第4話 (逆)ハーレム体験
その日の授業はあまり頭に入らなかった。放課後、レナが男達から魔法を教えてもらうのに付いていく気力もなく、体調が悪いと告げて学生寮の自分の部屋に戻ってきた。
ベッドに、ワードローブに、机にテーブル、灰色の薄いカーテン――とても令嬢が使っているとは思えない程殺風景な部屋。
裕福な令嬢は自分に充てがわれた部屋を色々飾り立ててるのかも知れないけど、ど田舎の貧乏令嬢にそんな余裕があるはずもなく。
元々あった家具と支給されて教科書と最低限の衣服だけがある簡素な部屋の中で
シュゼムから貰った惚れ(るかもしれない)薬が入った小さな布袋を机の上において、冷静に考えてみる。
後2節の内に恋人ができなかったら、村に帰ってアトモスさんと結婚しなきゃいけない。
シュゼムの言う通り、何の取り柄もない私にとってこの薬は一発逆転のチャンスにだ。
最終的に売られた喧嘩を買ってしまったような気がしないでもないけど――今改めて見るとどす黒い感情が心に滲み出す。
(シュゼムの言う通り、レナを好いてる男達にこれを飲ませればレナの本性が分かるかも……)
いつもレナは笑顔で優しい。でもそれは、男達にちやほやされる為の演技だとしたら?
村の女の子達だって私が1人でいる時は冷たい視線を向けて嘲笑うのに、シュゼムといる時は優しく接してきた。
シュゼムに好かれる為にシュゼムの前で優しい女の子を演じていたのは明らかだ。
レナも彼女達と同じだとしたら?
アベンチュリン領にもレナと同じ貧民や、貧民達が集まった村がある。村の大人達は彼らを警戒していた。貧民は人を騙し、陥れる事を厭わないからと。
私を孤立させた意地の悪い子達は平民。だけどレナはそれ以下の貧民だ。
もし自分にとって都合が悪い人間が現れたら、村の子達みたいに私にだけ棘を刺してくるかもしれない。
(それならそれで、何だかスッキリしそう……それに、好きな人がいないんなら私がもらったって良いじゃない)
『実はね、私……』って打ち明けられてたならともかく『まだよく分かんない』と首を傾げる相手に何を遠慮する事があるんだろう?
レナは気づいているのだろうか? 自分に向けられる視線と、私に向けられる視線の違いに。愛想笑いの中にある、お前と話したい訳じゃないんだよ、って悲しい視線に――
(レナも、ちょっと位、私みたいに惨めな思いをすればいいのよ)
何も陥れようって訳じゃない。レナを想っている男達の気を少し引いて見るだけ。それでこっちに惹かれてくれたらもらうだけ――
そう思うと勇気が出てきて、袋を開くと白味がかった飴玉が4粒入っていた。
(……魔力を込めろ、って言ってたわよね)
指示通りに飴玉に向けて魔力を込めてみると、微かに灰色がかった青緑に染まった。
シュゼムの言う通り、自分の魔力を込めた薬を飲ませるのは簡単だった。
休日にレナを誘って街に行き、大気や大地の魔力を吸い上げて様々な色の実になるマナベリーを何色か購入して飴づくりを開始する。
(魔力を含むマナベリーの飴の中に魔力を込めた薬を紛れ込ませる、なんてシュゼムの発想って本当怖いわ……)
警戒心の強い人なら食べる前に魔力探知をかけて飴に込められた魔力を見抜く。
だからこそ魔力が豊富に含まれているマナベリーの飴に仕込ませる――男達のレナへの好意や信頼も利用した、狡猾な手段だ。
飴づくりの最中に念の為レナにもう一度『今、好きな人はいないの?』と聞いてみたけど、やっぱり答えは『そういうの、私にはまだよく分からないなぁ』だった。
翌日、レナと一緒にラッピングした飴を男達に渡せば皆素直に受け取ってもらえた。
そして、次の日から彼らの私に対する視線が明らかに変わった。
「サイアン嬢……少し雰囲気が変わられた気がしますね」
「そうですか? 特に何もしていないのですが……?」
笑顔で応じてみると、いつもならすぐレナに視線を移すのに、じっと私を見つめてくるのだ。
本当に、私を見てくれてるのが分かってこれまで諦めていた情熱が燃え上がる。
振る舞いには特に気をつけて、相手の話をよく聞いて、考えて――とにかく良い所を、いい感じに振る舞おうと努力した。
その甲斐あって、数週間後には――
「……くしゅん!」
ハンカチで口を抑えくしゃみをするだけで、
「ヴィオラ嬢、大丈夫か?」
「は、はい……大丈夫です」
「ヴィオラ嬢のくしゃみってちょっと可愛い」
「そ、そんな事……」
これまでもそこまで冷ややかな視線ではなかったけど、ハッキリ暖かさを感じる視線、そして自然な名前呼びに私の気分は未だかつて無いくらいに高揚した。でも――
「そうよ、ヴィオラはすっごく可愛いの!」
「ああ、レナの言ったとおりだな」
シュゼムが言った通り、薬を飲んだからって元々のレナへの気持ちは消えないみたいで、レナにも笑顔を向ける。それが凄く――面白くない。
(……今は私が話してるのよ? 何でそっちにも同じ顔するの?)
