第14話 なんでも言うこと聞くので許してください!

 ギルドマスター室を出た後。

 俺は【収納】の能力を使って冒険者ギルドに大量に届いた小包や木材を指定の場所に移動させていた。

 

「お疲れ様でしたロクトさん〜。これで荷物は最後でした〜」

「ああ、良かった。案内してもらってありがとうございました」

「いえいえ〜。こちらこそです〜」


 対応してくれたのは、ばっちりメイクを決めたゆるふわの髪の受付嬢のお姉さん。


 ギルドマスター室に来たお姉さんとは何故か変わったんだよなぁ。なんでだろ? 


 香水を付けているのか、お姉さんが近づくたびにいい香りがする。


「ロクトさんの【収納】は便利ですね〜。すごいです〜」

「そ、そうですかね?」

「はい〜。ロクトさんは、つよつよのすごすごさんですよ〜」

「そ、そうですかぁ〜?」


 この受付嬢のお姉さん……さっきから俺のことめちゃくちゃ褒めてくれる! いい人だよ!


『ぷくくくっ……1人だけ地味ねぇ〜』


『ハッハッハッ! おい、ロクト! お前がお荷物のせいでロクな依頼が受けられないみたいなじゃねーか!』


 さっきまでは荷物持ちを卑下した発言が多かったからなぁ……。


 世の中の頑張っている荷物持ちにもこれくらい優しい対応をしてもらえると、追放ざまぁなんてなくなると思うんだけどなぁー。


 まあ俺は、真の能力がやらが気になっているから追放されたいけど。


「話が変わるんですけど、そのリップグロスいいですね。赤色が綺麗で表情が色っぽく見えます」

「あっ……。気づいてくださったんですかぁ〜。ふふふっ」


 お姉さんは少し頬を染める。


 前世では、女性の容姿は気づいたらすぐ褒めろって教えられていた。

 だから、メイクや髪を切った時とか容姿の変化とかはやたらと見抜くのが得意だった。


 でもイケメンなら、褒め言葉なんて使わなくてもモテるよなぁ。


「そのー……ロクトさん?」

「ん? どうしました?」


 お姉さんがさっきよりも頬を赤くして、手をもじもじさせている。


 ああ、これは……。


「わたし……ロクトさんにお聞きしたいことがあって……」

「ああ、シオンのことですよね。アイツなら恋人もメンバーの誰とも付き合ってませよ! ただライバルはものすごく多いので……」

「? なぜシオンさんの話になるのですか?」

「え? シオンのことが聞きたいのではないんですか?」


 街に行けば、シオン目当ての女性から「情報を寄越せっ!」と言われる多いから、今回もそれかと思っていた。


「シオンさんではありませんよ〜。というか、シオンさんはないですね。むしろ私は———」

 

 お姉さんが何か言いかけたその時。


「―――ロクト」 

「ん? おっ、みんな!」


 シオン、マールンさん、ホノカ。3人揃っていた。


「……チッ」

「え?」


 どこからか、舌打ちしたような音が。

 女性が出しちゃいけないような、まるで不機嫌という感情が詰まった舌打ちの音がした。


 受付嬢のお姉さんと3人を交互に見ると、全員が険しい表情をしていて……って。


「あ、いや……これはだなっ」


 シオンたちはギルドマスター室にいたはず。

 さっき勇者パーティー候補についての話し合いが終わったとすれば……結構時間を掛けて話し合っていたということ。

 

 それなのに……俺だけ受付嬢とのんびりと話していたらそりゃ怒るよな……!


 あれ、でもなんで受付嬢のお姉さんまで険しい顔に?


「ふふふ。ではロクトさん。またわたしの"容姿"について。褒めてくれると嬉しいです〜。荷物を運んでいただいてありがとうございました〜」

「あ、はい。こちらこそ……!」


 受付嬢のお姉さんに笑みが戻った。そのまま駆け足で仕事に戻っていった。

  

 で……振り向くのが怖い。

 不機嫌なみんなの方を向くのが怖いのだが……。


「……ロクト。とりあえず、家に戻ろっか?」

「……ハイ」


 それからみんなで住んでいる一軒家に帰宅。

 リビングにて、俺は自ら正座をしていた。

 

「ギルドマスターとは真面目に話をしてきたんだけど……。さっきのを見て、会話の内容がどこかへ飛びそうだったよ……」


 シオンが珍しく疲れた表情をしている。


「そういえば、結局どうなった……のですか?」


 一応ここは、敬語を使っておこう。だって怖いから。


「勇者パーティー候補の話だよね? ……保留にしたよ」

「ほ、保留……!」


 あのシオンが……珍しい!

