第12話 回想3

「必要書類はこれでよし、と。」

 公務員試験の願書を書き上げた僕は、自宅近くのポストに投函した。

 地元の市役所が第一候補だ。それなりに対策はしてきているから気を緩めずに進めていけば落ちることは無いだろう。

 そんなことを考えながら帰路についていたが、ふと恵美の顔が浮かんだ。彼女は進路どうするんだろう?多分地元の県庁だったような…

 帰宅した僕は直ぐに恵美に電話した。

 「もしもし?」

 「健ちゃん?どうしたの?」

 「いや、何してるのかなと。」

 「?ゴロゴロしてたよ。」

 「そっか。そういえばさ、恵美ちゃんは進路とかもう決まった?」

 「あー。やっぱり地元の県庁かな?地元がいいしね。健ちゃんは…やっぱり地元ね役所だよね?」

 「そうそう。念のため確認したくてね。」

 「そっか。まぁ遠距離でもいいじゃん。たまに会いに行くし。」

 「そうだね。」

 その後はたわいも無い話で盛り上がった。

 電話を切ると、一瞬にして静寂の現実が押し寄せた。何気なく遠距離になるという話だったが、実際に自分には耐えられるだろうか。寂しがりの健ちゃんとしては辛いところだ。また、恵美はモテるだろうから浮気も心配だ。…って考えたらキリが無いな。

 一先ず忘れるために、冷蔵庫を開け、缶ビールで余計な雑念を洗い流した。


時は過ぎ、ついに取り損ねていた単位を全て取得することができた。市役所からも内定をいただいたので、開放感に包まれた。

 恵美も県庁から内定をいただいていたので、お祝いとして飲みに出掛けることにした。

 新宿で合流となるが、少々早く来てしまったので、近くのパチンコ屋に寄ることにした。

 この日は絶好調だったが、パチンコ屋を出てスマホを見ると、恵美が到着したよとメッセージを送って来ていたので、泣く泣く断念して店を出た。

 集合場所はパチンコ屋のそばだったので、恵美はすぐそこにいた。

 「ごめんね待たせて。」

 「いいよ、着いたばかりだから。早くお店行こ。」

 歌舞伎町に足を踏み入れ、少し歩いた所に小さな居酒屋があったので店内に入った。

 店内は四、五人ほど客がいたが、それほど混んでいる様子は無かった。

 早速ビールを注文し、メニューと睨めっこしていると、恵美が僕の顔を覗き込んできた。

 「うわ、どした?」

 「えへへ。メニュー見てる健ちゃん可愛かったから。」

 恵美は満面の笑みで僕を見つめた。やっぱり可愛いわ。ニヤニヤが止まらなくなったので再びメニューに視線を戻した。

 そんなこんなしているうちに、ビールが到着した。

 乾杯した僕らは互いにグビグビ喉を鳴らしながらビールを飲んだ。

 「美味しいね。頑張った甲斐があったわ。」

 「そだね、一杯食べよ。」

 料理も次々に運ばれて来たので、互いに黙々と食べ続けた。

 お腹が満たされたあたりで、恵美が紅く染まった顔を此方に向けて話し始めた。

 「ねえ、私達の将来のことは考えてる?」

 「もちろんだよ。でもお互い仕事が落ち着いてからじゃないかな?」

 「まあそうだよねー。もし結婚とかなったら私が健ちゃんの方に行くのかな?」

 「いやいや、話し合って決めたらいいじゃない。」

 「でも、健ちゃんは地元がいいよね?」

 「出来ればだけど、そんなに拘ってはいないよ。」

 「ふーん。分かった。」

 それっきり恵美は将来の話題を出すことなく、たわいも無い世間話に終始した。

 僕としては漠然と考えていた恵美との将来。いきなり現実に向き合うこととなり、何となく酔いが覚めてきたのが分かった。

 その後も食べ続けた僕達は、すっかりお腹がパンパンになっていた。

 重たくなった体を無理矢理起こし、会計を済ませて店外に出た。

僕よりもすっかり出来上がっていた恵美は、ピッタリと僕の左腕にしがみついていた。近くにはホテルがある。全てを察した僕は、恵美をホテルの方向に誘導した。

 ホテルに着くと、恵美は僕の体に巻き付いてきた。僕もそれに応えた。

 翌朝、僕達は全裸でベッドに寝ていた。記憶は殆どない。一先ず冷蔵庫を開けて、ペットボトルの水を流し込んだ。

 トイレから出た頃、恵美も目を覚ましていた。

 「おはよ。」

 恵美は目を擦りながら大欠伸をしていた。

 そこからはお互い何故か無言で帰り支度を済ませてホテルを出た。

 朝の歌舞伎町は床面にゴミが散乱し、反比例するように人は殆ど歩いていなかった。

 歌舞伎町を抜けて、朝食を済ませて西武新宿駅までやって来た。

 階段を登ろうとした時、恵美が服の裾を摘んできた。

 振り向くと、恵美は目に涙を溜めて僕を見上げていた。

 僕は恵美を優しく抱き寄せた。

 ガラガラな電車に乗り込み、ゆっくりと帰路についた。恵美はずっと車窓を眺めていた。

 中井に到着すると、恵美はゆっくりと車外に出た。

 恵美は殆ど表情を変えずにゆらゆらと手を振っていた。僕も振り返した。

 恵美が去り、改めて車内を見渡すと、僕以外には二人しか乗客は居なかった。

 踏切音や車内アナウンスが虚しく僕を包み込みながら列車は進んで行った。

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