第27話
直も驚いた様子で動きを止める。
「まさか、この都市伝説が本当だとでもいうつもり?」
さすがに直も信じていないようで、ひきつり笑いを浮かべている。
でも、圭太が感染しないことになにか理由があるのだとすれば、それしか考えられなかった。
「嘘だろ……もしかして……」
圭太が大きく目を見開いたまま何かをおもだしたように蒼白になる。
「なにがあったの? 教えて!」
一週間前~圭太サイド~
その日、俺はいつもどおり自分の部屋でマンガ本を読んでいた。
部屋にの壁一面に白い本棚が並んでいて、その全部にマンガ本が並べられているくらい、俺はマンガが好きだった。
こうして少しの空き時間ができたときでも、すぐに部屋にこもって読んでしまう。
そこにやってきたのは父親だった。
父親はいつも仕事に行くときの白衣姿で、険しい表情でドアの前に立っていた。
ノックもなしに入ってきた父親に慌てて上半身を起こす。
父親には同じ会社に入るために勉強してくると伝えてあったので、冷や汗が流れた。
「い、今少し休憩中で」
慌てて取り繕った笑顔を浮かべて言い訳を述べる。
しかし父親は俺が勉強していなかったことを咎めるようなことはしなかった。
「出かけるからついてこい」
俺を見下ろして一言そう言うと、有無も言わせぬ雰囲気を身にまとって階下へ降りていく。
一体何ごとかと呆然としていた俺は父親の背中が見えなくなってから、慌ててその後を追いかけた。
「出かけるってどこに?」
外へ出る準備なんてできていないし、せめて部屋着から外着へ着替えたいと思う。
そんな気持ちも完全に無視されて、強引に車に乗せられていた。
父親は険しい表情で無言の運転を続けるので、俺はそれ以上なにも聞けなくなってしまったのだった。
☆☆☆
父親からなんの情報ももたらされないまま、車は山の奥へと入っていく。
途中まではちゃんと舗装された道が続いていたけれど、今では獣道を車が無理やり分け入っていく状態になっていた。
伸びた木の枝が何度もフロントガラスをバチバチとなぶる。
普段は車を大切にしている父親だったけれど、このときはそれを気にする様子も見せなかった。
なにかが変だ。
おかしい。
いつもの父親はもっと優しくて、なんでもちゃんと説明をしてくれる。
勉強には口うるさいけれど、それでも子煩悩な人だった。
それが今日はずっと無言で少しも俺の方を見ようともしない。
父親から発せられている鬼気迫る雰囲気は恐怖すら感じられた。
山の中を突き進んでいた車はやがて広い敷地へと出てきていた。
そこにそびえ立つ建物は父親が努めている研究所だった。
ここへ来たことはないけれど、会社のパンフレットなどで見たことがあったので、知っていた。
でも、その外観をよく見てみるとパンフレットに乗っている写真とは若干違うことに気がついた。
建物の形状は円形でよく似ているのだけれど、色合いが赤茶色をしている。
パンフレットの写真で見た建物は、確かクリーム色をしていたはずだ。
それに周りは山ではなく、草原だった気がする。
最も、背景は印刷するときに加工したものだったのかもしれないけれど。
「ここってお父さんの職場? なんか、違う建物な気もするんだけど」
「研究施設はあちこちにある。ここだけじゃない」
ようやく返事をしてくれた父親にホッと胸をなでおろす。
どうやら単純に怒っているというわけではなさそうだ。
父親は施設のドアの前に車を横付けにして停車した。
「降りろ」
促されて助手席から降り、そのまま父親の後をついて入り口へ向かう。
そこは数字を入力するキーになっていて、父親は素早く6桁の数字を打ち込んだ。
ピッと数字を認識する機械音が聞こえてきて、ドアが開く。
「中に入ってもいいの?」
父親の研究ではウイルスを扱っているため、安易に一般人が立ち入ることはできないはずだ。
入り口の前で躊躇していると、「入れ」と短く促されておずおずと施設内へ足を踏み入れた。
長く続く廊下は真っ白で清潔感があるが、どこからか薬品の匂いが漂ってくる。
それは病院の匂いと少し似ていて、気持ちが滅入ってしまいそうだった。
父親は廊下を真っ直ぐに進んでいくと、右手に現れたドアの前で立ち止った。
灰色のドアには入り口と動揺の鍵が取り付けられていて、それも解錠して中へ足を踏み入れる。
俺は部屋にはいった瞬間壁際に並ぶ薬品棚に目を奪われていた。
ガラスケースの奥には様々な薬品がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、そのどれもが見たことのないものばかりだ。
「すごいな……」
父親の研究は日本を代表するものだという認識は持っていたけれど、その一部を垣間見ただけでも言葉を失ってしまう。
普段から口うるさく勉強しろと言っている意味が、ようやく理解できた。
今の自分でも十分大学進学はできると考えていたけれど、それだけじゃダメなのだ。
もっと貪欲に新しい知識をつけなければ、きっとここではやっていけなくなる。
優秀な人材は全国、いや、他国からだって集められてきているはずだ。
父親のコネで就職できたとしても、ついていけなければ意味がない。
もしかして父親は俺の気を引き締めるためにここへ連れてきたのかも知れない。
だとすれば、やはり勉強をさぼっていた俺のことを怒っていたのだ。
申し訳なさがこみ上げてきたとき「座れ」と、目だけで丸椅子へ促された。
それは学校の保健室に置いてあるような安っぽいものだった。
「ごめんお父さん。これからはもっと真剣に勉強するよ。この棚に置いてある薬品だけでもちゃんと理解できるようにするから」
薬品棚へ視線を向けたままそう言っていた途端、チクリとした痛みを腕に感じて飛び上がっていた。
見ると父親が服の上から俺の上に注射針を突き立てている。
透明な液体がみるみる体内へ送り込まれていくのを見て、咄嗟に父親の手を振り払っていた。
「なにすんだよ!?」
いくら父親だと言ってもやっていいことと悪いことがある。
人に許可なく注射を打つなんてもってのほかだ。
「これで大丈夫」
怒り狂う俺をよそ目に父親は安堵したようにそう呟いたのだった。
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