第6話
《薫:こっちは大丈夫だよ! 心配しないで》
とにかく両親を安心させるためにメッセージをかえす。
今のところ自分の身にはなにも起こっていないから、嘘はついていない。
でも……。
「ユカリが感染者だったとして、空気感染するとしたら?」
私の疑問に圭太は苦々しい表情を浮かべて首を左右に振った。
「わからない。感染力の問題だってあるだろうし、感染したからといって全員が発症するかどうかもわからないんだから」
とにかく情報がなさすぎるんだ。
だからこそ、自衛隊員たちは余計に警戒しているのだろう。
とにかく、ユカリの無事を祈るしかない。
そう考えたとき、急に体がずっしりと重たくなるのを感じた。
ユカリが倒れてからずっと気を張っていたのが原因かもしれない。
「ごめん。ちょっとしんどいから、教室に戻りたい」
「大丈夫か?」
歩き出そうとしたら足元がふらついて、咄嗟に圭太が手を差し伸べてくれた。
体の芯が熱くて、頭もぼーっとする。
熱でも出ているのかも知れない。
こんなときに……!
「体が熱いな。このまま保健室へ行こう」
圭太にそう言われて私は否定する元気もなく、体を支えられながら保健室へと向かったのだった。
☆☆☆
本来ならとっくにホームルームが終わった時間帯だったけれど、まだどこの教室にも先生の姿はないようだった。
時々慌ただしく走り回っている先生をみかけたけれど、声をかけられるような雰囲気ではなかった。
次第に他の生徒たちも異変に感づいてきているようで、不安そうに窓の外を見つめていたりする。
けれど、まだ大半の生徒たちが好き勝手に談笑しているようだ。
重たい体を引きずってようやく保健室に到着したが、保健室の中に先生の姿はなかった。
「とにかく、ベッドを使わせてもらおう」
保健室の鍵は開いていたし、電気もついていたから先生もすぐに戻ってくるはずだ。
そう踏んで勝手にベッドに横になる。
少しは楽になるかと思ったが、体の重さはましていくばかりだ。
「体温計を持ってくるから、待ってろ」
圭太はそう言うと保健室の奥にある白い棚へと向かった。
そこには医療品やちょっとした着替えが準備されている。
「あった。これで熱を測って」
圭太に言われるがまま、ぼーっとした頭で体温計を受け取る。
そしてシャツの下から脇の下へ挟み込もうとしたそのとき、自分の体に違和感があって手を止めた。
薄いキャミソールの下から浮きでて見える赤い丸。
「え……」
私は手を止めて自分の脇腹をマジマジと見つめた。
圭太は気を利かせて後ろを向いているから気が付かない。
こんな赤い丸、昨日までなかった……。
全身から一気に冷や汗が吹き出して思考回路が停止してしまいそうになる。
なにか、ひどく悪い夢を見せられているような気持ちだ。
私は体温計をベッド脇に置いてひとつ深呼吸をした。
「薫、大丈夫か?」
背中を向けたままの圭太が心配して聞いてくる。
「うん……大丈夫だよ」
返事をしてから一気にキャミソールを引き上げた。
さっき確認した脇腹に赤い斑点が浮かび上がっている。
それは脇腹だけにとどまらず、体中に出現していることがわかった。
「キャアア!!」
悲鳴を抑えきれずに口から漏れ出す。
「薫!?」
圭太がすぐに振り向いて駆け寄ってきた。
そして私の体に出現した赤い斑点を見て愕然とする。
「これ……ユカリのときと同じ……」
声が震える。
体は熱を帯びて熱いのに、凍えるように寒い。
「嘘だろ。そんな」
圭太が手を伸ばしてきたので無意識の内にそれを振り払っていた。
今更圭太を突き放したってもう遅いかも知れない。
圭太だってもう感染しているかも!
「どうしよう。私もユカリみたいになっちゃう……!」
なにも食べることができずに真っ青になっていたユカリ。
ゼリー飲料を食べただけで運ばれてしまったユカリ。
「大丈夫。まだ感染したなんて決まってないだろ」
「でも! 体がこんなことになったことなんて今までなかったよ!? ネット記事で見たのと同じ状態になってるじゃん!」
叫びながら壁に向けて枕を投げつける。
枕はボスッと音を立てて床に落下した。
できればそれを踏みつけてやりたい気分だったけれど、涙が浮かんできてなにもできなかった。
「水しか飲めないなんて、これから私どうなっちゃうの」
とめどなく流れる涙を止めることができずに両手で顔を覆う。
あの記事が真実かどうかはわからない。
けれど、元にユカリは私の目の前で倒れてしまった。
きっと、ある程度信憑性のある記事だったんだろう。
「大丈夫。大丈夫だから」
ふと気がつけば私は圭太の両腕に包み込まれていた。
ハッと息を呑んで顔を上げる。
「ダメだよ圭太。感染しちゃう!」
慌てて圭太の体を引き離そうとするけれど、圭太は更に腕に力を込めて私を抱きしめていた。
「感染なんてしない。きっと大丈夫からだ」
耳元で子供をあやすように何度も同じ言葉を繰り返す。
その言葉を聞いているうちに徐々に私の気持ちも落ち着いてきていた。
涙は止まり、どうにか視界が鮮明になる。
「ありがとう圭太」
声はまだ震えていたけれど、さっきみたいにパニックになって叫ぶようなことはもうない。
圭太も安心したようにそっと体を離した。
「保険の先生も全然戻って来ないな。このままもう少し様子を見るしかないか」
言いながら窓へ近づいて外を確認している。
そして渋面を作って戻ってきた。
「さっきよりも自衛隊員の姿が増えてるみたいだ」
「じゃあ、もう外へは出られないの?」
「わからない」
圭太は力なく左右に首をふる。
学校の外はどんどん厳戒体制になっているようで、生徒たちの姿は見えない。
ユカリが感染していたとして、空気感染するとして、その感染力が凄まじかったとすれば?
様々な過程に過ぎないけえれど、そんな最悪なウイルスだったとすれば、私達はここに閉じ込められてしまったという可能性も出てくる。
「街自体がすでに封鎖されてるんだ。きっと、外に出ることはできる」
私の不安を払拭するように圭太が言う。
「そうだよね? 街がすでに封鎖されてるんだから、学校からは出られるはずだよね?」
それでも感染を最小限にするために、感染者が出た建物をそれぞれ封鎖していってるかもしれない。
だけど、その可能性については見ないフリをした。
「少し落ち着いてきたか?」
圭太が私の額に自分の手を当てて聞いてきた。
そう言えば体の熱は冷めてきたかもしれない。
結局体温を測らないままだからよくわからないけれど。
「うん。そろそろ教室に戻ろうよ。みんなのことが気になるから」
ベッドから立ち上がっても、もうふらつくことはなかった。
それを見て圭太も安心したようだ。
ふたりして保健室を出たとき、廊下の奥から誰かが走ってくる足音が聞こえてきて振り向いた。
そこには男子生徒の姿があり、顔を真赤にして走ってくる。
「助けてくれ!」
男子生徒は私たちの姿を見つけて必死に手を伸ばしている。
「どうしたんだ?」
圭太が質問するよりも早く、その男子生徒は後ろから追いかけてきた別の男子生徒に押し倒されていた。
「やめろ! 離せよ!」
押し倒された男子生徒は必死にもがいて逃げ出そうとする。
しかし、馬乗りになっている方の男子生徒は聞く耳を持たない。
「あの人、柔道部の人じゃなかったっけ?」
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