第26話
「それもある。それに圭太は感染していないから、迷惑かけちゃうし」
感染者と非感染者。
どうしたって一緒に行動するには限界があるはずだ。
「そっか。だけど圭太は君から逃げなかった。食べられるかもしれないのに」
「それは、圭太が優しいから」
呟くように答えてうつむく。
正直、どうして圭太がここまで自分のことを思ってくれているのかわからない。
感染したとわかったときに突き放すことだってできたのに。
「自殺するとその優しさを無駄にすることになると思うけど?」
直が鋭い視線を向けてくる。
圭太の気持ちから逃げるなと言われている気分で、たじろいだ。
「それはそれとして、ちょっと気になることがある」
途端に声を落とす直に私は瞬きをした。
「気になること?」
「そう。圭太のことで」
「え?」
圭太のなにが気になるというんだろう?
ますますわからなくって首をかしげた。
「圭太はずっと君と行動してるんだよな?」
「うん。少しの時間離れたりはしたけど、ずっと一緒だったよ」
「それなら感染してもおかしくないはずだよな」
「それは、そうだけど……」
自衛隊員たちはみんなガスマスクを着用している。
それでも感染してしまった人がいるくらい、このウイルスは感染力が強いのだ。
「どうして圭太は感染したいんだと思う?」
「風邪でも個人差があるから、そういうものなんじゃないかな? 今だって、まだ感染していない人っているよね?」
「確かにまだ感染していない人たちはいる。けれど彼らはみんな感染者から逃げていたみたいなんだ」
外へ出てから見てきた光景なのか、直は思い出すようにして告げる。
学校内でも、感染していない生徒はたいてい1人でいたかもしれない。
音楽室の彼がいい例だ。
「この街での感染者はすでに8割を超えているらしい」
直はそう言ってスマホ画面を見せてきた。
ネットニュースには確かにそう書かれているみたいだ。
「全員が感染したわけじゃないのなら、圭太が感染していなくても不思議はないんじゃないの?」
なんだか嫌な予感が胸をよぎり、ついキツイ口調になってしまう。
直がスマホをポケットに入れて「そうだな」と頷く。
それでも納得した様子はない。
「何が言いたいのかはっきりしてよ」
直が相手でも、圭太がなにかを疑われているような状況は好ましくなかった。
この際ハッキリ言葉にしてほしい。
「圭太はこのウイルスには感染しない。その理由まではわからないけれど、俺はそう考えてる」
直の言葉に私は返事をすることができなかった。
圭太は感染しない。
もし本当にそうだとすれば、なぜ? という疑問が浮かんでくる。
「そんなの……わからないじゃん。これから発症するかもしれない」
言いながら自分の声が震えてしまう。
圭太への疑念が一気に膨れ上がってくる。
もしも圭太が、感染しないと予めわかっていたとすれば、私と一緒に行動し続けることも恐怖ではなかっただろう。
「圭太はきっとなにか知ってる。そう思うんだ」
直が確信めいた声色でそう言ったのだった。
☆☆☆
寝室のドアを開けると広いベッドの上に圭太が転がっていた。
手足を黒いガムテープでグルグル巻にされて、口も塞がれている。
その光景に思わず飛びついてしまった。
「圭太、大丈夫!?」
私の声に圭太がうっすらと目を開ける。
「なんでこんなことするの!?」
寝室の入り口に立つ直へ向けて叫ぶ。
「普通に質問してもどうせ答えてもらえない。だけどじっくり質問する時間なんてないだろう? この街の人たちはもう8割が感染者なんだ。俺たちの食料はもうほとんど残ってないってことだよ」
「だからって、こんな……!」
私はすぐに口に貼られているガムテープを引き剥がした。
圭太が痛みに顔をしかめ、うめきごえを漏らす。
「圭太、大丈夫?」
再度質問をすると圭太はどうにか頷いてくれた。
それすらもきつそうだ。
「じゃあ、もう1度質問させてもらうよ」
直が圭太に近づいたので警戒する。
「圭太はどうして感染しないんだ?」
「さっきも答えただろ。そんなもの知らないって!」
圭太は拘束される前にすでに同じ質問を受けたみたいだ。
「ほら、圭太はなにも知らないって言ってるじゃん。もういいでしょう?」
好きな人のこんな姿、とても見ていられない。
一刻も早く解放してあげたかった。
けれど直はそれを許さなかった。
「どんなことでもいい。思い当たることはない?」
声色は優しいが、その右手には人肉が突き刺さったフォークを握りしめている。
「知らないって言ってるだろ!」
「もっとよく思い出して。どんなことでもいい」
直が肉男w口に運んで咀嚼する。
わざとらしく音を立てているのは、圭太への威嚇に違いない。
素直に離さなければ同じように食い殺す。
遠巻きにそう伝えているのだ。
「俺を食べたいなら食べればいい。こうなったら、食うか食われるかしかないんだからな」
圭太は諦めたようにため息交じりに呟く。
「直、もう諦めようよ。圭太は本当になにも知らないみたいだよ」
拘束されて詰問されても言えることはなにもない。
だんまりを決め込んでいるわけでもないし、圭太は本当になにもわからないとしか思えなかった。
直は圭太の反応を見て奥歯を噛み締め、眉間にシワを寄せた。
圭太からなにかを聞き出すことができれば、打開策が見つかると思っていたけれど、これではなんの意味もない行為だ。
チッと小さく舌打ちをして、何気なしに寝室のテレビの電源を入れる。
幸いにもまだライフラインは通常運転をしている。
画面がついた途端、またこの街のニュースが流れていて再び舌打ちしたい気分になった。
少しでも気分転換になるかもしれないと思ったけれど、結局現実を突きつけられることになってしまった。
「もうテレビではこの街のことしかしなくなったのか?」
どのチャンネルでも同じようなニュースばかりでうんざりする。
そういえば大きな地震が起きたときにもテレビ局では毎日、毎時間同じような報道をしていて、それが原因で気が滅入ったことがあったかもしれない。
気分転換を諦めてテレビを消そうとしたそのときだった。
そのニュース番組ではドローンを操縦してどこか森の中の建物を撮影しているようだった。
その様子は昔撮影されたもののようで、まだどこの局も放送していない内容らしかった。
『これは3年前に当局で放送した研究所の様子です。この街では森の中にウイルス研究所があり、今回の出来事に大きく関与してるのではないかと憶測が飛んでいます』
スタジオにいる男性キャスターが深刻そうな表情で告げる。
しかしそれに対してただの憶測を話すわけにはいかないと、専門家らしき人物が反論する。
どうやらネット上の一部でで流れている都市伝説的な噂話を取り上げただけのようだ。
だけど私はそのニュース番組に釘付けになってしまっていた。
知らない間に身を乗り出して聞き入っている。
「どうした? なにかあったのか?」
直が不思議そうな表情で尋ねてきたので、私は圭太へ視線を向けた。
圭太は父親と同じ職場で働くことを決めていた。
それに伴って進学する大学も決めて、勉強も進めていた。
そしてその就職先は……「ウイルス研究所って、圭太のお父さんの職場だよね?」
私の問いかけに圭太が目を見開いた。
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