第5話 (逆)ハーレム体験終了


「ヴィオラ嬢……? 今日はレナと一緒じゃないのか」


 私達はいつも大体決まった位置で食べていたから、その近くを探すとタイラー様はすぐに見つかった。もう食事も終えて談笑していたようだ。


「ええ……タイラー様、この後少しお時間ありますか? 二人きりでお話したい事がありまして」

「ああ、構わないが」


 スッと立ち上がったタイラー様をあまり人がいない建物の裏へと誘う。万一気まずい状況になってしまった時に誰もいない方が誤魔化しやすい。


(まずお願いしてみて、反応を伺って難しそうだったら一旦引き下がって……)


 昨日から何度も繰り返し脳内で告白練習した。


 私の事情はタイラー様もご存知だ。もし困惑の表情を浮かべられたら『すみません、私ったら焦ってしまって――』って引き下がれば卒業を間近に控えて切羽詰まっているのだと思ってくれるだろう。


 最後の脳内練習を終えた頃には一節前にシュゼムに連れてこられた建物の裏に着いていた。周囲は木々に覆われていて散歩でここを通るような生徒や教師もいなさそうだ。


 振り返るとちょっと困惑した様子のタイラー様が視界に入る。


「ヴィオラ嬢、話とは……?」

「あ……あの、タイラー様は今、婚約者などはいらっしゃらないのですよね……?」

「あ、ああ……」

「でしたら……その、もし良かったら、私と交際して頂けたら」


「駄目……!!」


 私の告白は、レナの悲鳴に近い叫びに遮られた。


「れ、レナ……!?」


 動揺が解けないうちにツカツカと歩み寄ってきたレナに突撃されて――ギュッと抱きしめられた。レナは私より頭一つ背が低いから思いっきり私の胸にレナの頭が埋もれる形になる。


 ――何? 何なの? 一体今、何が起きてるの?


「ヴィオラ、ごめん……! 私、貴方の気持ちがよく分かった。でも、タイラー様だけは駄目、駄目なの……!! 私も……私も、タイラー様の事が好きだから……!!」


 周囲がレナの魔力で構成された障壁に包まれる。この感覚――防音障壁?


「ごめん、ヴィオラ、タイラー様に告白しようとしてたのに、私……本当にごめん……!! せっかく相手を惹き付ける薬を使ってタイラー様と仲良くなれたのに、台無しにしてごめん……!!」

「ちょっ……!!」


 謝罪の中でとんでもない事を暴露されて反射的に声が出そうになった所をより強くギュッと抱きしめられる。


 一体何なの――!? と思ってレナの頭を睨んだ時、レナが顔を上げた。


 レナの顔に言葉を詰まらせる。顔も目も赤く、とめどなく涙が溢れてでいる。酷く眉を下げて涙で潤んだ大きな瞳はしっかりと私を見つめていた。


「ごめんね……! 私ももっと真剣にヴィオラと一緒になってくれそうな人、一緒に探すから! 本気で寄り添わなくて、ごめん……!! ヴィオラは心の底から追い詰められてたのに、助けを求めてたのに、私、全然気付けなかった……!!」


 痛々しいレナの声も、潤んだ瞳もボロボロこぼれ落ちる涙も、震える口元もタイラー様の前で見せる演技なのか、本気なのか、わからない。


「……話が見えないのだが」


 すみませんタイラー様、私も見えません――ただ、凄く低い貴方の声が怖くて、貴方の顔も見れません――


 惚れるかも知れない薬を盛った事、絶対聞かれた――サアっと血の気が引く中でレナの言葉が響く。


「いっ……一節くらい前、私達がタイラー様達に飴玉を贈った事、ありますよね? その時ヴィオラは皆を惹き付ける薬を飴玉に紛れ込ませてたそうなんです……!」


 ああ、完全に終わった――もうどう言い繕う事もできない状況に全身の力が抜けていく。


「それ聞いた時、私も何で? って思ったんですけど……でも、もうすぐヴィオラは卒業だし、そしたら村長の息子さんと結婚しなきゃいけないんだって思ったら私、ずっと他人事だったなって……それに、私、タイラー様達と話してた時、ヴィオラにこんな嫌な表情向けてたんだって……そりゃあヴィオラに嫌われても仕方ないって反省しました……」

「レナ、君はずっとヴィオラ嬢を気にかけていた。けして他人事のようには見えなかった。それに俺は、君がヴィオラ嬢に嫌な顔をしている姿など一度も見た事無い……!」


 私もない。レナからあからさまに嫌な表情を向けられた事なんて一度もない。それに、レナは何度もしつこい位に私の事情を皆に伝えてくれていた。


(他人事、なんかじゃなかった)


 レナに対して罪悪感を抱き始めたと同時にタイラー様の冷たい視線が刺さり、更に血の気が引いていく。

 嫌な汗が滲み出て――気が遠くなりそうな感覚を覚えて――あ、これ、駄目だ。


 タイラー様が皆、報告するんだ。それで、シュゼムがいなくなった時みたいに、私、また、一人ぼっちに――


 足元が震えて、おぼつかない。今にも座り込んでしまいそうな状況をレナに支えられる。こぼれ出そうになった嗚咽はレナの胸に塞がれた。


「ヴィオラ、大丈夫だから。タイラー様は皆に言いふらすような人じゃないよ。ヴィオラもタイラー様がそういう人だから告白しようって思ったんでしょ?」


 確かに――タイラー様から、これまで誰の悪口を聞いた事もない。


「でも、この状況で軽蔑されない方が、おかし……」

「……もしタイラー様がヴィオラを軽蔑するなら、私はタイラー様を軽蔑し返すよ?ヴィオラを守るよ? 色々言いふらされたらずっと傍でヴィオラを守るから。村に帰らなくてもいいよ。私が頑張ってヴィオラを養うから!」


