第13話 回想4

ジリリリリッカチッ。時計を見ると出発時間ギリギリだった。

 布団から飛び起きた僕は、急いで着替え、家を飛び出した。

 今日は絶対に定時で上がらなければならない。群馬から尋ね人がやってくるからだ。

 今日、人生における一大事もある。失敗は許されない。何故なら…

 ちょっと待て。腹が減った。急いでいたから朝食を抜いていた。

 近くのコンビニでパンとコーヒーを買い、再び市役所まで急いだ。

 職場に到着すると、既に僕以外のメンバーが集結していた。

 「健二郎、ギリギリじゃん。髪もボサボサだし。寝坊したんだろ?」

 同期の長南が揶揄ってきた。

 「間に合ったしいいだろ。」

 「別にいいけど。てかなんか様子がおかしいな。何で今日そんなにソワソワしてんの?」

 「まあ、定時で上がりたいし今日は」

 「今日は?それまた何で?デートか?」

 「彼女と会うんだ。群馬から来るからさ。」

 「なるほどね。そろそろ結婚とか考えないの?」

 「ま、まぁ近いうちには」

 「なんか歯切れ悪いなぁ」

 喋っているうちに、朝礼になった。

 その後は順調にこの日の仕事を進めていたが、トラブルが発生して定時で上がることは出来なくなった。こういう日に限ってトラブルに見舞われる。

 恵美に少し遅れる旨連絡を入れ、急いでトラブル処理に集中した。

 何とか仕事を終え、ダッシュで集合場所のレストランに到着した。

 恵美は薄い紫のブラウスに白のふんわりとしたスカートの出たちだった。

 「ごめん、仕事でトラブルがあって。」

 「ふーん、まぁ、いいけど?」

 小さく腕を組み、唇はやや尖っていたが、なんとか許してもらえた。

 レストランの店内に入り、座席に着くと、若干気持ちは落ち着いてきたが、今度は慣れないレストランの雰囲気に呑まれ、表情は強張った。

 「どした?緊張してんの?」

 恵美が僕の様子に気付いたのか微笑みかけてきた。

 「うん、普段こんな場所来ないからね。」

 僕は無理矢理笑顔を作った。

 「恵美はよく行くの?」

 「うん、友達が美味しいお店を一杯知ってて、そのおかげかな。そんなに固くならずに、リラックス。」

 恵美が気を遣ってくれたが、固くなっているのは店に慣れないからだけでは無い。

 僕のそんな雰囲気を感じ取ったからだろうか。コース料理が運ばれてきた。

 恵美は自然といただきますポーズになるくらい感激していた。

 僕は料理を口に運んだが、緊張からか全く味を感じられなかった。

 恵美の方に目を移すと、一口毎に瞳を閉じて味わっていた。ホントに美味そうに食べるなこの娘。

 料理がひと段落し、いよいよメインイベントだ。緊張で手汗が滝のように溢れ出し、震えが出てきた。

 「あ、あのさ。」

 恵美は不思議そうに僕の顔を見つめた。僕は覚悟を決めた。

 「僕と結婚してください。」

 言った。もう頭が真っ白で感情が無くなっていた。

 恵美は言葉を発することはなかった。代わりに涙が頬を伝っていた。何とか落ち付きを取り戻すと、黙って頷いた。

 背後から拍手が聞こえた。振り向くと、居合わせた二組のお客さんが此方を笑顔で迎えてくれた。

 二人だけの世界に浸っていた僕達はハッと現実に帰還した。

 拍手に応えて会釈をし、二人手を取り合った。

 店員さんがお祝いのケーキを持って来てくれた。実はプロポーズが成功したら持って来てもらうよう頼んでいたのだ。

 食いしん坊の僕達はペロリとケーキを平らげた。

 こうしてお店を出た僕達は、自然と手を繋いで歩いていた。夜が更けた鶴岡は交通量も減り、心地良い静寂に包まれていた。時折聞こえる蛙の鳴き声が地面に跳ね返り、昼間よりハッキリと感じられた。

 歩いているうちに、僕達はどちらからともなく夜空を見上げていた。

 眼前に広がる夜空は一点の曇りも無く、小さな星達の輝きを引き立てていた。

 僕達は顔を見合わせて微笑みあった。

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