第3話 絶望感

翌朝、まだ外は薄明色であったが目が覚めた。恵美はまだ起きていないようだ。

 ゆっくりと体を起こし、キッチンへと向かい、パントリーと睨めっこした。

 パンが何枚かあるな。今日はフレンチトーストを作ろう。

 寝惚けた瞼を擦りながら、トーストの準備を進めていった。

 もう少しで完成…のタイミングで恵美が降りてきた。

 リビングに入っても僕には一瞥もせずに椅子に腰掛けた。

 丁度フレンチトーストが完成したので、恵美の元に持って行った。

 「食べてよ」

 「ありがと」

 相変わらず目が合うことは無かったが、何とか食べ始めてくれた。

 僕の分も準備し、食べ始めた時、恵美が口を開いた。

 「あのさ、来週の土日群馬に帰ってもいい?」

 「え、あっあぁいいよ。分かった。」

 「このまま此処に居ててもストレス溜まるだけだし、ちょっとリフレッシュしようかと思って。」

 「そっか。楽しんで来てね。」

 恵美は小さく頷くと、再びフレンチトーストを口に運んだ。

 それから会話は無かったものの、久しぶりにポジティブな会話が出来たこともあり、心の重しは少し取れた感覚になった。

 食べ終えた恵美は真っ直ぐ寝室に戻っていった。

 食器を片付けた僕は、昨夜から散らばったままの階段の片付けを始めた。

 本来なら面倒臭い作業だが、今の複雑な状況を忘れるには丁度良い。

 無心で作業を終え、ふと時計を見るともうすぐ九時だった。

 どうせ会話が無いならパチンコに行こう。

 急いで身支度を済ませて、車でパチンコ屋まで向かった。


土日が過ぎ去り、先週と同じ様に病院へ向かった。

 病院に到着し、いつもの業務をこなし、昼休憩の時間となった。

 昼食を摂りながら携帯を眺めていると、同期の長南から着信が入った。

 「もしもし?」

 「お疲れ。健二郎さ、金曜日空いてるか?」

 「ああ、多分空いてるけどどうした?」

 「同期にさつきちゃんっているじゃん?今月で退職するんだって。だからさ、送別会しようと思うんだけど来る?」

 「マジか。うん、行くよ。」

 「じゃあ金曜日にいつものリブレで。」

 さつきちゃん辞めちゃうのか。僕の同期で童顔の可愛い女の子で、密かに好きだったのにな。まあ、出会った頃は既に恵美と付き合ってたから別にどうってことはないんだが。

 その後の昼食は何故か動悸が襲って来て碌に味も分からなくなった。

 仕事に戻って来ても尚動悸は続き、ミスも連発してしまった。

 「東くん、今日どうしたの?落ち着きが無い感じがするよ?」

 僕の様子を見兼ねたのか、婦長の鈴木さんが声を掛けてくれた。

 「いやいや、全然何ともないですよ。心配してくださってありがとうございます。」

 「何?奥さんと喧嘩でもしたのかい?」

 「まさか。」

 鈴木さんは悪戯な笑みを浮かべて戻っていった。

 何にせよ、早く落ち着かないと。それに、僕は既婚者だ。何を動揺することがあるのか。そう自分に言い聞かせながら、残りの仕事を進めていった。

 仕事が終わり、帰りの駐車場で恵美にLINEを入れた。

 「金曜日に同期の送別会があるから行ってくるよ。」

 直ぐに返信が来た。

 「勝手にすれば。どうせ金曜日は有給取って早めに群馬に行こうとしてたし。」

 初耳だった。もう相談もしてくれなくなったか。夫婦仲が冷めきっていることが再認識された。

 帰りの車内。いつもよりもアクセルの調子が良い様に感じられた。別に期待しても何も無いことは分かっているが、体内に迸る熱情はどんどん火力を上げていた。

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