第16話 王都ファニファール

「おーい着いたぞ! あれが王都ファニファールだ!」

「……んぁ?」


 御者のおっちゃんのその声で、ぼんやりとした思考が冴えてきた。

 

「ふふ。おはようロクト」

「おはようございます、ロクトさん〜」


 向かいに座っているシオンとマールンさんの微笑ましい表情が視界に入った。

 

 ……どうやら俺は寝ていたようだ。

 いつもの習慣で早く目覚めて、同じく早起きのホノカと喋っていたはずなのに……いつの間にか、また眠ってしまったみたいだな。


 あっ、やべっ。涎垂れている気がする……。


「あっ、ロクト。動くのはちょっと我慢して」

「……へ?」


 なんか虫とかついてる!?


「そんなに驚かなくても、頭に虫が付いているわけじゃないよ。ほら、ホノカがまだ寝ているからさ」

「入り口は混雑していてしばらくは入れなさそうですからね。ホノカさんを起こすのはもう少し後にしましょうか」


 2人の優しい笑みは俺の隣に向けられた。

 俺も視線をずらせば、すやすやと寝息を立てて眠るホノカの姿が。


「すぅ……」


 しかも俺の肩に、頭と身体を預けている状態。

 柔らかい感触と耳には息がかかるなぁとぼんやりと思っていたけど、こうなっていたとは……。


「馬車で寝てしまうなんて、よほどクッションが気持ちいいのですね〜」

「このクッションは良いものだね。お尻や背中が痛くならないよ」

 

 2人がお尻に敷いているクッションに触れる。

 これは、今回の王都遠征に向けて良さげだと思って買っておいた背中も保護できるサイズのふわふわクッションだ。


 馬車での長時間の移動となると、ガタガタ揺れるのがキツくなってくるし、座るところは固いからお尻が悲鳴を上げてしまう。 

 このクッションは今後の馬車移動にも使わせてもらおう。

 

「クッションの性能もいいけど……これもロクトの収納の能力があってこそだね」

「ロクトさんの収納のおかげで、こうして快適に過ごせてますからね〜」  

「なんだよ2人ともっ。褒めても今なら収納からお菓子を出すぐらいしかできないぞー」

「んー……」


 おっと。声は小さくしないとホノカが起きてしまうな。


「ロクトの隣の居心地もいいみたいだね」

「わたしも今度、試したいですね〜」

「いやいや。俺は寝具じゃないっすよ」


 そんなツッコミを入れつつ、俺は首だけ動かして……馬車の窓から外を見た。


 移動には丸2日かかって、今は日が登りきっており、日差しが眩しい。


 視線の先に見えるのが王都ファニファールなのだろう。

 周囲をいかにも頑丈な城壁で囲っている。城壁も高く、これをよじ登ってまで中に入ろうとは思わないな。

 

 正面には、めちゃくちゃデカい門がある。あそこが入り口なのだろう。

 入場待ちの長い馬車の列ができていた。

 もっとよく見れば、門の傍にはなにやら検問所みたいなところがある。


「やっぱり王都だから入場するのにも厳しい検査があるんだな」

「そうだね。罪人や盗賊を入れないためにも、騎士団自ら検問に立ち合っているよ」


 おお、ほんとだ。刻印入りのマントに鎧に剣に……いかにも騎士という佇まいをしている人たちが何十人もいる。


 やっぱり人材の規模から俺たちが拠点としている街とは違うなぁ。


「王都ファニファールは見ての通り、裕福な国だ。金も地位も一攫千金も……なにもかもが存在すると言われている。しかしその裏では、人身売買や盗賊団が動いていたり、貴族の闇など……色々あるんだよ」

「へぇー。シオンはよく知っているな」

「まあ、ね……」


 シオンが少し気まずそうに視線を逸らした。

 と思えば、いつも通りの爽やかな笑みを浮かべて。


「まあ王都自体は普通に過ごしていれば、楽しめると思うよ。色々揃っているからね。むしろ、みんなとならどこに行っても楽しめるよね」


 シオンの言葉にマールンさんと俺は頷く。


「うーん……」


 こくん、と。ホノカも船を漕いて返事をしたのだった。



◇◇


 検問のチェックは無事に通過した。 


 馬車専用のスペースでおっちゃんと別れて、王都の中を進んでいくと……朝にも関わらず、広さがある中央通りは混雑していた。


 人間だけではなく、エルフや獣人、ドワーフなど様々な種族がいる。種族間の理解が他のところよりも進んでいるということがわかる。

  

「うわ〜! 道も広いし、人もいっぱいお店もいっぱいだよ〜!」


 王都の街並みや物珍しさにホノカは視線をキョロキョロしながら、はしゃいでいた。


「王都はやはり発達してますね」


 そんなホノカに微笑みつつ、遠くに行かないようにマールンさんは手を繋ぐ。


「ねえねえまーさんっ。あのお肉くるくる回っているの美味しそうだよー!」

「美味しそうですね。ですから、お腹を空かせてから買いに行きましょうね〜」


 マールンさん宥め方うまいな。

 なんだが親子みたいな2人でほっこりするなぁ。


「じゃあまず、王都冒険者ギルドの偵察に行こうか。みんな早く終わらせて、自由行動がしたいだろう?」


 シオンが今日もリーダーとして仕切ってくれる。


「うんっ。早く美味しいもの食べたい〜!」

「魔道書も気になりますね〜」

「ボクは王都にあると言われる美容効果の温泉というのが気になるね」

 

 俺もおっちゃんに頼まれた場所に荷物下ろしてから、王都を堪能するとしよう!

 

 自由行動ってことは、みんな行きたいところにそれぞれ行くんだな。

 

 なら俺も1人で—————


「あとは、ろっくんが」

「ロクトさんが」

「ロクトが」


「ん?」


 みんなが俺の名前を呼び、視線を向けてきたと思えば……にこっ、と笑顔になった。


「「「なんでも言うこと聞いてくれるんだよね(ですよね)」」」

「……え?」


『な、なんでも言うこと聞くので許してください……!』


 あれ、効果切れじゃなかったの!?

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