ワンルーム×マイシスター

キャニオン

突然の、妹

 朝、目を開けてまず目に映るのは、薄暗い天井の照明。

 そして、体を起こして見えるのが、この部屋で唯一の窓から朝日を得ることで無駄に明るい、小ぢんまりとしたテレビ。それも、たったの一メートル前方に。


「朝か……」


 両腕をぐっと伸ばしって大きなあくびを一つついてから、左手を伸ばして昨日の夜に干しておいたシャツをつかみ、洗濯ばさみから引き抜く。

 同じ要領でズボンも取って、即座に着替える。もちろん、脱いだ服は洗濯機……ではなく洗濯カゴ……でもなく、床にポイ捨て。


「とりあえず朝飯だな……」


 もう一度大きくあくびをして、やけに綺麗な台所を横目に、その奥に置いてある、これまた小ぢんまりとした冷蔵庫を目指す。

 直線距離にして五十センチだが、台所が間にある関係で歩く距離は二メートル弱。

 そうしてたどり着いた冷蔵庫を開けてみる。その途端に、無駄に冷たい風が顔面に直撃し、眠たい目を無理やり起こしてくる。


「何もないな……」

 

 どうりで冷たいわけだ。


「仕方ない……コンビニ行くか」


 重い腰を上げて、一メートル先の玄関へ。サンダルを履き、右手で鍵と財布だけポケットに押し込み、家を出る。

 まぶしい朝日を浴びつつ、絶賛一人暮らし中のアパートの階段を下りる。

一分ほど歩けば、早くもコンビニ到着。本当に、ここには何回お世話になったことやら。


「いらっしゃいませー」


 朝で人の少ないおかげか、しっかり挨拶してくれるのは、いつも見かけるおじさん店員。

 とりあえず、おにぎりコーナーへと向かった俺は、そこにいる異質な客の存在に気づく。


 あの人……キャリーバックを持っているのか?こんな何もないベットタウンに旅行とは、物好きがいたもんだ……いや、それよりもあの人、何歳だ?


 その、どうしてもこの場に似つかないいでたちの人……改め少女は、まさに少女と呼ぶのがふさわしい見た目をしていた。

 ショートボブに、青メッシュ。低身長に……貧乳?と言うかまな板?な胸。真っ黒のキャリーバック片手におにぎりを物色するその姿は、どう見ても中学生だ。


 その少女は、数個のおにぎりをもってレジへと向かう。


 はたして、この町のどこに行くのだろうか……

 ちょっと気になったので、さっさと買い物を済ませ、コンビニの周辺を見渡す。

そこに少女の姿はなく、あるのは一軒家とか、デカいマンションとか、散歩中の老人とか、そんなところだった。


「ま、いいか」


 何もなかったことにして、家に戻る。


 アパートの階段を上り、ドアに鍵をさして回す。だが、いつものようなガチャっとした手ごたえはない。


「あれ?鍵かけ忘れたか?」


 ドアを開け、サンダルを脱いで入ると、俺の家であるはずのそこには……


「な、なんで……」


 例の、キャリーバックの少女がいた。それも、めっちゃ真顔で。


「あ、お帰り」

「いやお帰りって……なんでここにいるんだよ……ここ俺の家だよね?そもそもどうやって入ったの……」

「普通に鍵で」

「なんで俺の家のカギを……ここに住んでいるのは俺だけのはずだよな……」

「だって、今日から私もここに住むし」

「ちょっと待て。ここにってどういうことだ?どうしてそうなった?てかどうやってその鍵作ったんだ?」

「あー……えーっと、質問は一つずつにしてほしいんだけど?」

「じゃあまず誰ですか……」

「私は龍美たつみ……じゃなくて祐川蒼ゆうかわあおだけど……お母さんに何も聞いてないの?」

「え?祐川?同じ苗字ってことは……まさかお前!」


 この時、俺の脳がありえない速度で回転し始める。

 キャリーバック、推定中学生、家の鍵、今日からここで住む、そして同じ苗字……ここから導き出せる答えは……まさかこいつ……義妹?


「ちょっと、大丈夫?なんか、鬼気迫る顔してるけど?」

「いや、待て。とりあえず電話させてくれ」

「う、うん。どうぞ」


 急いでスマホを取り出し、母さんへと電話をかける。


『はいもしもしー?』

「母さん……もしかして結婚した?」

『あられんったら、今更どうしたの?もう二週間以上も前の事よ?』

「に、二週間⁉なんで連絡してくれなかったの⁉」

『あら?蓮に言い忘れていたかしら?』

「めっちゃ言い忘れてるよ……」


 うちの母さんときたら……自分の再婚を一人息子にすら連絡し忘れるとは……


「まあ今その話は置いとくとして……俺の家に来た蒼っていう少女は誰だ?これも俺、何も聞いてないよ?」

『ということは、無事、蓮の家に着いたってことかしら?』

「ああそうだよ今俺の横にいるんだよ……で、誰なんだよ⁉」

『結婚の連絡するときに言おうと思ってたんだけどー……蒼は蓮の妹よ』

「そうだろうとは思ったけどさ……」

『いや~実はね?今の旦那さんも子供を持ってて、しかも日本に暮らしてるって言うからね?じゃあ一緒に住ませましょうって話になったのよ』

「……それを俺に相談もなく決めたと?」

『実はもうすべての手続きが終わってて……』

「なあ母さん……まさかとは思うが、手続きが終わって俺が拒否できなくなるまで、わざと連絡しなかったわけじゃないよね?」

『え?ま、まさかぁ~?そんなことしないってば~』


 なんて白々しい……電話越しに、誤魔化すように笑う母の姿が容易に想像できる。


『ま、そんなわけだから、蒼のことよろしくね』

「まったく母さんは……」

『あ、そうそう。蒼はまだ中学生だから、変なことしちゃだめだからね?』

「するかアホ!」


 思いっきり通話終了ボタンを押す。まったく何を考えているんだよ俺の母さんは……そもそも、中学生だからってどういう意味だ?蒼が高校生になったら変なことしてもいいって意味じゃないよな?……って、アホか俺は。


「電話終わった?そしたらひとまず、布団を畳んでほしいんだけど。じゃないとキャーバック広げられないし」

「ちょっと待ってくれ……えっとー……蒼?妹?いや、義妹?」

「とりあえず蒼でいいよ。そっちは蓮でいい?」

「あ、ああ。とりあえず了解。じゃあ蒼。まず話をしないか?」

「まあ、そっちが先でもいいんだけど……どこで?」


 床を見渡しながら苦笑いする蒼。

そう、今この家の床には、敷きっぱなしの布団、脱ぎっぱなしの服に加え、食べっぱなしのゴミまで散乱していた。

 ちょっと補足を入れるとしたら、脱ぎっぱなしの服というのは何も上下一枚ずつではないということ。つまり、数日分の服が散乱している。


「すまん……まずは片付けを手伝ってくれるか?」

「……うん。そうだね」


 この時の蒼の呆れた顔といったら、なかなかにくるものがあった。

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