第5話
クラスメートたちが口々に疑問を呟いているが、そのどれもが不穏そうな声色をしている。
「ここで待ってて」
私は麻子へ声をあっけると、同じように窓辺へと近づいた。
そこからグラウンドへ視線を向けると、グラウンドの中に3台の自衛隊員の車が入ってきていることがわかった。
自衛隊員の人数は、車の数よりもはるかに多いみたいだ。
「どうして自衛隊員がグラウンドに?」
思わず、他のクラスメートたちと同じように疑問が口をついて出てくる。
今までこんな光景は見たことがなかった。
「大丈夫か?」
声をかけられて振り向くと、心配そうな表情の圭太が立っていた。
圭太の顔色もあまりよくないみたいだ。
ユカリがあんなことになってしまったから、それも当然のことだった。
今の私達はとても授業を受けられるような状態じゃない。
「うん。どうにか」
本当は今すぐにでも家に帰って横になりたい気分だった。
「今朝のニュース見たんだよな?」
「見たけど、それがどうかしたの?」
「新種のウイルスが出てきて、その詳細はまだわかってないってことだったよな。空気感染する可能性もあるのかなって、ふと思ったんだ」
「え?」
圭太の言葉に私はまばたきを繰り返す。
どうして今そんなことを言うんだろう?
そう疑問が浮かんでくると同時に、ガスマスクをつけて教室を訪れた自衛隊員たちを思い出す。
「ユカリを運び出すのにも随分時間がかかったよな。ユカリは呼吸もままならなくなってたのに」
「それって、どういう……?」
質問しながらも全身に氷水を浴びせられたような気持ちになっていた。
本当はこれ以上質問しなくても、私でも理解できている。
だけど受け入れたくなくて、拒絶しているのだ。
「ユカリは、感染してたのかもしれない」
わかっていたことだったけれど、圭太から直接そう言われると頭をハンマーで殴られたような衝撃があった。
ユカリは新種のウイルスに感染していた。
おそらく、昨日の朝にそれが発症している。
そしてそれが空気感染するのだとしたら……?
私は自分の両手をジッと見つめた。
今の所体調に異常は見られない。
ユカリのように体に赤い斑点が出てきたりもしていない。
でも、それだけじゃ安心できなかった。
新種のウイルスの情報はなにもなく、潜伏期間だってわからないままだ。
「少し、調べて見たほうがいいかもしれない」
「うん、そうだね」
自分の身を守るためにも情報は必要だ。
私は座り込んで泣いている麻子にすぐに戻るからと声をかけ、圭太と一緒に教室を出たのだった。
廊下には沢山の生徒たちの姿があり、その誰もが自衛隊員がグラウンドへ入ってきた話題でもちきりだった。
普段ならすでに授業が開始されている時間だけれど、どこの教室にも先生の姿は見えなかった。
ユカリが倒れたこともあって、先生たちも慌ただしく立ち動いているのかもしれない。
私と圭太は廊下の隅へ移動してスマホを取り出した。
ここは学校内で最も電波のいい場所だ。
スマホ画面を確認した瞬間、私は息を飲んで泣いてしまいそうになった。
画面は両親からの着信通知で埋め尽くされていたのだ。
電話だけじゃない。
メッセージも沢山入ってきている。
大丈夫?
無事なら連絡ください。
そのどれもが私の身を案じているものばかりだ。
「ねぇ、これってどういうことだと思う?」
学校へ行った娘をこれほどまで心配する理由はなんだろう?
外では今、なにが起こっているんだろう。
心臓が早鐘を打ち始めて、すぐに呼吸が荒くなってくる。
私は何度も深呼吸を繰り返して、どうにか呼吸を鎮めることしかできない。
「わからない。今からそれを調べるんだ」
圭太のスマホにも両親から心配するメールが届いているようで、眉間にシワが寄っている。
両親へ電話を折り返す前に圭太は今街でなにが起こっているのかを調べ始めた。
今朝ニュース番組で見たときにはほとんど何の情報も得られなかったけれど、今この街の名前で検索すると、ウイルスに関する情報が1万件以上がヒットした。
その中で信憑性があるものがどれだけ存在しているのかわからないけれど、とにかく調べることはできそうだ。
「ネットの拡散力だな」
圭太は妙なところで関心ながら一番上に表示されたネットニュースをタップする。
全国的に有名な新聞社が作っているオンライン記事を読み勧めていくと、すぐにこの街に関する情報に行き当たった。
「マジかよ」
軽く記事に目を通しただけの圭太が重たい声を漏らす。
「どうしたの?」
「ウイルスが外へ出ないように、街が隔離されたって書いてある」
そのニュース記事には、街の大通りを封鎖している自衛隊の写真も乗せられていた。
全員がガスマスクをつけている。
「なにこれ。私達こんなの聞いてないよ!?」
「先生たちはもう知っているのかもしれないな。だからホームルームも始まらないんだ」
街が封鎖されるという自体に落ちいって、どうすればいいか会議が行われている可能性は高い。
できればこのまま帰宅してしまいたいけれど、学校のフラウンドにまで自衛隊員が入り込んできているから、動き回ることが簡単なことではなくなっているのかもしれなかった。
更に記事を読んでいったとき、私は悲鳴をあげてしまいそうになって手で口を覆い隠した。
そこには『感染者の体には赤い斑点模様が出現する』と、書かれていたのだ。
一瞬にしてユカリの腕に現れていた赤い斑点模様を思い出す。
「まさか、ユカリも……?」
その事実に体が小刻みに震え始める。
もしユカリが感染者だったとすれば、ユカリを迎えにきたのがガスマスクをつけた自衛隊員だったことも頷ける。
「感染後味覚がおかしくなり、通常の障子が取れなくなる」
圭太が早口に次の記事を読み上げた。
味覚がおかしくなる。
これもユカリに当てはまっていることだった。
ユカリは昨日保健室へ運ばれてから、なにも食べていないと言っていた。
そして麻子が持ってきたゼリー飲料を食べた後に倒れたのだ。
「味覚はおかしくなるが、強い食欲が出る。水以外の物を口にすると……アナフラシキーショックを起こす」
圭太が読み上げて行く記事にめまいを起こしそうになる。
どうにか壁に手をついて体のバランスを保つけれど、呼吸が乱れてしまって苦しい。
「アナフラシキーショックって、じゃあ、ユカリはやっぱり……」
「アレルギー反応が出てたのかも知れないな。だけど、これじゃ水しか飲めないってことだろ?」
水以外の飲食物すべてがダメだなんて、今まで聞いたことのない病気だ。
栄養バランスが崩れることは必須だろうし、これから先ユカリがどうなってしまうのか検討もつかない状況であることがわかった。
もっと記事を読み進めようとしたところで、スマホの充電が切れてしまった。
「くそ。昨日充電し忘れたからだ」
軽く舌打ちをしてスマホをズボンのポケットにしまう。
けれど、ネット記事は今読み上げたくらいが最後だったはずだから、それほど気にしなくていいと思う。
私は自分のスマホ画面をもう1度確認した。
両親からのメッセージがまた増えている。
そのどれもが私の身を気にする内容で、胸が熱くなるのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます