第22話

姿を見られて撃ち殺されてしまう可能性がゼロになったわけじゃない。

ついさっきまで死んでもいいと思っていたのに、今は圭太と共に生きていたいと願っている自分がいる。



「わからない。とにかく、行ってみよう」



圭太と私はそれぞれバッドを握りしめて、昇降口ヘとあるき出したのだった。


☆☆☆


昇降口から顔をのぞかせてみると、その付近には誰の姿もないことがわかった。



「今なら行ける!」



けれど校門へは向かわず、逆方向へと走った。

裏門からの方が脱出できる可能性は高いと踏んだのだ。

ひさしぶりに外の地面を踏んだ足裏の感触に感動すら覚えるけれど、立ち止っている暇はない。

私達は息を殺して裏門へと駆けた。


しかし裏門が見えてきたとき圭太が足を止める。

正門の半分くらいしかない出入り口の前に1人の自衛隊員が立っているのが見えたのだ。

さすがに門の前はみはられているみたいだ。

ここから突破できないとなると、後は塀を乗り越えて外へ出るしかない。



「こっちだ」



圭太に手を引かれて向かった先は背の高い植木が植えられている一角だった。

植木の奥には3メートルほどの灰色の塀がそびえ立っている。


植木はその塀を追い越すくらいの高さに育っていた。

私達は一旦植木の下に身を隠して、圭太は真剣に木を観察し始めた。



「たぶん、この木を登っていけば塀を超えることができると思う」



塀と木の隙間は50センチほど。

あちこちへ伸びた枝を使えば登れないこともない。

けれど、武器や食料を持ったままでは少し大変そうだ。



「俺が先にいく」



圭太はそう言ってバッドを私に手渡してきた。



「大丈夫?」


「きっと、大丈夫だ」



頷き、木に手を足をかける。

運動神経のいい圭太は何の迷いもなくどんどん木を登っていく。


圭太が動く度に不自然に枝が揺れてハラハラしたけれど、どうにか壁と同じ高さまで登ることができた。

そこで一度止まり、手を伸ばして壁を掴む。

後は勢いをつけて壁に飛び移るだけだった。



「大丈夫。できそうだ」



圭太が壁の上から合図する。

私は圭太にバッドを2本差し出し、圭太はその柄を掴んでくれた。



でも、この距離で重たい食料を手渡すことは難しい。

私はタッパーをシャツの中に入れて両手で木に触れた。



ざらざらとした感触ですぐに表面が落ちてくる。



「大丈夫。きっとうまくいくから」



小さな声で圭太が応援してくれる。

私は頷いて枝に手をかけた。

最初は両手の力だけで自分の体を持ち上げて、あとは木の凹凸を探りながら足場を見つけていく。


木登りなんて幼稚園の頃数回しただけの私にできるとは思えなかった。

でも、やるしかない。

緊張で心臓がバクバクと音を立てている。

歯を食いしばって懸命に自分の体を支える。


枝が沢山伸びてくれているため、思ったより難しくなく圭太と同じ目線まで到達していた。

両足を枝にかけてホッと息をついた。



「よし、先にタッパーをこっちへ」



手を伸ばしてくる圭太へタッパーを差し出す。

3つ分のタッパーの中はパンパンで、それを片手で差し出すのは少し困難だった。

それでも圭太の手に渡れば大丈夫。

そう思っていたのに。


一番上に乗っていたタッパーがバランスを崩したのだ。

あっと思っても、片方の手は木につかまっているからタッパーに手を伸ばすことは不可能だ。



圭太が咄嗟に手を伸ばすけれど、届かない。

タッパーのひとつが地面に叩きつけられて、中身が散乱する。

スッと背筋が寒くなるのを感じた。

今の音は自衛隊員に聞かれたかもしれない。



「早く来るんだ!」



ハッと視線を上げると圭太がこちらへ手を伸ばしている。

もう躊躇している時間はなかった。

私は圭太の手を掴み、一気に来から塀へとジャンプした。


私の体を圭太が抱きとめてくれるのと、自衛隊員の足音が聞こえてくるのはほぼ同時だった。

