第29話
研究施設の仕事内容は極秘のものが大半を締めているはずだ。
家族と言えども、その詳細は知らされていなかったんだろう。
それから私達は寄り添うようにして時間を過ごした。
あと30分ほどで圭太の父親がここへやってくる。
そうすれば、少なくとも自体が動き始めるはずだ。
私はギュッと圭太の手を握りしめた。
こうしている時間があと少しで終わってしまうかも知れない。
そんな、得体のしれない不安に襲われていたのだった。
☆☆☆
車の音が聞こえてきて玄関付近で止まったかと思うと、チャイムが鳴ることもなくドアが開かれる音がした。
「圭太、いるのか!?」
玄関先から聞こえてきた男性の声にハッと息を飲んで圭太から身を離した。
ふたりでリビングへ向かうと、包丁を握りしめた直が待ち受けていた。
直はあごで玄関を刺し示す。
圭太は無言で頷き、ひとりでリビングを出ていく。
「こんなところにいたのか。どうしてもっと早く連絡してこなかったんだ」
「ごめん。充電するのを忘れてて」
「もういい。早く来い」
「ちょっとまって、部屋に荷物があるんだ」
圭太が再びリビングのドアを開ける。
その後ろから大柄な男性がついて入ってきた。
その姿を確認した瞬間、直は飛び出していた。
男性へ向けて包丁を突きつける。
「なんだお前は!?」
油断していた男性が目を見開いて直を見つめる。
直は血走った目で男性を睨みつけ、「ソファに座れ」と、命令した。
男性は躊躇し、視線を圭太へ向ける。
けれど圭太は置いてあったバッドを男性へ向けていた。
「ごめんお父さん。今は言う通りにしてほしい」
圭太の行動に絶句した男性は直に背中を押されてリビングの中へと移動してくる。
そしれソファにストンッと座り込んだ。
「さぁ。今回の件について詳しく説明してもらおうか」
直の低い声がリビングに響き渡ったのだった。
☆☆☆
「こんなことをして、ただじゃ済まされないぞ」
圭太の父親は私達を順番に睨みつけていく。
圭太は一瞬視線をそらしそうになったけれど、それでも懸命に父親を睨み返していた。
「圭太。お前は感染者の味方をするつもりか? どういうつもりだ?」
「俺は感染者の味方じゃない。薫の味方だ」
キッパリと言い切る圭太に胸がドクンッと跳ねた。
こんなときだけれど顔が少しだけ赤くなるのを感じる。
父親の視線がこちらへ向かい、舌打ちが聞こえてくる。
「こんな小娘のためにか」
そう呟く声が聞こえてきて私は奥歯を噛み締めた。
圭太にはもっとふさわしい人がいるとでも言われているような気分だった。
「そんな話はどうでもいい! このウイルスはあんたの研究所が関与してるんじゃないのか!?」
「確かに、このウイルスは研究所で作成したものだ」
あまりにも簡単に肯定されて、それが嘘ではないかと勘ぐりたくなってしまう。
直もたじろいでいるのがわかった。
「俺に打った注射はワクチン?」
「あぁ。一週間前に研究所の関係者や家族全員が摂取した」
「お母さんも?」
「もちろんだ」
父親は大きく首肯した。
「ウイルスを殺す薬は?」
私が横から口をはさむと、父親はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
圭太をたぶらかした女の質問を受けたくはないのだろう。
「答えろ」
直に包丁を突きつけられて、渋々と言った様子で口を開く。
「もちろん、研究所に行けばある」
その言葉に私は大きく息を吸い込んでいた。
ウイルスを殺すための薬が存在している。
この悪夢から解放される!
「それならすぐに薬を取りに行こう」
直の提案に父親がバカにしたように鼻を鳴らす。
「そう簡単に薬が手に入ると思ってるのか?」
「どういう意味だよ?」
「なんのために私達研究員が必死に働いてこのウイルスを作ったと思う? 薬を販売するためだろう!」
ドンッ! を床を足で鳴らして怒鳴る。
「金のためかよ」
直のつぶやきに父親の表情が更にこわばる。
「お前たちはなにもわかってない。これは地球規模の研究結果なんだ。この街ひとつが壊滅するくらい、どうってことはない話なんだ」
どうってことはない……?
その言葉に外で倒れていたユカリの姿を思い出す。
豹変して人肉を食べ始めた麻子。
学校の廊下は血まみれで、音楽室には死体の山ができていた。
それが、どうってことはない?
怒りと悔しさがこみ上げてきて、拳を握りしめる。
あまりに強く握りしめすぎて爪が手のひらに食い込んでいく。
その痛みのおかげで理性を保てているようなものだった。
「この街はただの実験台に過ぎない。壊滅後はウイルスなんてなかったかのようにニュースで流れ始めるだろう」
「そんなことになるはずない! これだけの犠牲を出しておいてなに言ってんだ!」
直が吠える。
しかし父親は動揺しなかった。
「さっき言っただろう。これは地球規模の研究だ。このウイルスは核兵器としての販売もできるし、当然薬を欲しがる人間も現れる」
「核兵器だって? このウイルスを世界にばらまくつもりか!?」
「そういうこともできると言っているんだ。国だってバカじゃない。自国の研究所がウイルスを撒き散らしたなんて報道が続くよりも、一刻も早く事態を沈静化させて裏でウイルスを利用する方がいいと気がつくに決まってる」
直は父親の説明に絶句してしまっている。
「テレビをつけてみろ」
父親に言われて圭太がテーブル上のリモコンを手にする。
流れ出した番組は通常のお笑い番組だった。
他のチャンネルに切り替えてみてもこの街のニュースをしている番組はなかった。
「なんで……あんなに報道されてたのに!」
すぐにスマホニュースを確認してみるけれど、結果は同じだった。
この街のニュースは取り扱われていない。
「もう動き出した証拠だ。ネットで検索しても、もうヒットすることもないはずだ」
父親の表情が勝ち誇ったように歪む。
言われたようにウイルスに関して検索をかけてみたけれど、検索結果は0件と表示されている。
「嘘でしょ……」
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