第10話 回想
僕は前年、病気で入院することになり、留年してしまった。二度目の大学四年生。とはいってもあと数個単位を取れば卒業できるのだが。
何となくやる気がしないまま、単位が取れていないゼミを受講していた。
授業がつまらなかったこと、前日のバイトの疲労が抜けていなかったことで、講義をぼんやりと右から左に受け流していたところ、右側から女性の声がした。
「すみません、隣座っていいですか?」
振り向くと、セミロングの黒髪の女性が僕の顔を覗き込んでいた。
「ああ、どうぞ。」
「あの、あまりお見かけしたことが無かったんですが、どの学部ですか?」
「教育学部ですよ。」
「え?私もなんですけど、何で見たこと無かったのかなぁ。あ、自己紹介してなかったですね、白石恵美です。」
「いや、留年したんです。だからホントは一学年上ですよ。」
「あぁなるほど。」
こんな感じで講義そっちのけで話し込んだ後、講義終わりに連絡先を交換した。二人ともこの後は予定が空いていたので、飲みに行くことにした。
大学の最寄駅前に行きつけの居酒屋があったので、そこに入ることにした。
「カンパーイ!」
「カンパーイ!今日はありがとうね。」
「いえいえ、東さんともっと喋りたかったんで。」
そんなこんなで楽しく飲み、お互いに大分酔いが回ってきたところで、恵美が据わった目で話し始めた。
「あのね、実は私三年付き合ってる彼氏がいるんだけど、最近浮気されてさ。たまたま知らない女と手を繋いでいるとこ見た。」
「なんじゃそれ。本人に問い詰めたりしたの?」
「軽くは言ったけど、めっちゃはぐらかされた。それ以上は言えなかった。」
恵美の目には涙が溜まっていた。
「ひどいなそれ。別れた方がいいんじゃない?強制する訳にはいかないけど。」
「…うぅっ」
恵美は堰を切ったように泣き始めた。その姿は小動物のように小さく見えた。
僕もこれ以上は何も言えず、すっかり酔いも覚めていた。
暫くの間恵美の背中を摩って落ち着くのを待った後、会計をして店を出た。
精神的に不安定になったのと、酔いがまだ回っていることが重なって、恵美はまだふらついていた。
コンビニで水を購入して飲ませて、ゆっくり歩きながら回復を待った。
ふらつきが大分改善されてきたので、恵美の最寄駅まで同行することにした。
地下鉄を経由して高田馬場で西武線に乗り換えた。恵美の最寄駅は中井だ。
車内での恵美はずっと俯いていた。とてもじゃないが話しかけられる雰囲気ではなかった。
電車内の割に静寂のまま中井に到着した。僕達は無言のまま改札を出た。
「お家まで送るよ。タクシーでも呼ぼうか?」
「いや、歩ける距離だからいい。今日は一緒にいてもらってもいいですか?」
「いや、でも彼氏さんに悪いよ。」
「もういい。別れる。東さんと一緒にいたい。」
僕は根負けする形で恵美宅まで一緒に歩いた。
室内に入ると、恵美が抱き付いてきた。
ビックリして恵美を見ると、既に目を閉じていた。全てを察した僕は恵美の唇を奪った。
暫くして寝室に恵美を連れて行き、ベッドに寝かすと、既に恵美は眠っていた。
ほんの少しその先の展開を期待していただけに、消化不良だったが、気持ちを切り替えて布団を被せて恵美宅を出た。
小走りで中井駅に急ぎ、丁度良いタイミングで列車に乗り込むことが出来た。
武蔵関で降り、自宅に戻ると、消化不良感と疲労が入り混じって寝たいのに寝られなかった。
ベッドで横になりながら、自分の気持ちを整理した。
勢いで恵美ちゃんとキスをしてしまったが、それで良かったのだろうか。
確かに良い娘であるとは思うが、それが恋愛感情なのかははっきりしない。でもキスまでしてしまったし、どうなるんだろうか。そもそも恵美ちゃんは泥酔していて覚えていない可能性もある。正直、脈なしの可能性すらある。
様々な考えが頭を駆け巡り、眠れない無限ループに陥った。
気が付けば朝になっていた。
眠たい体を無理矢理起こし、近くのハンバーガー屋でモーニングセットを摘んだ。
朝食後も尚気持ちのモヤモヤは晴れないまま電車に乗り込んだ。
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