第28話
圭太の話をすべて聞き終えた私と直は目を見交わせた。
なんの説明もなく研究施設に連れて行かれ、突然注射を打たれたという説明は本当だろうか。
直はいぶかしげな視線を圭太へ向けている。
「本当なんだ! 信じてくれ!」
拘束されたままの圭太が必死に叫ぶ。
「その注射は結局なんだった?」
「わからない。なにも教えてくれなかったから」
その答えに直は圭太に近づいた。
圭太は警戒した表情を浮かべるけれど、手足を拘束されているのでされるがままだ。
「打たれた腕はどっちだ?」
「確か、右腕だったと思う」
直は圭太のシャをまくりあげて腕の内側を確認した。
ちょうど肘の内側あたりに赤い点が見える。
「これが注射の痕ってことか?」
「あぁ、そうだよ。なぁ、信じてくれよ」
「打たれた後になにかなかったか? 副反応みたいなものとか」
聞かれて圭太は必死に記憶を巡らせている。
「そう言えば注射を打った翌日は少し熱っぽかったかもしれない。それなのに食欲はあった」
「ウイルスに感染したとき私も最初に熱が出た。直は?」
「俺も同じだ」
直は頷き、深く溜息を吐き出した。
3人共に同じような症状が出ているということは、圭太が打たれたものがワクチンであった可能性が出てくるということだ。
「この後どうするの?」
聞くと直が顔を上げて圭太を見た。
「圭太は先にワクチンを打たれていたのかもしれない。もしそうだとすれば、圭太の父親は今回の件で必ず何かを知っている」
「……俺の父親に接触するつもりか?」
「それが一番手っ取り早いはずだ」
直はそう言いながら圭太の体をまさぐりはじめた。
「なにすんだよ!」
圭太は芋虫のようにその手から逃れようと身を捩る。
「あった」
直が見つけたのは圭太のスマホだった。
画面を見た直がすぐに舌打ちをする。
「充電が切れてるのか。どうして早く充電しておかなかったんだ」
ぶつぶつと文句を言いながらこの家の充電器を勝手に拝借して充電を開始した。
「すっかり忘れてたんだ。ずっと、逃げてたから」
「それは嘘じゃないよ。私だって忘れてた」
余計なことで詮索させまいと、私も圭太を養護する。
直はふんっと鼻を鳴らした。
「別にどっちだっていいよ。充電ができたらこの家に父親を呼び出してもらう。いいな?」
直の言葉を拒否することは圭太にはできなかったのだった。
☆☆☆
30分ほど経過してスマホの充電が半分ほど溜まった時、圭太はようやく解放されていた。
手首と足首に赤いスジが残っていて痛々しい。
「大丈夫?」
「あぁ、なんとか」
体がきしむのか顔をしかめつつ、ベッドの上に座る。
自分の手首をさすっている圭太へ直がスマホを突きつけた。
圭太は一瞬直を睨みつけるようにして見上げたけれど、素直にそれを受け取った。
電源を入れると一気にメッセージ受信が始まる。
その数の多さに圭太は目を見開いた。
「両親からのメッセージばかりだ」
隣から画面を覗き込んでみると、どれも圭太の身を案じているものばかりだ。
おちついたら連絡してほしいと、何度も連絡が入れられていることがわかった。
圭太の両親がどれだけ心配しているのか、これを見ただけでもよく理解できた。
「父親に連絡を入れろ」
直がフォークの先を圭太へ突きつけるようにして命令する。
「そんなやり方しなくても圭太は味方をしてくれる」
「どうかな? 自分だけは安全地帯にいるヤツなんか信用できない」
直はすっかり普段の真面目さを捨てて、口調も荒くなってしまっている。
圭太はそんな直に促されるがままに父親へ電話を入れた。
ほとんど待つことなく相手が電話に出たのがわかった。
『圭太、お前今なにしてるんだ!? どこにいる!? どうしてスマホの電源が切れているんだ!』
矢継ぎ早に怒鳴るような質問は、スピーカーにはしていないのに私まで聞こえてきた。
圭太は一旦スマホを耳から離して顔をしかめ、それから落ち着いた口調で説明しはじめた。
「スマホの充電が切れてて連絡が取れなかったんだ、ごめん。今は学校の近くの民家に非難してる」
ゆっくりとした口調で説明する圭太に、電話の向こうにいる父親も安心したようで、怒鳴り声は聞こえなくなった。
「民家の場所は……」
圭太がこの場所の詳細を説明しながら直へ視線を向ける。
直は圭太の父親にここへ越させようとしているみたいだ。
「わかった。待ってる」
通話を終えて電話を切り、息を吐き出す圭太。
「30分くらいでここに迎えに来てくれるらしい」
「そうか。その時が狙い目だな」
「どうするつもり?」
直は目を細めて私を見る。
「言っただろ。圭太の父親がなにかを知っているのはもう確実だ。話を聞く」
直はそう言うと寝室から出ていってしまったのだった。
☆☆☆
「直があんなに強引な性格だとは思ってなかった」
寝室のベッドの上に座り、私は圭太の手首をさすりながら呟いた。
手首の赤みはまだ消えていない。
「誰だってこんな状況になると多少性格に変化は出るさ」
圭太はこんなことをされても直を擁護する気でいるみたいだ。
「それに、俺も父親のことは気になってる。直に言われるまで不審な点があったなんて気が付かなかったけど、一週間目の注射はたしかにおかしかった」
自分の腕に残る注射の痕に視線を落として圭太は呟く。
「もしこれがワクチンだとすれば、あの施設でウイルスが開発されたことになる」
「そんな実験もしてたの?」
その質問に圭太は左右に首を振った。
「さすがに実験内容まではわからない」
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