第20話 王都で無意識に躾している人たち
———一方で。
シオンとマールンは屋台には目もくれず、街を歩き進めていた。
「シオンさんわたし……少し歩き疲れました」
「それは休憩しないとね。でもここら辺は人通りが多いし……。とりあえず、路地裏に行こっか」
「はい〜」
シオンがマールンの手を取り、2人は路地裏へと入っていく。
「おい……」
「へっへっ……」
「タイミングがいいことで……」
その姿をしっかり目に焼き付け、後を追うのは、ぱっと見の印象がヒゲ、デカ、ヒョロの三馬鹿冒険者だった。
そして――。
「よお、色男さんよー」
「随分といいエルフの女を連れているじゃないか〜」
「俺たちにもよく見せてくれよー」
路地裏に足を踏み入れてしまった3人の男たち。
口元を歪ませ、各々台詞を————
「≪アースウォール≫≪アイスグラン≫」」
男たちが次にシオンの姿を視界に入れた時、シオンは何故か膝をついて地面に触れていた。
瞬間、男たちの背後の地面がせりあがり、路地裏の入口が土の高い壁で塞がれた。
「なっ!?」
「入り口が!?」
「なんだなんだ!?」
さすがの男たちも突然のことで、我を忘れて驚いているようだ。
土の壁で塞がれた入り口を見て、それから再度、シオンとマールンの方を慌てて振り返る。
2人は穏やかな笑みを浮かべつつ……その笑みには妙に圧を感じた。
「やっぱりこっちに来ましたね〜」
「そうだね。ボクの予想が見事に当たったねぇ。男ってほんと……胸がでかい方が好きなんだね……」
2人のその口ぶりに、ヒゲの男が震えた口を開く。
「お、お前らっ! 俺たちが後をつけていたことが分かっていたと言うのかっ」
「おっぱいが大きいエルフの方を狙うと思っていたさ。だからこのペアにしたんだよ」
「シオンさん、順序が逆ですよ〜。その前に、ホノカさんの察知スキルで悪意や下品な視線は察知してましたからね〜」
シオンは呆れた表情で。マールンはにこやかな表情で告げる。
「お、俺たちっ。もしかしてやばいやつらに手を出したんじゃ……」
ヒョロな体型の男が身体を震わせる。
「まあまあ落ち着けお前らぁ」
背中に大剣を背負ったリーダーらしきデカい男が、自信を取り戻したかのように前に出る。
「分かってるなら話が早いじゃねーか……。おい、イケメン! そのエルフの女を俺様たちに寄越せ!!」
「だってさ、マールン。ご指名だよ」
「絶対に嫌です〜」
「絶対に嫌らしいよ。残念だったね。諦めてくれるといいな」
「……ほーう。じゃあ力尽くで奪い取るしかないようだなぁ……クックッ」
デカい男は、背負っている大剣の鞘に指をかける。
しかし……シオンもマールンもビビる様子も驚く様子もない。
ただ少しだけ笑みを浮かべて余裕がある。
「大体なんでこんな物騒な方法を取るんだい?」
シオンが冷静な口調でそう言えば、デカい男はニヤリと笑う。
「そんなの決まってるだろう? お前が調子に乗っているからだ! だから躾もしてやるんだよ。なぁ! お前ら!!」
「王都冒険者ギルドじゃ見たことない新入りのくせに、美女をはべらせやがって!」
「生意気な新入りには、王都の躾ってやつをしてやらないとなぁ!」
数で勝っていることもあり、ヒゲの男もヒョロの男も調子を戻してきた。
「俺たちは王都冒険者ギルドじゃ、ちょっとは名の知れたパーティーでなぁ。そんな俺たちに目を付けられるとは、お前ら……運が悪かったなぁ!!」
「へっへっへっ……」
「くっくっくっ……」
3人はじわじわと距離を詰め、下卑な笑みを浮かべたまま、自慢の武器を抜こうと———
結果、抜けなかった。
「なっ!? 抜けない!?」
「剣が抜けねぇーぞッ。クッソ!」
「はぁ!? なんでっ」
いつの間にか鞘の部分を凍らされて剣が抜けない状況に、あからさまな動揺を見せる男たち。
シオンは土壁を作ったのと同時に、氷属性の魔法も発動させており、その時にはもう男たちの武器は封じていたのだ。
男たちもそのことに察しがつき、ゆっくりとシオンに視線を向ければ……ゾワッと。鳥肌が立つ。
「さて、次はどうしようかな。武器を封じられて残っているのはその身体だけ……。殴りかかってくれば、その腕を切ればいい。そうすれば、もう二度と、武器は握れない。蹴りを入れてくるのなら、その脚を切ればいい。そうなれば、冒険者として今後、生計を立てていくのは絶望的に……。ふふ、想像が膨らむねぇ」
シオンの余裕が、黒い笑みへと変わる。
男たちはまだ何も痛い目にはあってないはずなのに……全身から汗が吹き出し、心臓はうるさいほどバクバク鳴っている。
「……いずれにしろ、遊びは終わりだ。王都の躾って、確か強いやつが正義だろう? 王都冒険者ギルドから勇者パーティーが輩出されていてから、何故かそんな裏ルール的なものができたんだよねぇ。まあ今では好きだよ、そのルール」
シオンはゆっくり……剣を抜く。
「だって、強いやつのやる事なすことが正しいと評価される。なら……今からボクが何をやっても正義だよね? たとえ、この剣で心臓を貫いて一瞬で命を奪ったとしても」
冷静な口調の割に内容は冷酷。圧と恐怖を感じる。
シオンが一歩足を進めても、男たちは金縛りにあったかのように動けない。
口さえ、ろくに動かせない。
