第4話 イケメンはやたらと距離が近い

 せっかくの休暇。1人も寂しいのでパーティーメンバーの誰かの荷物持ちでもしながら街をぶらぶらしようと考えていたが……俺が支度を終える頃には、みんな家を出ていた。


 というわけで、俺は1人で街へと出ていた。


「まあ1人でゆっくり考える時間ってのも大切だよなぁー」


 そう。どうやって追放されるかについて。


 無能と追放されるには、みんなが優しいし。円満追放についても、今の俺に彼女などできなそうだから無理……。


 あと追放って言ったら……。


「あー……そういえば、"アレ"も追放かぁ。追放というか……バッドエンド」


 パッと思いついたとはいえ、顔が険しくなってしまう。


 ———寝取られ追放というものがある。


『パーティーの女は全員俺の女だ。所詮お前は、俺に何もかも勝てないってわけだ。もうお前を必要とするものはいない。追放だ』


 気づけば、婚約者や仲のいいと思っていたメンバーが全員イケメンに寝取られていたという展開。

 もっと最悪の場合、追放されるだけでは留まらず、冤罪や罪人にされるという理不尽なことが成立してしまう。

 これは追放ざまぁに繋がるよなぁ……。

 

「さすがに追放ざまぁはしたくないよぁ。だって俺は追放されるという過程だけ踏めば、能力が覚醒するはずなのだから!」


 それに、お世話になったパーティーメンバーにざまぁなんてしたくないし。

 追放という流れで不幸になるのは俺だけで良いよな。

 まあその後の俺は、能力が覚醒して無双ハーレムする予定だけど!


 だとすると、やっぱり無能と追放されるか、円満に追放されるか。他は……。


「おお、人混みすご」


 いつの間にか人で賑わっているエリアに着いた。

 祭りの屋台のような形式の店がたくさんある。食べ物に洋服、アクセサリー……こういうのって見ているだけで楽しいよなー。


「おっ、ここは女性客がやたらと集まっているな。何かとびきり美味いものでも……あっ」


 その中で一際、人が集まっているところを見つけた。

 それは、人気スイーツ店の行列でもなく、バーゲンセールに集まっているのではなく……。


「シオン様! これからお茶などいかがですか?」

「ずるい〜! シオン様っ。わたしと買い物デートしましょうよ〜」


 女性たちが集まるその中心にいるのは……紺色ショートカットの美少年と美女を程よく融合させたような中性的なイケメン。

 その容姿は、遠目でも目を引く。


 は、爽やかな笑顔を振りまいていた。


「申し訳ないけど先約があるんだ」


 そのイケメンには、見覚えがあった。

 というか知っていて当然だ。


 シオン……アイツは俺たちのパーティーのリーダーであるのだから。


「え〜〜っ。そんな〜〜!」

「シオン様っ。全然会ってくれないじゃないですかぁ〜」


「ボクも忙しいからね」


 女性たちが悲しげな表情になるのに対して、シオンは変わらぬ笑みを浮かべていた。

 対応に慣れているという感じがする。


 でもシオンのやつ、モテる割には女の子とデートしてきたとか、誰かと付き合っているとか浮ついた話は聞かないんだよなぁー。なんでだろ?


「おっと。先約の相手が来たみたいだ」


 シオンが遠くを見つめてそう言えば、群がっていた女性たちからはさらに残念そうな声が上がった。

 

 シオンの知り合いなら絶対美女だよなぁ。

 俺も1人くらい紹介してもらいた——


「おーい! ロクト!」

「……はい?」


 俺の名前を呼ぶ声がした。

 声がした方へ視線を向けると……シオンがいた。さらにシオンは俺に向かって手を振っていた。


 いや、まだ人違いの可能性があるな……。

 試しに小さく手を振ってみる。

 イケメンスマイルを浮かべているシオンに手を振り返された。


 俺もパーティーメンバーの1人であり、みんなが強いから俺も顔と名前がちょっとは知れている。

 なので、女性たちの視線はすぐに俺に集まった。


「ええ……ここで俺を呼ぶかよ……」


 気まずくなって頬をポリポリと掻く。


 めちゃくちゃ女性たちからの視線が痛いんだが……。 

 まあ女の子たちの対応がめんどくさくなって、俺をナンパ避けにするためだろう。

 

「しょうがないなぁ……」


 俺は重たい足取りでシオンの方へ歩いていく。


「待たせて悪いな、シオン」


 一応、フリもしとく。


「君に会いたくて待っちゃったのはボクさ。気にしないで」


 ここで女性たちから黄色い歓声が上がる。

 シオンはこういう、キザッぽい振る舞い方も女性から絶大な人気を誇っているのだ。


 ちくしょう! イケメンは何をやってもモテモテだなぁ!!


 シオンはうちのパーティーのリーダーを務めているとあり、めちゃくちゃ強いし、容姿もいい。振る舞い方もキザっぽいが、基本謙虚で優しい完璧人。


 なんか弱点あってよ!!


