第4話 焔祭り
いよいよ祭りが始まった。神社から神子達が出発する銅鑼の合図が鳴った。村からは歓声が上がり、晴れやかな空が喜びを吸い込んでいく。季節は夏の少し前。日差しは暑いが風は涼しい。
人々はそれぞれ、神社から広場までの道のりに、露店を出し、子どもたちや若者は年に一度の出店に興奮しはしゃいでいる。広場にはたくさんの人がいて、座り込んでは食事をしたり上機嫌に酒を飲んでいた。普段はなかなかゆっくり話す機会の無い者とも、今日だけは時間を気にせずに過ごすことができる。
茉更はいつも、広場まで続く道のりの露店が気になってしまい、それを気づかれないようにするのに必死だった。美味しそうな鳥焼き串の香ばしい匂い、美しい鳥の細工がされた飴。大好きな物ばかりが並んでいる。次期神子に指名されるまでは、この日だけは自由な時間を与えられ、幸せだった記憶がある。いつも冷たい目をしていた両親も、焔祭りではお酒で顔を赤くし、楽し気だった...うっすらとそんなことを懐かしみながら、大神子の後に続いた。
大神子が歩くと、皆は頭を垂れ、尊敬の意を表した。そのあとに茉更が通ると、人々は手を振っては「神子姫様!」と声をかけた。神子姫というのは村人が勝手に呼び出した名前で、大神子の後ろに付いている小さな少女へ愛情を持って付けたあだ名だった。しかし、今年の神子姫はもう少女とは呼べない姿に成長している。長い薄桃色の衣を纏い、可憐な花を髪に挿した姿は、村の娘の誰より美しい。
「神子姫様は立派になられたなぁ。これで村は安泰だ。」
人々は口々にそう呟いた。
大神子一行は広場へと到着した。そこには何百人もの人が集っており、中心部の櫓は炎が一日中燃え盛っており、皆は炎をぐるりと囲むようにして過ごしていた。茉更は通り行く人たちに笑顔を振り撒きながら、辺りの様子を確認した。
(夢が現実になるなら、あの炎が急に大きくなるのかしら。よほどの突風が無い限り難しそう。ならあの夢は何だったのだろう。)
「茉更様、今のところ変わった様子はありません。櫓の周りは村長達が見張っています。大神子様も衛士が張り付いていて、指一本触れられない状況です」
「そうね。でも油断しないで。あの夢が違う意味であっても、社に無事に帰るまで、私は史埜様をお守りするわ。」
史埜は楽しそうに村の人たちと談笑している。ある者は最近生まれた我が子を見せ、またある者は自分が育てた自慢の野菜を大神子に説明をしている。
この村には大神子の他に、村の政を担う6人の村長がいる。村長は全て男性で、年齢は20代から60代と幅がある。村の中でも裕福な家系から選ばれ、長い者だと40年もその役に付いている。大神子の下に位置する立場ではあるが、村人たちは常々、村長達の方が近寄りがたいと感じていた。一年に一度だが、こうして会えた時に自分たちの幸せや成長を、大神子は誰よりも喜んでくれる。家族に病の者が居るときけば、目に涙を浮かべ、祈りを捧げてくれる。
一方、村長達は祭りを監視するように見廻りながら、人々と積極的に関わることはない。まるで、面倒を起こさないようにと見張っているように見える。
「茉更!」
突然、男性の声が茉更を呼んだ。聞き覚えの無い声だ。振り替えると、そこには長身の20代くらいの若者が立っていた。細い瞳は鋭く、決して美男ではないが、骨格がしっかりとしており、男らしい顔立ちをしている。
「えっと....」
「あの方は最近、最年少で村長に就任した尾鹿奈様です。」
誰かわからず戸惑う茉更に、董太が耳打ちした。(尾鹿奈、そうだ!尾鹿奈だわ!)
茉更はすっかり大人になってしまった幼なじみの変貌に驚いた。
「久しぶりだ、7年ぶりだな。お前が次期神子に選ばれ、俺が村の外に遊学に出てからだから。いつか会えるだろうと楽しみにしていたが、まさか俺も村長なるなんてな。これからは長い付き合いになりそうだな。」
尾鹿奈は真っ白な歯を見せて、大きく笑った。
「ずいぶん、大人になってしまったのね。わからなかった。あなただったのね。遊学からはいつ帰って来たの?」
「2年前だよ。帰って来たと同時に、親父に決められた人と夫婦になってな。色々と忙しかった。神子にならなければ、本来はお前と俺が夫婦になるはずだったのにな。」
「親の決めた許嫁だっただけよ。神子になってなくても、私にはあなたに嫁ぐ力なんてなかったわ。」
(そう、尾鹿奈はいつも優秀だった。両親は彼をとても気に入っていたっけ。私より4歳も上の彼は遠い存在に思えたものだわ。それにしても、まだ許嫁の話を覚えていたのね。)
「ご両親のことは不幸だったな。まさか、茉更が社に入ってすぐに火事に遭われるとは....助からず残念だった。」
尾鹿奈の言葉を聞き、董太の目が一瞬動揺した。それはあまり周囲には知られていないことだった。
「両親は私が後継者に選ばれて、とても喜んでいたわ。最後に少しだけ親孝行ができたのがせめてもの救いよ。」
「茉更のご両親は素晴らしい方たちだった。家族になれず残念だったよ。それにしても、今日の君は一段と綺麗だね。その白い花もよく似合っているよ。」
茉更は顔を赤くした。自分でも押さえられず、火照っていくのがわかる。
(だめ、赤くならないで!不自然でしょう!)
「尾鹿奈様。そろそろ、茉更様は移動の時間かと。」
董太が意図せず助け船を出してくれたため、茉更は冷静さを取り戻すことができた。これではまるで、元許嫁に褒められて照れているように見られてしまう!
「尾鹿奈、ありがとう。この花は大切な人に頂いたの。褒めてもらえて嬉しいわ。いずれ私とあなたは神子と村長という立場で、村のために生きる身ですもの。懐かしい思い出を分かち合える友達がいて心強いわ。正式な神子になった時はよろしくね。」
「友達....か。そうだな。これからまた社で会う機会も増えるだろう。また話そう!」
茉更と尾鹿奈は手を振り、別れた。董太は彼の存在を以前から知っていた。尾鹿奈は非常に優秀で勉学に長け、武道も並みのものでは敵わない腕前だとの噂がある。家柄も良く、爽やかな風貌と親切で情のある人柄が認められ、最年少で村長の一人に選ばれた人物だ。
二人が別れてから、しばらく歩いた後に、董太は視線を感じて振り向いた。
そこにはまだ尾鹿奈が居た。遠くなってもまだこちらを見ている。表情は見えないが、身動きせず見続ける様は異様に感じる。
(茉更様を見ているのか。)
董太は不穏な気持ちになった。しかし、特に危害を与える様子もないので、それ以上は詮索しないことにした。元許嫁の二人である。自分が関わってはいけない何かがあるのかもしれない。だが....
何かが胸に引っ掛かり、それが何かは董太にはわからなかった。
夢見のイルスカ 小米波菜 @hanakogome102
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