第3話 聖母みたいなエルフさんは結婚に興味があるらしい

「ごちそうさま〜。ろっくんっ。今日のご飯も美味しかったよ!」

「今日も美味しい食事をありがとうございます、ロクトさん」

「ロクトが作るご飯はいつも美味しいよ。ありがとう」


 朝食が終わると、メンバーからそれぞれ気持ちが籠ったお礼を言われた。


「おう、こっちこそありがとうな」


 お礼を言ってもらえると嬉しいし、作り甲斐があるってもんだ。

  

 今日は休暇とあり、みんな各々の部屋へと戻っていった。

 俺はというと、鼻歌交じりに皿洗いをしていた。


 みんな今日も綺麗に食べてくれて嬉しいなと思っていたのだが……ふと気づいたことがある。


 というか、気づくべきだった。


「俺のパーティーメンバーって……全員いいやつしかいないんだったわ!」

  

 ホノカといい、メンバーみんないいやつばっかりなんだよ!


『剣も魔法も使えない荷物持ちが調子乗ってるんじゃねーよ!』

『所詮は荷物持ちなんだから、私たちと対等なわけないでしょw』

『荷物持ちの分際でアタシたちに口答えするつもり?』


 追放ファンタジーでありがちである、パーティーメンバーがやけに冷たく、暴言が酷いみたいなことは……思い返せば一度たりともなかった。


 むしろ、俺の【収納】という能力や料理や家事を褒めてくれるメンバーばかりだ。

 褒めて伸ばすタイプのパーティーなのかな?

 そんなホワイトなパーティーからある日突然、理不尽に追放されることなど……無理そうだ。


「どうやら無能だと追放されるパターンは難しそうだな……。だが俺は諦めない! まだ別の手がある!!」


 そう。追放ファンタジーは意外と奥深いのだ。

 前世の創作物では、追放という同じ流れでも中身が違うパターンが増えていた。


 次の追放プランへと移ろう。


 ——円満追放というものもある。


 円満とは文字通り、お互い納得した状態での追放。

 

『悪い。俺、大切な人ができたんだ。この子と幸せになるためにパーティーを抜けなければならない』

『おめでとう。お前はいい奴だったよ。名残惜しいが……お前が幸せになるために追放しよう』


 みたいな感じ。 

 ちょっと美化しすぎ? まあいいじゃないか。


 婚約や結婚がきっかけでパーティーを離れなければいけないこのパターンの追放は、メンバーがいいやつの方がむしろ好都合。気持ち良く送り出してくれるだろう。


 さて、そんな円満追放されるには結婚依然に彼女を作らないといけないのだが……。


 ……彼女。

 …………。

 ………………………。


 あれ? 無理じゃん。

 今頑張って想像してみたけど、架空の彼女でさえ、思い浮かばなかったぞ。


 そもそも異世界でモテるために必要なものとは、強さ。

 覚醒した能力という圧倒的な武器で無自覚に無双することこそ、異世界主人公。

 

 だから、荷物持ちでパッとしない今の俺では彼女など作れるはずがない。

 

「くっ! あの女神様にせめて顔だけはイケメンにしてくれって頼めばよかった……」


 大体、間違って死なせたとか言っていたんだし、そこは配慮してイケメンにしてくれていても……。


「……はぁ。これが今更気づいてももう遅いってやつか」

「ロクトさん。何か難しい顔をされていますね」

「ええ、ちょっと俺自身に問題がありまして……って、マールンさん!」

「うふふ。はい、マールンさんですよ」


 声を掛けられたので振り向けば、綺麗な金髪を靡かせたエルフがいた。


 彼女は、マールン。

 エルフ族であり、金色の髪から時より見えるその耳は細長いと特徴的である。

 あとおっぱいが大きい。

 おっぱいが大きい。


「うふふ。ロクトさんは見ていて飽きないですね。ですが、今のロクトさんは何か悩んでいる様子……。あなたにはいつまでも笑顔でいて欲しいです。よろしければ、わたしに悩みを話してみませんか?」

  

 まるで聖母のような笑顔を向けられた。

 いや、聖母というよりもうママ。

 まま……。


「ロクトさん?」

「あっ、はい! 話します話します!」


 思わず「ままぁ……おぎゃばぶ!」と漏れてしまいそうだったが、グッと堪えた。


 かと言って、次に何を話そうか。

 「俺に彼女ができません! 彼女ができる方法を教えてください!」って聞くのもなんかなぁ……。

 それにもし聞くとしても、リーダーの方が適任だよな。


「ふふ。ゆっくりで良いですからね」

  

 そう考えている間も、マールンさんは俺のことを温かい眼差しで見守ってくれていた。

 

 ……よし、とりあえず結婚の話題から入ってみようかな。円満追放についてのヒントが何かもらえるかもだし。


「マールンさんは円満———じゃなくて……結婚とか興味あったりしますか?」

「……」


 にこにこしていたマールンさんの表情が固まった。

 

「あ」


 俺も言って気づいた。

 地雷を踏んだような気がした。


 何故そう思うかって? 

