第8話
☆☆☆
絶望的な気分で空き教室に座り込んでいた私達だけれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。
重たい体をどうにか動かして廊下の様子を伺った。
今1階の廊下は静かで足音一つ聞こえてこない。
対して2階からはさっきから騒々しい声が聞こえ続けている。
他の生徒たちも現状に気が付き始めているのかもしれない。
「もう少ししたら出口に人が殺到してくるかもしれない。その前に出られる場所がないか探しに行こう」
圭太の言葉に頷いて、私達はまず職員用の玄関へ向かった。
職員用の玄関と来客用の玄関は一緒になっていて、そこにもガスマスク姿の自衛隊員たちが5人、出入り口を塞ぐようにして立っていた。
「ダメだ。ここからも出られない」
残っている玄関は2年生と3年生が共同で使っている少し大きめの玄関のみだ。
きっと、そこもすでに封鎖されていて学校から出ようとすれば撃ち殺されてしまうのだろう。
目の前で銃撃された女子生徒の姿を思い出して気分が重たくなっていく。
私と圭太の間に沈黙が続くようになり、気がつけば目的の場所が見えてきていた。
構内で一番広い出入り口には10人くらいの自衛隊員が私達を見張っていることがわかった。
「これじゃどこからも出られないよ」
学校の昇降口だけではなく、校門や裏門でもきっと自衛隊員たちが待機しているはずだ。
仮に建物内から出ることができたとしても、すぐに捕まってしまうかもしれない。
「中にいても外にいても同じような状況なのに、どうして隔離するんだ!?」
途端に圭太が自衛隊員へ向けて叫んだ。
1人の自衛隊員がこちらへ視線を向けたが、聞こえていないかのようにすぐに顔をそむけてしまった。
「俺たちが外に出たって自体はそう変わらないだろ!?」
なにを言っても返事をしてくれない。
きっと、生徒たちに干渉するなと命令でも出ているんだろう。
「もういいよ。もう行こうよ圭太」
私はたまらず圭太の腕を掴む。
なにを言ったって、あのひとたちがこちらの味方になることはないのだ。
「せめて感染者たちを病院へ連れて行ってくれよ! ここに野放しにしておくなんて、おかしいだろ!」
私の腕を振り払わんばかりに声を荒げる。
病院だって、院内感染が起こっていると記事に書いてあった。
そもそも治療方法だって、、まだ模索中だろう。
「感染者全員が無理なら薫だけでいい! 薫だけでも助けてやってくれ!」
圭太は叫びながら膝をつき、頭を下げる。
こちらをチラリとも見ようとしない自衛隊員たちへ向けて土下座する圭太に胸の奥がジリジリと焼けるように痛くなる。
「私のためにそんなことまでしなくていいよ。やめてよ圭太」
止めようとする声が震えてしまう。
ジワリと涙が浮かんできて視界が歪み、圭太の姿も歪んで見えた。
「お願いします! 薫を助けてください! お願いします!」
地面に額を擦り付けて何度も何度も同じことを口にする。
私は圭太の隣に座り込んで両手で顔を覆って泣くことしかできなかった。
圭太がこんなにも私のことを心配してくれていることが嬉しくて、圭太の気持ちが通じることはないのだとわかっていて、苦しい。
「もういいよ圭太。私は大丈夫だから、頭を上げてよ」
土下座を続ける圭太を少し強引にやめさせて、その体に抱きついた。
圭太の心音がはっきりと聞こえてきて、なんだかまた涙がこぼれだしてくる。
「私も圭太もまだちゃんと生きてるし、だから、それだけでいいから」
伝えたいことがうまく文章としてまとまらないけれど、圭太は理解してくれたように全身の力を抜いた。
「教室へ戻ろうよ。みんながどうなったのか、気になるし」
外に出られないのなら、それくらいしかやることはない。
圭太はうなだれたままだけれど、私の提案を受け入れてくれたようでノロノロと立ち上がる。
と、そのときだった。
人の気配がして顔を上げると、さっきまで昇降口に立っていて自衛隊員の1人が近づいてきていた。
その手には銃が握りしめられていて、咄嗟に身構える。
「すまん!」
次の瞬間その人は私と圭太へ向けて頭を下げたのだ。
白髪交じりの年配自衛隊員は姿勢のいい礼をして顔をあげた。
その目は微かに光っていて、涙が浮かんできているのだとわかった。
「病院はもう逼迫状態で、受け入れることはできないんだ。建物内では爆発的な感染が起きていて、外のほうがまだ少しはマシな状態らしい。外にいる人を最優先せよという命令が出ているんだ」
男性の声はとても小さくて、よく聞いていないと聞き取れないほどだった。
上からの命令なんて内密にしておかないといけない情報だからだろう。
私は呆然としてその人を見つめた。
「外にいた人たちは、まだ感染が少ないんですか?」
「あぁ。といっても、それも徐々に増えてきている。建物内で感染した人を食い止めることができなかったんだ。それでも、私達は命令が解かれるまでは見張ることしかできない」
悔しそうに拳を握りしめるその姿は自分の無力さを呪っているように見えた。
「……わかりました。教えてくださってありがとうございます」
私達のためにこの人は内密にしていおくという命令を無視してくれたんだ。
それだけで、胸の奥が熱くなっていく。
女子生徒を無残にも撃ち殺してしまった自衛隊員と同一の仕事だとはとても思えなかった。
「他の連中も俺と同じで、本当は胸を痛めているんだ。君たちとなるべく接触しないようにしているのは、情が移らないようにするためだ」
自衛隊員はそれだけ告げると、仲間たちにバレない内に持ち場へ戻ってしまったのだった。
☆☆☆
目に見えないウイルスの感染力は信じられないくらい強いようで、教室に戻るまでに何度も悲鳴を聞いた。
きっと、誰かが感染した生徒や先生に襲われているんだろう。
だけどそれを確認しにいくような勇気は持っていなかった。
割って入れば次のターゲットは自分になるかもしれないんだ。
そう思うと背筋が寒くなり、後ろから誰かに追われているような感覚になる。
どうにか教室へ戻ってきたとき、教卓に先生の姿があった。
先生は私達が教室へ入ってきたことにも気がついて居ない様子で「落ち着いて! 座りなさい!」と、叫んでいる。
見ると教室のあちこちで生徒が泣き崩れていたり、怒号を上げていたりして、誰ひとりとして先生の言葉を聞いていない。
教室後方に座り込んでいる2人の女子生徒たちは、青ざめた顔で互いに寄り添い合っている。
「ウイルスってなんだよそれ! なんで感染者と同じ教室にいなきゃなんねーんだよ!」
純一が普段は使わない乱暴な言葉をはいている。
その言葉を聞いた2人の女子生徒が体をビクリと震わせた。
もしかして……。
座り込んでいる2人へ小走りに近づいて、身をかがめる。
「大丈夫?」
聞くと1人が弱々しく左右に首をふり、ブラウスの袖をまくりあげて見せた。
そこには赤い斑点が出現している。
もう1人も同じで、すでに感染してから時間が経過しているのがわかった。
「他にも沢山いるの?」
「この教室だけでも、半分の生徒たちが感染してるみたい」
その言葉に私は目を見開いて絶句した。
いつの間にそんなに増えたんだろう。
自分のことばかり考えていて、全く気がついていなかった。
「薫。とにかく座って」
圭太に落ち着くように促されて私は近くに椅子に座った。
自分の席もあるけれど、この状況ではもうどれも同じようなものだ。
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