第16話 対峙
あの夜から一週間。僕と恵美はすっかり雪解けし、久しぶりに家の中で笑い声も飛び交った。
今日は休日なので、仙台まで出掛けることになっていた。
準備を進め、家を出た時だった。
殺意にも似た鋭い視線が僕の身体に突き刺さった。
僕はその視線からは目を背け続けたが、恵美はその目線に敢えて向かっていった。
「何か?」
「貴方が東健二郎の奥様ですか?」
「そうですが何か?」
「まだ離婚しないんですね。彼は私と再婚すると仰ってましたよ?」
「な、何の話ですか?それにあなたは夫の何ですか?」
「それは健二郎さんに聞いて下さい。」
「あなた、一体どういうことよ?」
「いや、その…」
「健二郎さん、あなた私を昨日愛してくれましたよね?」
「ま、まさか浮気したの?」
「えっとその…」
恵美は僕の頬を思い切り叩いてきた。口内に鉄の味が広がった。
収拾が付かなくなってきたので一旦二人を自宅に招き入れた。
「健二郎、裏切ったのね。最低。」
恵美の目には涙が浮かんでいた。
「奥様、そもそも貴方が健二郎さんを苦しめていたのではないですか?私は健二郎さんを助けてあげただけです。自分の振舞いを反省されては如何ですか?」
「やかましいわ、泥棒猫!」
恵美はさつきに襲い掛かり、思い切り髪を引っ張り上げ、何度も平手打ちを喰らわせた。
さつきも黙っておらず、恵美を押し倒した。
二人は暫く揉み合いとなった。呆然と立ち尽くしていた僕も、我に返って止めに入った。
「そもそもお前が悪いんじゃ!こんな泥棒猫に誑かされるから。」
「ホントそう。今の健二郎さんなんか情け無いです。見損ないました。」
一転して二人から攻勢を仕掛けられ、何も言えずに狼狽えるしか無かった。
二人も冷静さを取り戻し、テーブルに座って話し合うことにした。
「健二郎、もう離婚しましょう。もう付いていけない。」
「ち、ちょっとそれは…」
「笑わせないで。不倫しといて何その感じ。」
恵美は冷たい微笑を浮かべながら家を出てしまった。
さつきと二人きりになったが、気まずさもあり、長らく沈黙が流れた。
「…健二郎さん?」
「あ、ああごめん。色々と迷惑かけちゃったね。」
「あなた何なの?中途半端なことして。離婚もせんとズルズルして。約束したよね?ハッキリ言って見損なった。もう連絡してこないで。」
「い、いやちょっと…」
「なんじゃ貴様!人をバカにするのも良い加減にしろ!そら嫌われるわ。」
さつきはそう吐き捨てると、サッサと出ていってしまった。
誰も居なくなってしまったリビングの床にしゃがみ込み、暫く項垂れていた。
一人で過ごす家は、途轍もなく広く感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます