第2話

☆☆☆


ひとりで教室へ戻ってくると圭太が心配そうな顔で近づいてきた。



「どうだった?」


「わからない。とりあえず、保健室のベッドで横になってるけど……」



ユカリの様子を思い出すと、保健室での大応では限界がありそうだ。

もしかしたら先生の車で病院へ向かうかもしれない。

ユカリの腕に現れていた赤い斑点のことは、なんとなく圭太には言えなかったのだった。


☆☆☆


1時間目の授業が終わったとき、友達の矢野麻子が声をかけてきた。

麻子は黒髪ショートカットで、ふくよかな体型をしている。



「ユカリちゃん、大丈夫そうなの?」



大人しいタイプの麻子はユカリへ苦手意識を持っているけれど、保健室から戻ってこないことを心配しているようだ。



「わかんない」



左右に首をフリ、スカートのポケットからスマホを取り出す。

まだ保健室で眠っているかもしれないから、メッセージだけ入れておくつもりだ。



「なんか、ユカリちゃんがいないと教室が静かだよね」



そう言われて休憩時間に入ったのにあまり私語をしている生徒がいないことに気がついた。

みんな自分の席で勉強していたり、勉強している生徒の邪魔にならないような声量で会話している。



「ごめんね。私もうるさくしてたかな?」



ユカリとちゃべっていると楽しくてつい自分の声量がわからなくなってしまう。



「ううん。そうじゃないの。ユカリちゃんの声を聞いてるとこっちまで楽しい気持ちになってたから、ちょっとさみしいなって感じたの」



麻子は顔の前で左右に手を振って説明する。

それならいいんだけれど……。



「ユカリ、たぶん寝てるんだと思う」



メッセージには即座に返信してくるユカリだけれど、今は既読もついていない。



「そっか。早くよくなるといいね」


「うん。そうだよね」



麻子のふんわりとしたマシュマロみたいな雰囲気に包み込まれそうになったとき、窓辺に圭太が走り寄ってきた。



「なぁ、今日って自衛隊のイベントとかあったっけ?」


「今日って平日だよ? ないんじゃない?」



ゴールデンウィークが終わったばかりの平日にイベントがあるとは思えなくて、そう返した。



「でも、さっきからすごい台数の車が通ってるんだ」



圭太に言われて私と麻子は窓辺に移動した。

3階から街の様子を見てみると、あちこちに自衛隊の車が出ているのがわかった。

迷彩柄の車は、街の中ではよく目立つ。



「そう言えば、ユカリを保健室に送っていったときも見たかも」



あのときはそれほど気にしていなかったけれど、あちこちに止まっている自衛隊の車を見るとなにかあったんじゃないかと気になってくる。



「イベントは特になかったと思うけど……」



イベント好きでよくチェックしている麻子も首をかしげている。



「じゃあ、なにかあったのかな? 事件とか、自然災害とか?」


「それにしては俺たちにはなにも連絡が来てないよな」



私の考えに圭太が答える。



学校付近にこれだけ自衛隊が集まってきているのなら、生徒たちにもなにか連絡が入っていてよさそうなものだ。

けれど、今の所なにも聞かされていない。



「う~ん。やっぱりなにもイベントなんてなさそうだよ」



スマホでイベント情報を調べていたのだろう、麻子が眉を下げて言った。

イベントでもない。

災害が起こったわけでもない。


じゃあどうして自衛隊がこんなに沢山?

私達がこうして話をしている間にも街のいたる場所に車が増えていく。

それはなにか物々しさを感じて、嫌な予感がしたのだった。



4時間目の授業が終わってスマホを確認すると、ユカリからの返信が届いていた。



《ユカリ:心配かけてごめんね。今日は早退します》


「薫ちゃん。一緒にお弁当食べよう?」



ピンク色のお弁当包みを持った麻子が近づいてくる。



「うん。でもその前にユカリの荷物を持っていってあげていい? 今日はもう早退するって」


「あ、そうなんだ」



慌てた様子でお弁当を自分の机に起き、戻ってくる。

ふたりで教室を出て保健室へ向かう間も、麻子は窓の外を気にしていた。

午前中から増え続けて自衛隊の車は、まだ街なかのいたる場所に停車したままだ。



「あんなに長時間なにをしてるんだろう」


「やっぱりなにか事件とか、事故とかあったのかもしれないね」



私も窓の外の景色を見ながら答える。

先生たちはなにも言わないけれど、一斉下校などにならないところを見ると大したことではないのだろう。



「失礼します」



保健室のドアをノックして開くと、そこにはもうユカリの姿はなかった。



「荷物を持ってきてくれたのね、ありがとう」



「ユカリちゃん、もう帰っちゃったんですか?」


「えぇ。少し体調が良くなったから、今のうちに帰りますって。荷物は先生が放課後に届けに行くから大丈夫よ」



そう言って私の手からユカリのかばんを受け取った。



「ユカリはなんの症状だったんですか?」


「病院でちゃんと検査しないとわからないわ。だけどお腹が減ったって言ってたからきっと大丈夫よ」


体調が悪くても食欲があるのなら確かに大丈夫そうだ。

ホッとして麻子と微笑み合う。



「それじゃ、ユカリのかばんをお願いします」



そうして私達は保健室を出たのだった。


☆☆☆


翌日の朝、7時前に目が覚めた私は枕元のスマホを確認した。

昨日寝る前にユカリに《明日は学校に来られそう?》と、メッセージを入れておいたのだけれど、返事は来ていない。

既読はついているから、気がついているはずだけれど。


やっぱりまだ体調がよくないのかな。

そう思いながらベッドから起き出して洗面所へ向かう。

キッチンではすでに母親が朝食の準備を始めている音が聞こえてくる。

トントンと小気味いいリズムの包丁の音を聞きながら顔を洗い、寝癖を整える。

キッチンへ入っていくと焼きたての卵の匂いが食欲をそそった。

そう言えばユカリは食欲はあったって、先生は言ってたっけ。



「手伝う」



母親に一声かけて食器棚から小皿を取り出し、、フライパンの上で湯気を立てる目玉焼きを取り分けていく。



「ユカリちゃんの具合はどうなの?」


「連絡がなくてわからないんだよね。でも昨日は1人で帰ったみたいだし、たぶん大丈夫だと思うんだけど……」



ユカリが早退したことは昨日の内に母親にも伝えてあった。



「そう。早く元気になるといいわね」



「うん」



それから家族3人で食事をしていると、男性ニュースキャスターが深刻な表情で原稿を読み上げ始めた。



「昨日、午前5時頃、この小さな街で新種のウイルスが発見されました」



スタジオの男性キャスターの声と共に、どこかの街の様子が画面に映し出される。

険しい表情をした自衛隊員が何人も街の中を走りまわり、自衛隊の車も頻繁に生きしている。

その様子を見て私は思わず箸を止めて画面に見入っていた。



「そういえば昨日、自衛隊の車が沢山出てたよね。知ってる?」


「あぁ。お父さんも仕事帰りに見たぞ」


「あれってなにしてたのは知ってる?」


「さぁ? なんだったんだろうな?」



父親もなにもわからないようで、首をかしげている。



「ちょっと、あのスーパーって西区にあるスーパーじゃない?」



突然母親が大きな声を上げてテレビ画面を指差した。

画面に出ているスーパーは私も何度か行ったことのあるスーパーで、家からそれほど遠くない。



「嘘だろ? このスーパーは小さな個人経営で、全国チェーンじゃないぞ」


「ってことは、西区にしかないってこと?」

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