圭太は私の体を抱えると、自分の体と私の体の隙間にタッパーとバッドを挟み込むと、ジャンプして塀から降りた。


着地した瞬間軽く顔をしかめた圭太だったけれど、すぐにふたりで駆け出した。

とにかく遠くへ。

街から出られなくても学校内で監禁されているよりはマシだ。

食料だってきっとあるし、なによりも今の状況が理解しやすくなる。


そう信じて、私達はかけたのだった。


☆☆☆


街中を少し歩くだけで血なまぐさい匂いが鼻孔を刺激する。

普段は車や人々が行き交っている道路のあちこちには死体が転がり、そのまま放置されていた。



「ひどいな……」



圭太がその光景に顔をしかめて言葉を失う。

私でも想像していなかった光景だった。



「学校内の方がマシだったのかも」



歩きながらついそんなふうに呟いてしまう。

学校内でもあちこちに死体が転がっていたけれど、それでも大半は自衛隊員たちによって運び出されていた。

街中ではそれすら行われていなかったか、処理が追いついていなかったのだろう。


倒れている人々の顔をしっかり見るつもりなんてなかったのだけれど、ふと見知った制服を見つけて足を止めていた。

あれは同じ学校の制服だ。

血を流して倒れているその人物は私と同じ紺色のスカートをはいている。


スカートの下には紺色のラインが2本入っているため、特徴的だ。

うつ伏せに倒れてその顔は見えないけれど、なんとなく嫌な予感がして近づいていく。

するとスカートから伸びた足に赤い斑点があることに気がついた。

感染者だ!



なにか理由があって外へ出られたのか、それとも登校途中になにかがあって死んでしまったのか、どちらかはわからない。

そっと近づいて、横向きになっている顔を覗き込んで見る。


その瞬間悲鳴が喉からほとばしっていた。

止めようとしても自分では止めることができず、圭太が駆け寄ってくる。



「どうした?」


「ユ……ユカリが」



震える指先で死体を指差す。

それは見間違いようもなく、ユカリだったのだ。

昨日の朝自衛隊員に運び出されたユカリが、どうしてこんなところで息絶えているのかわからない。


ユカリの体には一見して外傷もないし、食事を取れないことで死んでしまったのかもしれない。

自衛隊員たちはユカリが空腹にあえいでも無視を続けていたのだろう。

そう思うとふつふつと怒りがこみ上げてくる。


人肉を食べさせることなんてできないのはわかっている。

けれど、こうして遺体を捨ててしまうなんて行為は信じられなかった。



「落ち着け薫。なにか事情があってここにいるのかもしれないだろ? 自衛隊員たちから、自力で逃げ出してきたのかもしれないんだし」



想像がエスカレートする私をなだめるように圭太が言う。



私は拳を握りしめて頷いた。



「そうだよね。ユカリになにがあったのか、私達にはわからない」



勝手な想像で暴走するのはよくないと、自分に言い聞かせた。

私と圭太はユカリへ向けて手を合わせて、再び街の中を歩き始めた。

今のことろ生きている人を見ていない。

この街はすでに壊滅状態にあるのだ。



「このままあるき続けても仕方ないか。どこかの家に入ってみよう」



圭太の提案で、私達は少し大きな一軒家に目をつけた。

逃げてくるまでに体力を消耗してしまったし、少し休憩したい気分だ。

焦げ茶色の玄関ドアを開くと鍵は駆けられていなかった。


混乱状態の中逃げ出したのか、玄関先の靴は乱雑に乱れている。

中から人の気配がしないことを確認してから、私と圭太は家に上がり込んで玄関に鍵をかけた。

誰の家かなんて知らないけれど、もうそんなことを言っている場合ではない。



「少し血の匂いがするね」



広いリビングに入ってみるとツンッと鉄さびの匂いがする。

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