そんな感情を自覚した時、やっぱり、レナは猫を被っていたんだと思った。
だって、さっきまで私を見ていてくれていた目が他人に向けられている今、私、物凄く面白くないもの。
(……これまでも私に話が振られる度にこんな嫌な感情を押し殺して微笑んでたのね)
微笑まないと男達が逃げていくから。必死に笑顔を貼り付けてたんだと思うと感心する。
せっかく注目してくれている人達の前で私もレナに悪態着く事はできず、嫌な感情を押し殺してレナに優しくする。
そんなふわふわとした感情とドロドロとした感情を抱えながらの数週間は満たされているようで、でも、自分の心が濁っていくようで――良い所を見せ続けないといけない事もあって酷く疲れる日々だった。
でも、そんな甘辛い日々ももうすぐ終わる。薬の効果が後数日で切れるのだ。
切れるまでに私の本来の目的――卒業までに有望な貴族令息に見初められて玉の輿――を達成しないといけない。
4人の中で一番いい感じの人はやっぱり、タイラー様。
艶のある金髪を後ろに流した、体格も顔立ちも良い伯爵令息は言葉数こそ少ないだけど紳士的だし、高等部武術科の最終学年という事もあって皆の中で一番落ち着きがあって、体格もしっかりしていて、頼りがいも安心感もある。
他の3人もけして悪くないんだけど、会話の中で(そうじゃないんだよなぁ)って感じる事がチラホラある。
チェスター様はちょっと自分に酔ってる感じがキツいし、ツィリン様は無意識に下級貴族を見下してる感じがグサグサ刺さるし、テト様は受け身すぎて話題に困るし。
4人の男から優しくされると、あれだけ憧れていた心が落ち着く。そして冷静に相手が自分に合う合わないかが見えてくる。
(焦ってる時はこの中の誰でも良いから……! って思ってたけど、選ぶ側になると選り好みしちゃうのよね)
一体何様のつもりだ、と自分でも笑ってしまう。
(でもそれももうすぐ終わる……タイラー様に告白して、他のお三方は明後日になれば私への関心が無くなって元の関係に戻る)
もう彼らから興味なさげにされても大丈夫だ。私は私に合う人が1人だけ――タイラー様だけいれば良い。
(でも、タイラー様にも興味なさげにされたらどうしよう……その時はまたシュゼムにお願いして薬をもらえばいいかな……卒業までに後1節あるし……)
明日、軽く告白してみて反応を伺ってみて――
「ね、ヴィオラ……明日から昼食は2人で食べない?」
思考が遮られて顔をあげると、困ったような顔をしているレナがいた。夕暮れの教室にはもう私達以外誰もいない。
「……どうして? 誰かと喧嘩でもした?」
「そういう訳じゃないんだけど……あの、ほら、食堂以外の場所でのんびり食べてみたいなって。食堂って結構振る舞いとかマナーとか気をつけないといけないし……」
魔導学院の食堂はかなり広いけれど、生徒の数も多いのでいっぱいになる事も珍しくない。そんな時に中庭や教室でも食べられるよう紙に包んだパンや飲み物などが食堂から離れた場所で販売されている。
人目につかない場所でマナーを気にせずに食べられるのは確かに気楽だけど――
(分かってる……本当はレナは自分だけに注目が集まらなくなったから嫌なんだ)
でも私を省いたら他の男達に悪い印象抱かせちゃうかも知れないから、2人で食べようって言ってるんだ。
やっぱりレナもそうだったんだ。今まで自分がチヤホヤされてたから余裕ぶっていられただけで、笑顔の裏ではやっぱり、今の私みたいにどす黒い感情を抱いていたんだ。
私が彼らの関心を全部奪ってる訳じゃないのに。貧民は平民より欲張りなのは本当なのかも知れない。
やっぱり――って納得感と満足感と、隙間風のような寂しさが押し寄せる。
(……まあ、どのみち後数日で薬の効果が切れちゃうから、いいか)
惚れるかも知れない薬の効果が切れる前に距離を取っておけば、他の3人の違和感も薄れるかも知れないし。
「分かったわ。けど、レナ……私、明日は昼食食べた後、タイラー様に大切な話をしに行くからずっと一緒にはいられないわ」
「えっ……タイラー様と何の話するの?」
食い下がってくるレナに少しイラッとしたけど、ここで黙ってるよりはハッキリ言った方が良いかも知れない。
「……私、タイラー様に告白しようと思って」
「え……」
「ほら、私、もうすぐ卒業だけどまだ決まった相手が出来なくて……でも最近タイラー様と仲良くなれた気がするし、駄目元で告白してみようかなって」
「た、タイラー様の事、好きなの?」
好き――と答えようとして、一瞬躊躇した。きっとこれは恋愛の好きとは違う。だけど恋愛の好きが必ずしも幸せに繋がらないように、恋愛の好きじゃなくても幸せに繋がる事だってあるはずだ。
タイラー様は一緒に生きていくには、これ以上ないくらいに良い人だと思う。
「凄く良い人だと思うわ。この人なら私、幸せになれそうって思うし。レナってまだ好きな人いないんでしょ? 応援してくれるわよね?」
「……う、うん」
レナは凄く戸惑っていたけど止めてはこなかった。それならもう、何の罪悪感もない。
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