちゃ普通に返されたわ。蒼はまだ中一だもんな。別に好きな人がいるとかいないとか、全然関係ないよな。


「でも、クラスの男子どもも見る目ないな!蒼はこんなに可愛いのにな!」

「ありがとう。お世辞でもうれしいよ」

「お、おう……ならよかった」


 特に大きく喜ぶわけでもなく、大きく恥ずかしがるわけでもなく、かといって無表情ってわけでもなく、ちょっとの笑顔。

 なんというか……浅い。反応が絶妙に浅いぞ。

 ここはもっと、「ふふーん、そうでしょー?」とか、「ふぇ?そ、そんなこと言われるの、はじめて……」とか、「は?きも。死ねばいいのに」とか……いや最後のだけはマジで勘弁してほしいけど。

 とにかく、もうちょっとオーバーなリアクションを期待していたんだが……そううまくはいかないらしい。そして蒼は、ごくごく普通に話題を変える。


「もう大体話したし、そろそろキャリーバック広げたいんだけど、いい?」

「ああ。なら俺も手伝うよ。部屋の片付け手伝ってもらったし」


 だから俺も、とりあえずそこに乗っかっておく。


「じゃあまず、この机どかしてくれない?荷物広げるスペースないし」

「おう」


 俺は立ち上がり、机の脚をたたんでいく。そして蒼は、部屋の隅に置いてあったキャリーバックを開け、中を漁り始める。

 この部屋の広さでは、何か広げてやるといったら机をしまうしかないし、ごみを散らかすようなら机の一つさえ入らない……って、待てよ。この部屋、布団一枚敷いただけでほぼ埋まるような……


「……蒼はどこで寝る予定なんだ?」

「ああ、布団なら今日の午後、この家に届くから大丈夫」

「そうじゃなくて、場所の話なんだが……」

「ん?普通にこの家だけど?」

「こ、この家に、蒼と……俺が?この狭さで?」

「まあ片付けもしたし、ギリギリ二枚は入るでしょ」

「その通りだよ?布団二枚なんてギリギリじゃないと入らないよ⁉」

「それがどうかしたの?」

「どうかって、蒼はいいのか?」

「蓮はダメなの?」

「いや……ダメではないけど……」


 蒼って女の子だよね?中学一年生って思春期だよね?思春期の女の子って、誰かと一緒に寝るのとか、ましてやそれが、今日初対面の全然かっこよくない高校生男子と一緒にとか、さらにピッタリ隣り合わせとか、絶対お断りなんじゃないの?それをこんな、作業の片手間に「え、逆にダメなの?」みたいに言われても、結構困るのだが……別に蒼が悪いわけではないけど。


「蒼は中学一年生だったよな?」

「そうだけど」

「今時の中学一年生女子というのは、高校生男子と狭い部屋で、二人っきりで寝ることに抵抗ない感じなのか?」

「高校生男子って、兄じゃん」

「お、おう……」


 たとえ兄妹だとしても、普通一緒に寝ないだろ……とか、飲み込み早すぎだろ……とか、それにしても気にしなさすぎだろ……とか、いろいろツッコミどころ満載だったが、これ以上背中に話しかけても意味ない気がしてならない。


「キャリーバック真ん中において荷物出したいから、ちょっとどいてくれない?」

「……ああ」


 机を持ってテレビの横へ行くのと入れ替わりで、キャリーバックを引きずる蒼が部屋の中心へ移動する。

 おそらく蒼は、そういうことは全く気にしない人なのだろう。だとしたら、俺が過剰に反応することはない。


 それどこか、これでなにかあったら、俺がただのロリコンってことにならないか?……そう考えると、鳥肌と嫌な汗が止まらない。


 とにかく、何も無ければいい。普通に生活していて、なにがあるっていうのだ。別に、中学生女子と一つ屋根の下で、それも狭い部屋で生活するぐらい……


「箪笥に私のスペースってある?もうあるならこの服をそこに……って、鼻血でてるけど大丈夫?」

「問題ない。野生の本能を少々くすぐられただけだ。で、俺は何をすればいい?」

「……落ち着いたらでいいから、ここにある服をしまってほしい」

「了解」


 丸めたティッシュを鼻に詰め、重ねられた服を手に持ち、一つずつ箪笥へしまっていく。当然、箪笥はほとんど空いていたため、重ねられた服をどんどん入れて……


「ん?これは……」

「ああ。下着もとりあえず同じところでいいよ」

「……」


 俺が今手に取っているのは、薄ピンクと白のシマシマ模様の、たった今パンツだと確定してしまったもの。


「ねえ蓮……鼻血でてる……」

「……」


 ひとまずティッシュを新しくして。


「あのさ……一つ確認してもいい?」

「なんだ?」

「蓮ってもしかしてロ」

「違う」

 蒼の細められた目が俺の顔をさす。


「じゃあ蓮がロリコンじゃないとしてさ」

「だからロリコンじゃないから……」

「なんで鼻血出たの?私のパンツ見て」

「……」

「……」


 地獄の沈黙。死にたい。いや、逃げたい。今すぐこの部屋から飛び出して、近所のコンビニのトイレにでもこもりたい。


 ……深い意味なんてないからね?


「……」

「……ねえ、れn」

「誠に申し訳ありませんでした!」


 膝、肘、手のひら、おでこの順に勢いよく地につき、謝罪する。つまり土下座だ。


「いや、怒ってはないんだけど……」

「……そうなの?」

「まあ、減るものでもないし」

「あー……そうですね……」


 なんだろう。俺の土下座を、鼻血を、返してはくれないだろうか。


「蒼……お前は……いや、なんでもない」

「とにかく、はやく荷物整理しよ。夜までにやらないと寝れないし」

「ああ……そうだな……」


 その、本当に何事もなかったかのように荷物整理を再開する、それができてしまう蒼に、少し安心している俺と、残念に思う俺がいた。

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