「行こうか、ロクト」

  

 この微笑みもどこか憎めん。


 シオンに腕を掴まれて、女性たちの囲いから抜け出す。

 しばらくして人通りが少なくなったところで、シオンは腕を離した。


「ありがとう、ロクト。女の子たちを撒くのは大変だったから助かったよ」

「お役に立てたようで良かったよ。それじゃあなー」

「待ってよ」


 早足でその場を離れようとしたが……ぐいっ、と俺の腕はシオンに捕まった。


「せっかくなら一緒に付き合ってよ」

「何に?」

「もちろん……一緒にに入りに行くに決まっているだろう?」


 シオンがふっ、と口角を上げて言う。


 シオンは大の温泉好き。

 今日みたいに休みの日には、必ずと言っていいほど温泉に入りにいく。


 それはいい趣味だと思うが、その温泉に何故か俺がよく付き合わされていた。

 

 異世界の温泉は、日本のように知らない人と大人数で入るのではなく、貸し切って入るスタイル。

 つまりは、俺とシオンの2人っきりで毎回温泉に入っているのだ。


 男2人だけで温泉に入って何が楽しいのだろう?と毎回思う。

 

「つか、俺じゃなくてシオンは女の子と入ればいいだろうが。モテモテなんだからさ」

 

 シオンが女の子たちに一緒に温泉に入ろうと誘えば、それはそれは争奪戦になって凄いごとになるだろう。


 俺もおっぱいが大きくて可愛い子と温泉に入りたい!!


 羨ましいという視線を送っている俺とは違い、シオンはやれやれと重いため息をついた。

 

「ロクトはなんのためにボクが女の子たちのナンパを断っていると思っているのかい?」

「え、非モテな俺への当てつけ?」

「君のボクへの印象はどうなっているんだ。全く……。ボクは面倒ごとを避けたいんだ。女の子たちと話す以外のことをしてしまうと色々と面倒なことに繋がるだろう?」

「そうか?」


 モテモテになるのが1番難しいというのに、それをあっさりクリアしているイケメンの悩みは俺には分からない。


「全く、ロクトとは……。ボクが女の子に興味ない時点で色々と察してほしいものだけど。それに、女の子ならホノカやマールンで十分だよ」

「十分ってお前まさか……2人とそういう仲なのか!?」


 えっ、寝取り追放の可能性はあるの!?

 寝取り追放はメンタルにかなり響くから嫌なんだけど!?

 てか、寝取りが嫌いなんだけど!!

 ホノカもマールンさんも彼女でもなんでもないけどさ!!


「なぁなぁ! そういう仲ならもっと早く言ってくれよ! そして俺を早く楽にしてくれ!! 今からでも追放とかしていいんだぞ!!」

「何を言っているんだ、ロクト。ボクは2人のことはいい友人だとしか思っていないよ。そもそもボクは……」

「やっぱり付き合っているのか!!」

「はぁ……鈍感だね。とにかくほら、早く温泉に行くよ」


 シオンが俺の腕を掴む。今度は離さないとばかりに自分の腕を絡めてきた。


 シオンは俺の腕を掴んできたり、くっついてきたり、やたらと距離が近い。

 俺をナンパ避けにしているのだろう。


「温泉なら俺は美女と行きたいんだけどー」

「へぇ。ボクがいるというのに贅沢な悩みだねぇ」


 いや、シオンがイケメンすぎるから俺が余計霞んでモテないような……もういいや。

 まだ寝取りが起こっていないだけで幸せだと思おう。



◆◆


「じゃあ先入っているぞー」

「うん、ボクもすぐに行くよ」


 ロクトは恥ずかしがることもなく、テキパキと服を脱いで温泉へと向かった。


 それは、シオンの性別が男だと思っているから。

 まさかだとは、思っていないから。


「全く……。ロクトは相変わらずボクのことを男だと思っているみたいだね」

  

 ロクトが脱衣所を出たのを見て、シオンもようやく服を脱ぐ。


 そして、身体にバスタオルを巻く。

 何故かと言えば……身体を隠すため。

 男のロクトと混浴するのだから、身体は隠す。

 シオンは女であるのだから。


「こうしてなんの疑問も抱かずに一緒に温泉に入れることは嬉しいが……そろそろ気づいてほしいものだけどねぇ」


 シオンが温泉に入る際、何故バスタオルを巻いているのかについてもロクトは特に触れる様子もなかった。

 だから余計、気づいてもらえない。


「それとも、では、女の子ではないってことかな? あんなに腕にくっついていても気づかないもんね。そうかぁ……。それじゃあ貧乳の良さをたっぷりと教え込まないとね」


 ロクトが追放されなそうにない原因。

 いや。

 ロクトが鈍感になれなくなりそうな原因。

 どうやらシオンがその原因の1人になりそうであった。



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