第13話

「食料が来るのを?」



言葉の意味が理解できずに首をかしげる。



「非感染者のことだよ。もう人数が少なくなってきてるから、なかなか見つけられないの。だからここで待機して、非感染者が近づいてきたら襲って食べるんだ」



彼女はそう言うと体育館の隅を指差した。

そこには制服と骨だけになった生徒が数人分転がっている。



「そ、そうなんだ」



私の喉はまた意思とは無関係にゴクリと上下する。

これ以上空腹にならないよう、すぐに視線をそらした。



「それで、どうしてバスケットをしているの?」


「こんな状況でも楽しんでる子がいるってわかれば、気になって近づいてみたくなるでしょ?」



つまり、ここでおびき寄せをしていただけで、本気で遊んでいるわけじゃなかったみたいだ。



「あなたも仲間になる?」


「い、いや。私は武器を探しに来ただけなの」


「武器?」



首をかしげて質問されて咄嗟に「食料を襲うための武器だよ」と、返事をする。

感染者からの攻撃を避けるためだなんて、絶対に言えない。



「そっか。もしかして1人で狩りをしてるの? あなた弱そうだもんね」



笑いながら言われて少しムッとしてしまうけれど、言い返すのはやめておくことにした。

ここで長いすれば外にいる圭太の存在を知られてしまうかもしれない。



「とにかく、バッドくらい持っておきたくて」


「そっか。それなら倉庫にいくらでもあるんじゃない?」


「ありがとう。探してみる」



早口に言うと不自然にならないようにゆっくりと歩いて倉庫へ向かったのだった。


☆☆☆


埃っぽい体育館倉庫の中にはボールやネット、マットなどに紛れてバッドも数本置かれていた。

他になにか武器になりそうなものはないかと探してみたけれど、外にいる圭太のことを考えると気持ちが焦ってしまって、結局2本のバッドを掴んで倉庫の外へ出た。

再びバスケットを再開した生徒たちに手を振って体育館を出る。


分厚い扉を締めるとようやく大きく息を吸い込むことができた。

緊張で知らない間に呼吸を忘れてしまっていた。

扉の前で目を閉じて深呼吸を繰り返し、呼吸を整える。

どうにか落ち着いてきて目を開いたとき、体育館周辺に圭太の姿がないことに気がついた。



「圭太?」



声をかけても返事はない。

体育館から出てすぐに廊下が伸びていて、その左右には更衣室とトイレがあるだけだ。

そのどこからも物音は聞こえてこない。

嫌な予感がしてすぐにスマホを取り出したけれど、圭太のスマホは充電が切れていることを思い出して手を止めた。



「こんなときに限って……」



下唇を噛みしめる。



バッドを手に入れたのに、肝心の圭太とはぐれてしまったのでは意味がない。

今の状況で武器が必要なのは、私ではなく圭太なんだから。


とにかく探し出さないと。

そう思って一歩踏み出したときだった。

右手の男子トイレが開いて圭太が姿を見せたのだ。



「圭太!」



思わず駆け寄る。



「薫。バッドを取って来れたのか」


「うん。体育館から出たらいないんだもん。びっくりするでしょ」


「ごめん。ちょっとトイレに行ってただけだから」



圭太は私の頭をポンッと撫でてバッドを手に持った。

離れた場所で何度かスイングすると、風を切るブンッという重たい音が聞こえてくる。



「圭太って野球したことあるの?」


「いや、授業で何度かやっただけだけど、肩が強いって言われたことならある」



バッドを振り回して感覚を掴んだのか「よし」と、小さく頷いた。



「体育館にいた連中はなにをしてたんだ?」



再び校舎を歩きながら圭太に質問されて、私は女子生徒から聞いたことをそのまま説明した。



「なるほど。あそこはあいつらの縄張りだったのか」


「そうみたいだね。感染者の方が多いっていう情報も、嘘じゃないのかも」



廊下を歩けば骨と制服だけになった生徒たちがあちこちに転がっている。

感染する前に襲われてしまった生徒も数も多いみたいだ。



「薫は大丈夫なのか?」


「え、私?」



突然話をふられて困惑する。



「空腹感だよ。みんな、異常なくらい腹が減ってるだろ?」


「あ……う、うん。私はまだ、大丈夫だよ」



嘘だったけれど、そう答えるしかない。

お腹が減って仕方ないと答えれば圭太はどうするだろうか。

色々な想像が及ぶけれど、そのどれもがよくない結果を生むことはわかっていた。


それから無言で学校内を歩いていると、廊下の隅で人を食べている男子生徒の姿を見つけて私達は同時に立ち止った。

倒れている人物はツース姿だから、生徒ではなく先生だということがわかる。


その人は時々痙攣を起こしてビクビク体を撥ねさせるけれど、もう声を上げたりはしなかった。

感染者に気が付かれちゃまずい。



そう思って回れ右をしようとした私の手を圭太が掴んで引き止めていた。



「なに?」



小声で聞いても圭太は答えない。

ジッと男子生徒を見つめている。

男子生徒はさっきからクチャクチャと音を立てながら先生の肉を引きちぎり、咀嚼している。


オイシソウ。

不意に浮かんできた自分の気持にゾッと全身に寒気が走った。

オイシソウ。

確かにそう思ってしまった。


ブンブンと強く左右に首を振ってその考え方を打ちけす。

人肉が美味しいなんてありえない!

私は絶対に食べたりしない!

そう思えば思うほどど空腹感は増していく。


私のお腹は自分の意思とは無関係にグゥと音を立てる。

タベタイ。

次に浮かんできた感情に蓋をする。


私は人を食べたいなんて思わない。

絶対に!

ウソ。

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