終、『台風一過は別れの挨拶』その2

「――何度も申し上げますが」


 ノートパソコンに接続したヘッドセット越しに、Zoomでイーヴリンは弁明する。


「フクロウ云々はともかく、我々日本支部はあくまでも遺産を相続させただけであって、今回の騒動は完全なる不可抗力です。調停員も私も、全く知らなかったのですよ。まさか星見 恵那が相続した遺産に、あんな仕掛けが施してあったとは。いやはや、魔法というものは使い方を誤ると怖いモノですね」


 ディスプレイに表示されたウィンドウ越しに、イーヴリンを口汚く罵る男達。

 まったく、紳士の国が聞いて呆れる。所構わず下品にF言葉の連呼する輩は、ハンバーガーでも喉に詰まらせて死ねばいいのだ。


「幸いにして、この件の死傷者は二十人前後。衝撃で崩れた高速道路も復旧しました。ロンドンではこうはいかないでしょう。今回の騒動、世間一般では台風の影響となっているらしく、魔法が一般に露見する事態はまずありません。損害は全て社則五十二条六節の範囲内で収まっています。それでもまだ私にペナルティを科したいと申すのであれば、それ相応の対価を払って貰いましょうか。当然、金貨の重さと同等のものですよ?」


 人を喰ったような、イーヴリン・ポープの貌。

 男らは歯を軋ませて怒りを押し止め、やがて唐突に通話を終了した。


「――よく言ったわね、上出来よ」

「ああ疲れた。こういうは、幾つ歳を重ねても慣れないモノだ」


 エミリーに肩を叩かれるや、イーヴリンはへなへなと空気が抜けた風船のように机に伏す。


「けれど、あのいけ好かない役員共を散々煽り倒せたのは良かったな。実に痛快。後先考えなければ、今年中に二回はやってみたいものだ」

「そういう志の低い事を考えるから、貴方はいつまで経っても昼行灯なのよ」

 快活に笑うイーヴリンに対し、嘆息しながら顔に手を当てるエミリー。


「何度も言うけれど、貴方は居るだけで人を苛立たせるんだから注意なさい。うかうかしていると、今度こそ足下掬われるわよ?」

「そうは言っても、これ以上の左遷は有り得ないからね。後は精々、カエルに変わるぐらいだ」


 忠告を聞き流すイーヴリンに対し、エミリーは肩を落とした。それからノートパソコンに目を落とす。

 Zoomと同時に開いていたメールボックスには、見知ったアドレスからメールが届いていた。


「彼らなら、昼頃にこの市を発ったよ。今頃は羽田だろう」

「結局・・・・・・彼に全てを押し付ける結果になってしまったわね」


 僅かに声のトーンを落とす。

 彼女の罪悪感を察して、イーヴリンが口を開いた。


「直近で香港、そして今回。二度目だからしょうがないさ。それに聞く所によれば、彼らはこういう事に慣れっこだというじゃあないか。ほとぼりが冷めたら、今度こそ日本支部うちで働いて貰おう。彼らは失うには惜しい人材だ。私の出世の為に、精々使い潰してやろう」

「流石に不始末をしでかした支部に再び転属なんて、普通に考えて有り得ないのではないかしら?」

「言ったろう、日本支部ここ以上の左遷はないと」


 マウスを動かしながら、悪戯っぽくイーヴリンは笑う。


「カエルに変えられない限りは、必ず戻ってくるさ」


 表示された転法輪 循のメール。

 そこには、先日の約束通り店名と住所が記されていた。

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