第3話

私の質問に父親は何度も頷いている。

今テレビに写っているのは、私達が暮らしている街ってこと……?

驚きと衝撃でいまいち頭がついていかない。

さっきからニュースを読み上げているキャスターはずっとスタジオにいるし、流れている画像は何年か前のものみたいだし。



「新種のウイルスって言ってたわよね? この街にウイルスが蔓延してるってこと?」



母親が呆然とした表情で、呟くように言う。



「わからない。会社からもなにも連絡は来てないしな……」



父親は眉間に深いシワを寄せてスマホを確認している。

学校からもなにも連絡はないから、普通に出席すればいいんだろうか。

画面の中で慌ただしく走り回る自衛隊員たちの姿が、今自分の街で起こっていることだなんて、とても信じられない。



「どんなウイルスかもわかってないし、もしかしたらそれほど悪影響がないのかもしれないな」



今度は新聞で情報を集めていた父親が新聞をテーブルに置いて言った。

どうやらめぼしい記事は見つからなかったみたいだ。



「ニュースでやってるだけなら、きっと大丈夫だよね?」


「あぁ。ニュース番組は時々大げさだからな」



父親はそう言うと、リモコンでテレビを消してしまったのだった。


☆☆☆


新種のウイルスについて報道しているのはニュース番組だけだった。

新聞でもネットでも、なにも情報は出てこなかった。

けれど一歩外へ出るとあちこちに自衛隊の姿を見つけて、つい足早になってしまう。



「ユカリ!」




早く学校へ向かおうとしていたとき後方から声をかけられて立ち止った。



「圭太。どうしたの?」



圭太の家は逆方向だ。

私は驚いて目を丸くする。



「いや、なんか心配で迎えに来た」


「わざわざ?」


「だってさ、自衛隊の数昨日より増えてないか?」



そう言われればそうかもしれない。

昨日まではまだ装備もしていなかった自衛隊員たちが、今日は頑丈そうなマスクをつけて銃を装備している。

だから余計に物々しく感じられていたんだ。



「圭太は朝のニュース見た?」



「あぁ。新種のウイルスとかなんとかってヤツだろ? 自衛隊もそのために出動してるんだろうな」


「でも、ウイルスなんて一体どこにあるんだろうね」



もちろんそれは肉眼では見えないものだけれど、どこかでクラスターが起きたとか、感染者が何人出たなんて話は聞いたことがない。

なにもわからない状況だ。



「ユカリからも返事がないし、なんか心配」


「そっか。今日は学校に来ないかも知れないな」


「うん……」



昨日のユカリの様子を思い出すと、あれからまた悪化していてもおかしくない。

教室で話をしている途中で、急に体調が悪くなったんだから。

早退後、病院へ行っていればいいけれど……。


☆☆☆


「薫ちゃん!」



学校の校門前までやってきたとき、偶然麻子と鉢合わせをした。



「麻子、おはよう」



友達の姿を見ると安心してホッと息を吐き出す。



「なんか、今日も自衛隊が沢山いるね」


「うん。麻子はニュース見た?」



階段を上りながら、麻子はうんうんと大げさなくらい何度も頷く。



「この街に新種のウイルスが出たんでしょう? だけど、その詳細は全然わからないんだって」


「あれって本当のことなのかな? 学校も会社も普通にあるみたいだけど」



学校へ来る前のコンビニだって、通常通り営業していた。

異質なのは自衛隊の姿だけだ。



「どうなんだろうね? でも、ニュース番組が全くの嘘を流すとは思えないよね」


「それもそっか……」



ある程度信憑性のあることだから、伝えることができたんだろう。



「でもさ、銃を持ってる姿は結構かっこいいよな」



圭太の声色が明るくなる。

普段はイベントのときくらいしか見ることのできない自衛隊の姿を今は身近で見ることができるのだ。



「確かに、カッコイイかも」


「俺、高校卒業したら自衛隊に入ろうかなぁ」


「圭太には無理だって!」


「なんでだよ!」



暗い気持ちが幾分晴れたとき、自分たちの教室に到着した。

教室前方の戸を開けて中へ入ると、すでにユカリが投稿してきているのが見えた。



「ユカリ!」



私はすぐにユカリに駆け寄った。

椅子に座っていたユカリは笑顔を浮かべて「おはよう。昨日は心配かけてごめんね」と言う。



「ううん! それより、体はもういいの?」



質問しながら、ユカリの顔色が悪いことに気がついた。

いつもは立ち上がってテンション高く会話を始めるのに、今日は座ったままだ。



「もしかして、まだ調子悪い?」


「うん。あんまりよくないかな」



「どうして休まなかったの?」



今のユカリはすぐにでも倒れてしまいそうだ。



「なんか家でジッとしてると余計に調子が悪くなりそうでさ」


「そんな……。病院は?」


「行ってない」



左右に首を振るユカリの腕には、まだ赤い斑点が見えている。

ユカリはそれに気がついてすぐにシャツで隠してしまった。



「ねぇ、病院にはちゃんと行った方がいいよ。顔色も悪いしさ」


「わかってる。でもなんか、違う気がして」


「違うって、なにが?」


「何ていうか、普段の体調不良じゃないっていうか……」



ハッキリしないユカリに私は首をかしげる。

ユカリがなにをいいたいのか、よくわからない。



「なんか、すっごくお腹が減るの」



ユカリが大きく目を見開き、口角を釣り上げて笑いながらそう言った。

その様子はいつものユカリとは大違いで、言葉を失う。



「お、お腹が減る……?」



どうにか言葉を絞り出して質問する。

体調が悪くてあまり食べることができていないんだろうか?



それなら、食欲もなくなりそうなものだけれど。



「うん。なにを食べても変な味がするの。だから、昨日保健室へ行ったくらいから、なにも食べてない」


「それって、もう丸1日くらい食べてないってこと!?」



私の声が自然と大きくなった。

ユカリが保健室へ行ったのは昨日の朝のことだ。

ユカリがこくんっと頷く。



「そんな! なにか少しでも食べなきゃもたないよ!?」


「わかってる。でも食べれない。なにを食べても、おいしくない」


「もしかして体調不良が原因で味覚障害が起きてるのかな? それならやっぱり病院へ行かないと!」



なによりもユカリの顔色は見るからに悪い。

こんな状態で授業を受けることができるとは思えなかった。



「ね、今からでも早退して病院に行ってきなよ」


「病院には自衛隊員が沢山いるでしょ。なんだか怖くて」



その言葉にハッとして窓の外へ視線を向けた。

自衛隊員たちは相変わらず街の中をうろうろしていて、その数が減ったようには見えない。



「病院にも自衛隊員がいるんだ?」

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