 シオンが最初に断ったものは、普段ならそのままひっくり返ることなんてないのだが……。


 ギルドマスターとの口論に押し負けたということなのか? 

 ギルドマスターすげぇな。

 

「でも正直、迷っている……」


 シオンが眉を顰め、唇に指を当てて悩ましいとばかりの声色。


『ん? 勇者パーティーの候補の話だろう? 聞いていたさ。そして考えて、答えを出した』

『すぐ答えが出たね〜』

『考える暇もありませんでした』


 最初はみんなこんな感じだったしな。


「受けてもいいけどなぁ……。でも受けないとそれはそれで惜しい……」


 シオンがここまで悩むとは……俺がいない間にギルドマスターは何を言ったんだろう?


「ちょっとギルドマスターとの会話を思い出すから……ホノカ、マールン。ロクトに不満を言ってもらっていいよ」

「……」

「……」


 俺も視線を2人にずらす。

 さっきからホノカとマールンさんが黙っているのが怖かったんだよなぁ!!


「ろっくんは……ああいうタイプが好きなの?」

「え?」

「わたしはああいうタイプは好きではありませんね〜。有望な男なら、誰でもいいという感じがしますし〜」

「え?」


 ……ああいうタイプ? 

 あっ、もしかして俺が話していた受付嬢のお姉さんのことを言っているのか?


「あの受付嬢のお姉さんなら、シオンのことを聞きたかったわけじゃないってさ。珍しいよなー」

「「そういうことじゃなくて」」

「……あ、ハイ」

  

 2人の視線がより冷たいものになった。


「質問をシンプルにしよっか。ろっくんの好みの女の子はどんな感じかな?」

「俺の好み? 俺は……ほら。おっぱいが大きな女の子が好みだけど」

「……はぁぁぁぁ」


 えっ、今度はシオンがめっちゃデカいため息ついたんだけど!?

 

「あー……。しーちゃんは一回置いといて……。あの女の人、どう見てもしーちゃん狙いじゃなかったでしょ?」

「ギルド職員や受付嬢となれば、裏方の大変さを知っていますから、見方が変わってきますよね……」  

「おまけに優しくて、料理も家事も得意で付き合うならうってつけの存在」

「へぇ。そんなイケメンがいるのかぁ……。誰のことだったんだろな。勇気出して聞いたみたいな感じだったし、教えられなくてお姉さんに悪いことしちゃったなぁ……」

「……」

「……」

「ご、ごめんなさい!!」


 ホノカとマールンさんがますます不機嫌になったような気がして、すぐさま謝る。


 やっぱり怒ってあるよな……。

 荷物運びが終わってすぐにギルドマスター室に戻っていればなぁ。


 あっ、俺が戻らなかったからシオンが一旦保留にしたって可能性もあるのか……。

 シオンなら、みんなの意見をちゃんと聞いてから決めたいって思うだろうし。 


「スンスン……ろっくんからすごい香水の香りするし……」

「ロクトさんに無駄にくっついてきたんでしょうね〜」


 なんかさらに不機嫌になってきたんだけど……!


 このまま俺が何を言っても、逆に怒らせる気がする……。

 

 だが、俺には奥義がある。


 それこそ、【収納】の能力がどこまでの可能性を持っているのか。シオンの火の魔法を収納した時に、2人の荷物を燃やしてしまった際にも土下座してしっかり謝罪した後、言い放った言葉……。


 俺は息を吸い……その言葉を放つ。


「な、なんでも言うこと聞くので許してください……!」


 そうして地面に頭を付けた。

 渾身の土下座&奥義である。

 と言っても、ふかふかのカーペットが敷いてあるのでおでこは痛くない。


「なんでも……」

「なんでもですか……」

「なんでもねぇ……」


 考え事をしていたシオンの声まで聞こえた気がしたのだが……。


「……ろっくん。顔を上げて」 

「ロクトさんにいつまでも土下座をしていただくわけにはいきませんからね」


 ゆっくり顔を上げれば……ホノカとマールンさん。そして、シオンの表情が少し穏やかになっていた気がした。


「勇者パーティー候補の話は受ける、受けないにしても……一度、王都冒険者ギルドには偵察に行った方が良さそうだね」

「王都冒険者ギルドかぁ〜。そっちはどっちでもいいけど、王都には美味しい食べ物がたくさんあるらしいから、美味しいもの巡りはしたいなぁ〜」

「王都には面白い魔法書も揃っていると聞きますからね。興味があります〜」

「じゃあみんなで王都に行こうか。もちろん、滞在期間は長めにしてね」


 みんなは……王都の話題で盛り上がっている様子だった。


 俺の奥義。なんでも言うこと聞くので許してくてくださいは……もう効果切れ!?

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