 ぎゅうぎゅう抱きしめられてもう何が何だか分からなくなってきた。恥ずかしさもある、何だか目眩もしてきた、けど――


「タイラー様、ヴィオラは何も悪い事してません! もしヴィオラを軽蔑なさるのであれば、ヴィオラを助ける事が出来なかった私も軽蔑なさってください!」


 レナは、今――私を庇ってくれている。何でか分からないけど、さっき好きだって言ってた人を軽蔑し返す、とか言ってる。私を守るとか、言ってる。


「……俺の事を好きだと言った口でヴィオラ嬢を軽蔑するなら自分も軽蔑しろ、とは……全く、君は本当にとんでもない人だな」

「おかしいですか? 私、人を軽蔑しないタイラー様だから好きなんです。私の親友を軽蔑するタイラー様なんて、好きじゃないです」

「……親友?」


ポツリと呟いた言葉にレナが満面の笑顔を向けてきた。


「そうだよ、ヴィオラは私の親友だよ?」

「ほ……本当に? 親友って、親友だよ? 友達よりも凄いやつよ? そんな簡単に親友って言ったら、駄目じゃない……!」

「簡単に言ってないよ?」


 ムッとした様子のレナに戸惑う。でも、だって――


「だって……親友って、ずっと一緒にいてくれる人の事を言うのよ? 利用価値がないからって、嫌な事したからって、気に入らないからって、つまらないからって離れていったりしないのよ?」

「ヴィオラ、私から離れた事あった?」

「……無い、けど」


 一緒に勉強するようになってから、ずっと一緒だった。食事だって寮に行くときも帰る時もレナはずっと一緒だった。


「それじゃあやっぱりヴィオラは私の親友だよ。私が貧民だからって皆に避けられて、馬鹿にされて辛い時に声をかけてくれて、それからずっと傍にいてくれた大切な親友」


 堪えていた涙がポロッと溢れ――一粒こぼれ落ちたらもう、止まらない。


「……ごめ、涙が、止まらな」

「いいよ、こんなの魔法でいくらでも乾かせるし、防音障壁も張ったから。泣いて楽になれそうならいくらでも泣いていいよ。タイラー様の事もそうだけどヴィオラにここまで辛い思いをさせてしまって……本当にごめんね、ヴィオラ」

「レナ……レナぁあああああ!!」


 レナにまたぎゅっと抱き寄せられる。優しい声と温かさが私の崩壊しかかっている涙腺をとうとう壊した。


 村の中では泣けなかった。お父さんやお母さんやアトモスさんに心配かけるから。

 学校でも泣けなかった。泣いたって誰も私の事を心配してくれる人なんていないから。馬鹿にされるだけだから。


 だけど――本当は、ずっと、泣きたかった。

 泣いた時に寄り添ってくれる友達に――ずっと憧れていた。


「私も、私もごめん……ごめんねぇ……!!」


 わあわあとみっともなく嗚咽をあげる私をレナはずっと抱きしめてくれていた。見上げるとレナはじっと私だけを見て目を潤ませてる。


 誰からも見られない、その状況で私に向けられる微笑みがレナの気持ちの全てだった。


 散々泣いた後、まだまともに顔を挙げられないながらも何とか立ち上がる事が出来た私に落ち着いた声が落ちてくる。


「……ヴィオラ嬢。君のやり方には思う所はあるが、私もレナ同様、君の境遇に真摯に向き合わなかった。私自身、そう友人が多くない上に既に婚約者がいる者が多くてな……男女の仲を取り持つという器用な真似もできないと諦観していた。その結果君が追い詰められたのであれば、私にも非がある。大事にするつもりはないから落ち着いてくれ」

「……申し訳ありませんでした」


 怒りを帯びていない声に安堵しながら、タイラー様に深く頭を下げる。


「ヴィオラ、薬の効果っていつまで続くの?」

「シュゼムの話じゃ、2、3日後くらいには、切れるって……」

「そっか……ね、ヴィオラ、タイラー様以外の人なら私本当に応援するからシュゼム先輩にまた相手を惹き付ける薬もら」

「レナ」


 レナの陽気な声はタイラー様に遮られた。彼女をやんわりと諫めるような穏やかな呼びかけの後、タイラー様は呆れたように一つため息を付いた。


「……他の3人のうち誰か1人でも薬を飲まされた事に気づいたら大事になりかねない。君達は知らないだろうが、4人同時にヴィオラ嬢が気になるようになった事に疑いを持っていた者もいる。もうその薬は使わない方が良い」

「……はい」

「それにしても、シュゼム……薬学部3年首席のキャクタス卿か。彼にも事情を聞いた方がいいな」

「あ、あの、彼は悪くないんです……!」


 私はまだ切羽詰まった理由があるから同情されてるけど、シュゼムの場合は完全にハーレム研究の――私利私欲のふざけた理由だ。


「私が、困ってるから、だから、シュゼムは……」


 ほぼ平民の、後継ぎでもない令息なんて、高位貴族に目をつけられたら殺されたっておかしくない。

 何でだろう? シュゼムが死んじゃうかも知れないと思うと、涙がまた溢れてくる。


「ど、どうしたのヴィオラ!? またギュッってしようか? あっ! 目が腫れてきちゃってる! 痛くない!?」


 レナの温かな癒やしの力が向けられて、目のヒリヒリした痛みが溶けるように消えていく。でも、涙は止まらない。

 タイラー様は渋い顔をしているけれど敵意も悪意も感じなくて、レナは心配そうに私を見つめて。


 そんな2人の向こう――困っているのか、苦笑いしているのか、よく分からないシュゼムが見えた。


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