足はカクカクと震えるばかり。
「さて……じゃあまず君からかな?」
シオンは誰とは言わず。
ただ、狙いを定めたように突きの構えを――――
「「「すいませんでしたあああああああ!!!」」」
男たちは……素早く足を折りたたみ、地べたに頭をしっかり付けて土下座した。
「ええ……」
「あらあら」
呆気に取られるシオンとマールン。
「なんでもしますんで、どうか命だけは……!!」
「なんでも言うこと聞きます!!」
「どうぞ我々をお好きに使ってください!!」
男たちが口々にそう言う。
「男って……みんなこうなのかい?」
シオンは誰かさんのことを思い浮かべならがら……苦笑した。
数分後。
すっかり戦意を無くしたシオンは、変わらず土下座する男たちを見下ろしていた。
「せっかくボコれ……じゃなくて。こういう荒くれ者って、何も考えずに突っ込んできて、痛い目を見る展開じゃないのかな?」
「タイミングが良いところで我に返ったみたいですね。それも、シオンさんが計画的に追い詰めていったからですよ〜」
「そうなの? 計画的に追い詰めていくのは、冒険者として当然のことだと思うけど」
「それは普通の冒険者はやらないことですよ。むしろ、強者だからする芸当。シオンさんの言葉責めは特に怖いですからねぇ〜。お漏らししないで謝った彼らは、割と凄いと思いましたよ〜」
シオンとマールンが男たちに視線を向ければ、3人は恐縮した様子でいた。
「それで、別に彼らになんでも言うことを聞きますと言われても、嬉しくもないのだけど……」
「同感ですね。私たちはもうなんでも言うことを聞いてもらう、大切な殿方がいますもんね〜」
「ロクト以外にはボクたちの願いは叶えられないからね。むしろロクト以外の男は、ほぼどうでもいいというか」
シオンとマールンが惚気、微笑み合う。
「あ、あの……そ、それって荷物持ちっぽい黒髪の男のことでしょうか……?」
デカい男が大きな身体に見合わず、恐る恐る聞いた。
「ん? ああ、そうだね。それと、さっきの言葉を訂正すると、ボクがはべらせているじゃなくて、彼がボクたち3人をはべらせているんだからね」
シオンの言葉に衝撃を受ける男3人。
「アイツが! あの地味なやつが!」
「3人をはべらせているということは……アンタ女なのか!?」
「つまりは、あの荷物持ちが1番やべぇやつなんじゃ……」
「ロクトに何かしたら、容赦なく殺すから」
「そもそも今、生きて帰れると思わないでください」
「「「いや、話しかけようとも思いません!!!」」」
どんどん理解度を上げていく3人。
「……なんか、思ったより馬鹿じゃないんだね。あっ」
すると、シオンが何か思いついたような声を漏らした。
「……3人とも。さっきなんでも聞くって言ったよね? 男に二言はないよね?」
「「「シオン様の仰せのままに!!!」 」」
男たちは声を揃えて言う。
「うふふ。見事に躾されてますね〜」
「躾した覚えはないだけど……。マールンはこの状況を楽しんでいるね、全く……。ロクト以外の男に従順になられても嬉しくないよ。だけど、利用できるならしないとね」
シオンは再び男たちの方を向き、告げる。
「王都冒険者ギルドで今、勇者パーティー候補になっている冒険者を調べ上げて欲しいんだけど」
「勇者パーティー候補っすか?」
「なぜ勇者パーティー候補について……?」
「まさかお2人も勇者パーティー候補で!」
「……質問を質問で返さないでくれるかな? 聞き分けの悪い犬は嫌いなんだけど」
「「「すいません!!!」」」
男たちはまた地べたに頭を擦り付ける。
「ボクが言っているのは、王都冒険者ギルドで今、勇者パーティー候補になっている冒険者を全員調べ上げて欲しいってこと。ついでにリスト化してもらえると助かる。……出来るよね?」
「「「は、はい! もちろんです!!!」」」
シオンの冷たい視線に、男たちは冷や汗をかきながら即答。
「期間は……そうだなぁ。今日を合わせて3日かな。3日経ったらまた王都冒険者ギルドに行くから、その時に情報を渡して欲しいな。説明は終わったから……じゃあもう行っていいよ」
「「「ありがとうございます! 失礼しやす!!」」」
男たちは深々とお辞儀して、土壁が解除された路地裏を急いで出ていった。
「これで王都にいる間の手間が省けたね。それに、ロクトやホノカのデートを邪魔する者はいない」
「さすがわたしたちのリーダーですね〜」
「意外なことはあったけど、面倒ごとがスムーズに終わってよかったよ。ボクたちも、彼らも」
「と、言うと?」
「彼らは本当に運が良かったかもね。もし、ホノカの方に行っていたら……半殺しは確実だったからね」
◆◆
「へくしゅん!」
「ホノカ風邪か! 温かい飲み物でも飲むか!」
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ、ろっくん〜。誰かが私のことを言っているだけだから〜」
ロクトの隣にいるホノカは、まるで心配事がなくなったような吹っ切れた笑みを浮かべたのだった。
「そうなのか?」
もちろん、ロクトだけが何も知らない。
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