 マールンさんは……エルフだから。

 この世界のエルフというのは、寿命が長い分。婚期が遅いどころか、逃す————


「ロクトさん……?」

「あっ、いやその! 俺の知り合い? がそのうち結婚するみたいな話をしていたので、つい!!」

 

 慌てて早口で訂正すれば、「ああ、そうなのですね」と再び笑みを浮かべてくれた。

 なんとか誤魔化せたようで、俺は胸を撫で下ろす。

 危ない危ない……普段穏やかな人ほど不機嫌になると怖いよなぁ。


「うふふ〜。ロクトさんもわたしのことを行き遅れエルフと思っているのかと思いましたよ〜」

「いやいや! そんなこと思ったこともありませんよ……!」


 てか、誰かマールンさんのことを行き遅れエルフって言ったことがあるのか! やめろ、死ぬぞ!! エルフよりは遥か先に死ぬと思うけど!


「ふふ。わかってますよ。ちょっとからかってみただけです」


 その割には笑顔がめっちゃ怖かった気がするんですが!?


「それで結婚のことですよね? もちろんわたしも結婚には興味がありますよ」

「おお!」

「意外……でしたか?」

「いえ。素敵だと思います!」

「うふふ。そうですね。結婚とは素敵なものです。ですが……わたしはエルフ。エルフは長生きな生き物で悠に500年は生きます。なので結婚したとしても……先に居なくなってしまうのは相手の方でしょう」


 マールンさんは少し寂しそうな瞳になる。


 もし人間の俺がマールンさんと結婚したとしても、マールンさんの人生においては半分も一緒にいられないのだろう。

 生涯を共にすることなど、不可能に近いかもしれない。


「だからわたしは結婚とは素敵なものとは思いますが、自分には向いていない。縁がないものと思っています」


 マールンさんはそう言うけど……。


「でも俺がマールンさんと結婚したとして、俺が寿命で死ぬ時に元気で変わらない姿のマールンさんが見守っていてくれたら嬉しいですけどね。だって、奥さんが死ぬ姿より、愛したままの姿を目に焼き付けたいじゃないですか。天国ではますます惚気られますね」

「ロクトさん……」

「それに、マールンさんのような優しくて気遣いができる女性は、きっといい奥さんになると思いますよ!」

「わたしがいい奥さん……ですか」

「はい。結婚どころか、子育てしている光景も思い浮かびますよ」


 マールンさんはパーティーの癒し兼頼れるお姉さんポジションである。 

 そしてマールンさんはおっぱいが大きいし、美人。

 そんなマールンさんと結婚できる男は幸せ者だろうし、子供もきっといい子に育つだろう。

 絶対いい家庭を築くよなぁー。


「俺がマールンさんと結婚したいぐらいですもん」

「―――」

「マールンさん?」


 マールンさんが黙り込んでいる。

 もしかして揶揄っているのかって怒っている……? で、でも嘘じゃないしな!


「わたし……ちょっとお手洗いに行ってきますね」

「あ、はい」


 慌てた様子でマールンさんは部屋を出た。

 去り際に見えたマールンさんのエルフ耳は赤くなっていた。


「マールンさん……風邪気味なのかな?」


 夕食は温かくて食べやすいものを作るか。



◆◆


「ロクトさん……。今まで頑張り屋の男の子だと見ていましたが……」


 マールンの顔は赤かった。

 頬に手を当てれば、さらに熱を感じ、顔の赤さを実感する。


 マールンがエルフとして生まれて早2××年。

 人間換算すれば2×歳。

 

 マールンからすれば、ロクトは可愛い子供のようなもの。

 そんな子供だと思っていたロクトから出た、結婚の言葉。

 妙に説得力があり、聞き惚れてしまった言葉。


『俺がマールンさんと結婚したいぐらいですもん』


 そして、意識してしまう言葉。

 

「ロクトさんと結婚……うふふ、うふふふふ。それはとても興味が惹かれますね。……実現したいほどに」


 マールンの目の色が変わる。それは、聖母のような優しい目ではなく……。

 

 ロクトが追放されなそうにない原因。

 ……いや。

 ロクトが女性から言い寄られない原因。

 どうやらマールンがその原因の1人になりそうであった。

 

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